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アリシアの剣  作者: 森陰 五十鈴
第三章 魔境の入口
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沙漠へ

 穏やかな道のりが続いていた。

 空は快晴。日差しは心地よく、麗らかな春の気候だった。緑の平野が広がる道は平坦。白い雲はゆっくりと空を流れている。

 くあ、とグラムが大きく口を開ける。目の端には涙が浮かんだ。グラムは指で雫を擦り取ると、次に大きな溜め息を吐いた。

「……退屈」

「気が緩み過ぎ」

 斜め後ろを歩いていたリズが、茶色い後頭部をはたく。

「歩くのに退屈も何もないだろ」

「って言われても。退屈は退屈なんだもーん」

 子どもっぽく口を尖らせて後頭部に両手を回すグラムに、リグとリズが呆れ返っていた。

 新たに五人の仲間を加え、ラスティたちがルクトールを出てから、すでに三日。ラスティにとっては神剣を奪われないための逃避行なのだが、呆気に取られるほど道中何もなかった。

 クレールからの追手もない。旅人を脅かす賊や魔物の襲撃もない。

 ただ道を歩くだけの平和な旅路。

 殺伐とした日々が続くだろうと覚悟していただけに、ラスティもまたこの安穏とした状態には拍子抜けしている。

「なんかさー、もうちょっと刺激が欲しいよなー」

 大股で歩きながら、グラムは右拳を振る。縦に横にと描く軌跡は、剣を握ったときの動きだろう。

「やめろ。不謹慎なこと言うな。後で厄介事が来たらどうする」

「んー、むしろ歓迎っていうか」

「ホントやめろ。どうせそのうち嫌でも戦わなきゃいけなくなるんだから、つかの間の平和くらい享受させてよ」

 ぽんぽんと交わされる会話。グラムとリグとリズの三人は仲が良い。何気ないことを頻繁に話していて、レンの言った通り、本当に賑やかな旅路となっていた。お陰で、と言えば良いのか、ラスティは悲嘆に暮れる暇がない。物思いは彼らのおしゃべりに流されて立ち消えてしまう。そういう意味では、ラスティは退屈していなかった。

「そのうちって?」

 レンがリズを見上げると、彼女はうんざりした様子で溜め息を落とした。

「シャナイゼは、魔物が多いんだよ」

 レンは眉を顰める。

「そんなに?」

「この辺りとは比較にならない」

 この先の沙漠(さばく)を越えたら、間違いなく魔物に遭遇することになる。リズはそう告げた。

「シャナイゼでは、町から町へ移動するにも護衛が必要なんだ。そういうのもあって、研究機関である〈木の塔(トゥール・ダルブル)〉は、グラムみたいな剣士を抱えてる。自警団の側面も持ち合わせているんだ」

 魔術師であるリグたちとは違い、グラムが魔術を使えないただの剣士であることは、ここまでの道のりですでに聞いていた。

「じゃあ、ルクトール枝部(しぶ)で魔術師らしくないいかついの人が多かったのは……」

「自警団の部分だけが大きくなったから、だね」

 シャナイゼほどではないとはいえ、各地では人を襲う魔物に手を焼いている。魔物と戦える人材というのは、何処でも重宝されるのだ。だから〈木の塔(トゥール・ダルブル)〉は、傭兵組合(ギルド)としてリヴィアデール国内で経営を展開をしているらしい。

「まあ研究には金が掛かるから、資金源としてはもってこいよ」

「逆に俺たち魔術師も、魔物討伐に駆り出されるんだけどな」

 魔物が多い地域も、色々と工夫して暮らしているらしい。

 これから行かんとする地域に思いを馳せながら、ラスティたち一行は、フェロスという小さな村に辿り着く。いつの間にか緑を失い、荒涼とした景色。その只中にある村は、砂利と藁を混ぜた赤土色の平屋根の建物が立ち並ぶ殺風景な場所だった。

 ここから先は、沙漠越えとなるらしい。

「夕方に出発するから、それまではゆっくりお休み、だな」

 まだ真昼であったが、宿を取る。荷物を置いて音頭を取ったのはリグだった。

 石の床に白い敷物だけが敷かれた雑魚寝の部屋で、フラウが早々に横になった。

 一方、レンはこんな小さな村でも好奇心を掻き立てられたらしく、ラスティを引っ張って外へと飛び出した。村の中心部へ向かい、露店を覗き込んで回る。

 ただそれも、小一時間で終わってしまった。

 宿に戻れば、仲間の多くは素直に部屋で休んでいるようだった。フラウはもとより。リグとリズも横になっていて、ウィルドは壁にもたれて本を読んでいた。グラムだけがこの場にいない。

「貴方たちと同じく、外に飛び出していきましたよ」

 行き先を尋ねれば、そんな答えが返ってくる。

「村の外で剣でも振っているのではないでしょうか」

 グラムの落ち着きのなさは今にはじまったことではないらしく、ウィルドは彼の所在にさほど関心を払っていなかった。すぐに本に視線を落とす。邪魔してもなんだろうと思い、ラスティもレンも他に倣って休むことにした。


 リグの宣言通り、夕方になってラスティたちは旅立った。村をさらに東へ行けば、シャナイゼへと至る道に横たわる難所シェタ沙漠が広がっていた。シェタ沙漠は(れき)沙漠。見渡す限りに赤茶けた小石が敷き詰められている。

 沙漠に差し掛かって幾ばくもせず。まだ夕日が赤い大地を照らす頃。リズが忌々しそうに舌打ちした。

「ほら、グラムが余計なこと言うから」

 リグとウィルドが同調する。

「えー、おれの所為?」

「じゃなきゃそうそう都合よく、あんなのに遭遇しないでしょうよ」

 そう言いながら彼女は背中から杖を抜く。見えにくいのか目を細めつつ睨みつける先に、魔物がいた。緑色のずんぐりむっくりとした巨人。周囲に立つ仙人掌(サボテン)のようにも見える。

 魔物とは距離があった。人並みの視力のラスティには、顔が見えるか見えないかといったところだった。このまま距離を取っていれば回避は可能。無駄な戦闘は避けられる。

 それでもグラムたちは戦う選択肢を取った。その仙人掌が人を襲っていたからだ。

 四人ほどの集団だった。彼らはそれぞれ剣を抜き、応戦している。数の上では優勢でも、苦戦しているのが遠目でも分かった。

「助けないとな」

 自警団の側面も持つ〈木の塔(トゥール・ダルブル)〉の一員である彼らには、魔物に襲われている人々を助ける義務があった。

 グラムは剣を抜き、振り返る。ラスティたちも戦闘態勢に入った。旅の仲間が戦いに赴く以上、自分は無視というわけにはいくまい。

「よし。二手に分かれよう」

 隊長職についているというグラムが、自ずと指揮を取る。

「リズ、ウィルド、レンはおれと一緒に魔物の対処。残りはあの人たちを助けに行く。それとリグ、槍ちょうだい」

 頷いたリグの杖の形が変化していく。白い(スタッフ)は、先端に幅広の刃を備えたパルチザンへ。

 新たな魔術に驚くラスティとレンの前で、パルチザンがグラムへと放り投げられる。受け取ったグラムは、代わりにリグへと自身の剣を渡した。

「うし。じゃああとは、あいつを引き離して」

 魔術師の兄妹は、ともども一歩前へ踏み出すと、剣あるいは杖を掲げた。地面に描かれる魔法陣。魔力が放つ光の色は、白。

「「〝我と契約せしめし者、異世界の門を叩き、この地へと来たれ〟」」

 珍しく呪文を詠唱する二人。声質も似ているので、一人の人間が二つの音域を操っているように聴こえた。リズが高音で、リグが低音。

「「〝我が呼ぶは、人の創りし幻、陽(月)追う狼〟」」

 魔法陣が輝く。その光が強くなった、と思った瞬間に、二つの魔法陣から白と黒の影が飛び出した。以前ルクトールで見た狼だ。ただし、その姿は前よりも大きく見えた。少なくともその背に大人一人は乗ることができそうなほど。

「「行け」」

 二人の号令で、狼たちは駆け出していく。あっという間に仙人掌の魔物に接近すると、吠えて相手の気を惹いた。

 続いて、リズが青い魔法陣を展開する。陣の中心から氷の刃が飛んで、魔物を襲う。

「行くぞ!」

 リグの声に、魔術に見蕩れていたラスティは我に返った。全員がグラムの指示通りに動き出している。ラスティは、襲われていた四人を救助しに行かねばならない。慌ててリグの後を追う。

 凹凸の激しい地面は思うように走れず、速度が出ない。

 先に到着したグラムたちは、狼たちとともに魔物を四人から引き離している。

 遅れを取ったラスティは、リグとフラウの背後から被害者たちの惨状を目にして、思わず鼻に皺を寄せた。男が三人、女が一人。酷い有り様なのは、三人の男たちで、身体中に魔物の棘が刺さっており、肉を抉られた箇所もある。出血も激しくて、呼吸も浅い。一方、女のほうは三人に比べると軽傷だ。といっても、腕に刺さった棘は痛々しい。

「彼女を頼む」

 リグに頼まれて、ラスティは女のほうに近寄った。茶色の髪を肩口で切り揃えられたその娘は、左腕を伸ばした体勢で地面に座り込んでいた。傍らにしゃがみこんで、怪我を見る。肩まで剥き出しの白い左腕には、毛のように細い棘がびっしりと刺さっていた。仙人掌の棘だろう。これにどう対処すればいいか、ラスティには皆目見当がつかなかった。抜くにしても、数が多すぎる。

「大丈夫です」

 眉根を寄せて悩むラスティの耳に、凛とした声が飛び込む。顔を上げると、彼女は褐色の瞳で真っ直ぐにこちらを見ていた。

「治療すれば、抜けますから」

 首を傾げるラスティの前で、娘は小さく口を動かした。歌うようなそれは、呪文だ。彼女は己の右手を左腕に翳す。左腕が白い光に包まれると、棘が自ずと抜け、小さな傷が塞がった。

 ラスティの口から感嘆の息が漏れる。

 娘はラスティを安心させるかのように微笑むと、すぐに心配そうな表情を浮かべて仲間のほうを振り返った。地面に転がった三人を、リグとフラウが懸命に治療していた。フラウは怪我の具合を見て、リグに告げる。リグはそれに応えて剣を頼みに呪文を唱える。

 娘が腰を上げる。覚束ない足取りで二、三歩進むと、立ち眩みでも起こしたのか、その身体が傾いだ。ラスティは慌てて彼女の細腕を掴んで支える。

「休んでいろ」

「でも……」

 娘がラスティを見上げる。同じ年頃だろうか、あどけなさが残る小さな顔には不安そうな表情が浮かぶ。アーモンド型の眼が、訴えかけるようにラスティを見つめた。居ても立ってもいられないらしい。健気な姿だったが、それでもラスティは譲らなかった。

「仲間が看ている。大丈夫だ」

 リグの治療の腕は知らないが、グラムがわざわざ救出組に彼を指名するぐらいだから、きっと頼りになるのだろう。

 なおも心配そうな娘だったが、ややあって頷くと屈み込んだ。落ちていた剣を拾い上げ、腰に差す。それから魔物のほうを見て、溢した。

「あんな魔物がいるだなんて……」

 彼女の声は震えていた。

 ラスティもまた、仙人掌の魔物のほうを見た。全身が棘に覆われた生き物。まともに戦えば、彼女たちのように棘が刺さってしまうだろう。得物が長いレンが魔物の対処に選ばれた理由に納得すると同時に、彼のことが心配になった。

「あいつ、大丈夫か……?」

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