第62話 アーロンの勇者パーティー除隊
▷▷▷▷ミーシア◁◁◁◁
ミーシア•リル•サングラニト。
サングラニト王国の第二王女であり、勇者パーティーのメンバー。
私は今、貴族街にある屋敷の一室にいる。
勇者パーティーの拠点と利用していたこの屋敷を訪れたのは久しぶりだった。
以前はアーロン様とアリナタ、ついでにあのデブも交えてよく集まり、お菓子をいただいたものですわ。
屋敷の中は、綺麗に保たれており、あの頃と何も変わっていない。
執事のマイルスと、使用人のリナが毎日この屋敷を管理しているのだから当然なのだが、誰も訪れない屋敷の手入れをするのはどんなに悲しかっただろうか。
少しだけ、2人を不憫に思ってしまう。
「失礼します。紅茶をお持ちしました」
そんなことを思っていると、リナが紅茶を4人分用意し、テーブルに並べていく。
姉であり第一王女のクロエ、侍女のアリナタ、愛しのアーロン様、そして私。
今日は、悲しくもアーロン様が勇者パーティーを正式に脱退する日だ。
『王国信頼度調査』の結果が出たあの日、クロエが父と母に「このままでは、お母様をマルティナ様に差し出すしかなくなりますよ」と言い放って以来、城の雰囲気はピリついていた。
父と母を含め、大臣や騎士団、皆が経済破綻を回避、魔物殲滅に向けた対策を物々しい雰囲気で取り組んでいる。
そんな状況のため、本来は謁見の間で行う除隊式は取りやめになり、勇者パーティーの拠点であるこの屋敷で行なったのだ。
父である国王、母である王妃は参加せず、除隊式を取り仕切ったのはクロエ。
財政難のため、通常より遥かに低い報奨金がアーロン様に渡され、式はあっさりと終わった。
「アーロン、今まで本当にありがとう。ミーシアの命を救ってくれたことも、とても感謝しています」
「それが、私の役目でしたから」
クロエはアーロン様に労いをかけるも、表情は暗い。
私を守るため、綺麗な顔に大きな傷を負ってしまってからずっと暗いまま•••。
「アーロン様。これからどうなさるんですか?」
「•••」
アーロン様は私の問い掛けに俯くが、何かを決心したように顔を上げ、クロエを見た。
「クロエ様。最後のお願いがございます」
「私にできることであれば善処するわ」
「ありがとうございます。では、ご存知であれば、マルティナ様の居所を教えていただけないでしょうか?」
アーロン様のお願いに、私は啜っていた紅茶を戻しそうになる。
なぜ、あのデブなのですか?
私が欲しいと、そう言ってはくれないのですか?
「ごめんなさい。居所は分からないの」
「そう、ですか•••」
「ただ•••」
「ただ!?」
クロエは表情ひとつ変えずに、言うべきかどうか吟味している。
「アーロンになら、いいでしょう。マルティナ様は、今は冒険者として活動しているわ」
「冒険者に?」
「ええ。けれど、【パンドラ】を使って確認したけど、今は何も依頼を受けていないみたい。だからどこにいるかは分からないの」
「そうですか•••」
アーロン様は、先ほどまでと比べ、暗いながらも希望を宿した表情に変わった。
そんなアーロン様をクロエは見つめて、紅茶を一口啜ると再び話し始めた。
「もしかしたら、ティーレマンス王国にいるかもしれないわ」
「ティーレマンス!?あの、マルティナ様を追放した!?」
「そう。追放については、こちらも何も言えませんが•••。最近、ティーレマンス王国はアルメリア王国の配下に入り、勇者パーティーの解散を宣言したの」
「勇者パーティーを解散•••」
「解散と同時に、アルメリア王国のミリアム王女が魔物の被害を出さないと宣言したわ。そんなことを可能にできるのは•••」
「マルティナ様だけ•••」
クロエは微かに笑みを浮かべる。
その笑みはどこか儚げだ。
紅茶を飲み終えると、クロエは席を立ち、城へと戻った。
アーロン様も私達に頭を下げると、フードを深々と被り、呆気なく出て行ってしまった。
まるで私のことなど目に入っていないように•••
「ミリアム様•••」
アリナタが左手で私の背中に触れてくる。
アリナタもまた、私を守るために右手を失った。
「アリナタ•••。ありがとう」
「いいえ」
お代わりの紅茶を飲み終えると、私とアリナタは城へと戻った。
▷▷▷▷アーロン◁◁◁◁
私はアーロン。
17歳、男性。
サングラニト王国の元勇者パーティーでサポーターをしていた。
10日前に勇者パーティーを正式に除隊すると、私は直ぐにティーレマンスへ向かった。
マルティナ様に会える可能性は低いかも知れないが、他に選択がないのが実情だ。
幸い魔物の動きが鈍化しているため、乗り合い馬車でティーレマンスに来ることができた。
検問所を通過すると、視界に王都の街並みが広がる。
隙間がないほどの間隔で建物が建てられ、家屋以外にも商店や教会、冒険者ギルド等があり、中央通りの先に聳え立つ王城が見えた。
サングラニトとティーレマンスの国境付近には行ったことがあるが、王都ティーレマンスを訪れたのは初めてだ。
サングラニトとは違う街並みに目を奪われていると、通行人の女性とぶつかり、お互い尻もちを着いてしまう。
「申し訳ありません」
「いいえ、こちらこそ•••」
女性は私の顔を見るとあからさまに怯えた表情になり、直ぐにその場から立ち去ってしまった。
ぶつかった拍子に深々と被ったフードが捲れていた。
他の通行人も私の顔を見ては、小声で何かを話してすれ違っていく。
私はその視線に耐えられず、フードを被ると一目散に走った。
そして、あろうことか、王族の紋章が入った馬車の前を横切ってしまったのだ。
「不届き者が!!」
馬車の周りにいた騎士達が一斉に私を取り囲む。
私はその場に跪き、敵意がないことを見せる。
「待ちなさい!!」
馬車から1人の男が降りて来ると、騎士達を捌け、私の前で同じように跪くと、こう言ったのだ。
「アーロン様。やっと、お会いできました•••」




