第57話 ティーレマンスの終わり 2/4
▷▷▷▷ティエル◁◁◁◁
ティーレマンス王国の第三王女であり、勇者パーティーのメンバー、ティエル•ミル•ティーレマンス。
今、私室には私以外にミリアム、ミヒナ、ルイフォがいる。
ミリアムとミヒナ、ルイフォは、テラスから隻眼鏡を使い王都の入口部分を見ている。
私室に他人がいるだけで忌々しいというのに、その内の1人がミリアムというだけで私を更に苛立たせた。
生意気にも、ティーレマンスを属国にすると宣言したミリアム。
昨日の出来事を思い出し、自然と拳に力が入る。
「戦況が思わしくありませんわ」
「人型の黒い渦、前より強い」
「ええ。それに、手出しできないのが響いていますね」
ミリアムはキッと目を細めて私を睨んできた。
「まだ、真実を話し、契約を破棄する気になりませんの?このままでは、王都ティーレマンスが陥落しますわよ?」
「•••」
私は言葉を飲み込み、押し黙った。
言ってやりたいことは山ほどあるが、ミリアムの言う通り、このままでは王都が危ないのは事実だ。
苛立、焦燥、嫌悪•••
正直、昨日から自分の気持ちが目まぐるしく変化している。
私は深く息を吐くと、テラスに向かい、隻眼鏡を覗く。
隻眼鏡から見えた光景は、マルティナが人型の黒い渦の攻撃を凌いでいるものだった。
マルティナ、いえ、あのデブが戦っているところを初めて見ましたが、やはり、強さは本物だったのですね•••。
「まずい。私、助けに行く」
「お願いしますわ」
ミヒナが隻眼鏡を覗き込むのを止め、戦場へ向かう準備を始めた。
「私も行く」
「ルイフォ様、でしたわね?あなたは勇者パーティーのメンバーですからマルティナ様を助けることはできないかと」
「分かってる。直接マルティナを助けられないけど、戦いに巻き込まれた怪我人の治療をすることはできるから」
「そうですね。今回の戦いでは、マルティナ様が回復魔法に体重を割く余裕はなさそうですし•••。是非、お願いいたしますわ」
ルイフォは頷くと、ミヒナと共に部屋を出て行った。
それにしても、マルティナは回復魔法も使えたのね。
しかし、体重を割くとは一体•••。
「ミリアム。マルティナは回復魔法が使えるの?それと、体重とは何のことなの!?」
私の問いかけに、ミリアムは深い溜息を吐いてから答え始めた。
「今まで共に旅をしていたのに•••、と色々言いたいところですが、マルティナ様に興味を持ったただけ前進でしょうか」
「きょ、興味など•••!!」
「マルティナ様は、自身の体重を媒介にして技や魔法を繰り出すのですわ」
「ま、まさか、体重を!?そんなの聞いたことないわ!!」
「なるほどな•••」
私とミリアムは突然の第三者の声に驚き、声がした私室の扉の方を見た。
そこには父であり国王のタバーニと、母であり王妃のマニーシアがいた。
どうやら、テラスにいたことで扉のノックに気づかなかったようだ。
「これで、最後の謎が解けた。もう、思い残すことはない」
タバーニが微かに笑みを浮かべてそう言うと、腕を組み隣で立っているマニーシアは涙を流した。
「お、お母様•••?」
マニーシアは涙を流したまま首を横に振ると、悲しそうに微笑んだ。
「ティエルよ。私の分まで、しっかりと生きるのだぞ。これまでのことを心に刻み、実直且つ殊勝に生きるのだ」
「お、お父様?突然、何をおっしゃっているのですか?」
タバーニは私の手を取ると、真っ直ぐに瞳を見つめてきた。
そして、手を私のお腹に移し、優しく置いた。
「わしの孫よ。元気に生まれてくるのだぞ」
「えっ!?孫?」
タバーニは私の疑問には答えず、ミリアムの前に行き、片膝を付いた。
「ミリアム王女。マニーシアとティエルのこと、よろしくお願いします」
「やはり、決心は変わらないのですね?私としては、契約破棄さえできればそれ以上のことを望みませんが•••、きっとマルティナ様も」
「有難い言葉だが、これは国王としてのけじめでもあるのでな。それに、もう時間がない。悠長にティエルの自白を待っていては王都が、民の命が危ないのでな」
「•••」
俯くミリアムの横を通り過ぎ、タバーニはテラスの柵に足を掛けると、そのまま柵の上に立ち上がり、こちらを向いた。
そして、笑みを浮かべると体を後ろに倒した。
お父様の体が私の視界から消えていく。
不思議とゆっくりと時間が流れる。
私は消えて行くお父様を追いかけようとするが、体が思うように動かない。
私室は城内でも高所に位置しており、テラスの下は王宮の中庭•••
落ちれば命はない•••
テラスの下から鈍い音が響き、中庭から悲鳴が響いた。
「ど、どうして!!どうしてお父様!!」
私は膝から崩れ落ち、慟哭した。
「ティエル•••。夫の、いえ、国王の最後の言葉に応えるのよ•••」
母が泣きながら私を後ろから抱き締めてくる。
何が起こったのか、現実なのか、全てが分からず泣くことしかできない私の目に、王都の入口から光が差し込んだ。
私は無意識に隻眼鏡を手に取った。
もしかすると、お父様が生きているのではないか、天からの光によって蘇ったのではないか、そう思ったのかもしれない。
だが、隻眼鏡からの光景を見ると、私の体から力が抜け、手から隻眼鏡がこぼれ落ちた。
「初めから•••、全て、間違っていたのね•••。」
その場で両手を床につく。
床には零れ落ちる涙の痕が滲んでいる。
「人相書の美男子も、あなただった•••」
「マルティナ•••様」
私は謁見の間で全てを話した。




