第53話 色々な正体
『転移スキル』
体重:89キロ→69キロ(▲20キロ)
『warning』
体重が70キロを下回ったため、アラートが鳴る。
同時に急激な体重減少に伴う激しい眩暈と頭痛に襲われるが、どうやら、最初の賭けには勝ったようだ。
私の両腕にはミリアムと、自己紹介前の女性がしっかりと掴まっており、目の前にはティーレマンスの冒険者ギルドがあった。
『転移』は成功だ。
「す、すごいですわ」
ミリアムは初めて『転移』を経験し、感激しているのかその場で1人、拍手をしている。
「この世界にも、転移を使える者がいた。しかも、痩せてる」
ミリアムとは対象的に、女性は意味深なことを呟く。
「な、なんだ、人が急に!!」
「どこから現れたの!?」
「とにかく、中に入ろう」
突然現れた私達に街の人が騒めきだしたため、急いで冒険者ギルドの中に入った。
中に入ると、冒険者は疎にしかおらず、私達に目を止める者もいない。
冒険者不足はギルドにとっては死活問題だろうが、今の私達には幸いだった。
「ダーリン!!会いに来てくれたのねー」
いつもと変わらないナナイロが走って駆け寄ってくると、そのまま抱き着こうとしてくる。
「お待ちください。あなたは妾でしょうか?どちらにしろ、今は正妻の前ですわ。慎みなさい」
「正妻!?」
ミリアムが素早く私の前に立ちはだかると、両者の視線がぶつかり合う。
「2人共、今は時間がない。ナナイロ、ギルドマスター室に通してくれ」
「•••、分かったわ、ダーリン。それにしても、痩せ型ダーリンも素敵ね」
ナナイロは片目を閉じウィンクをしながら私の手を取ると、ギルドマスター室に案内してくれた。
ギルドマスター室に着くと、これまでの経緯を説明した。
「一報をもらった時から只事ではないと思ってたけど•••。人型の黒い渦、聞いたこともないわ」
「•••」
ナナイロの発言に女性は何かを言いたげに顔を上げたが、口を閉じた。
「私はマルティナ。あなたは?」
「ミヒナ」
「ミヒナ、何か知ってるなら話して欲しい。あいつはここに向かってるんだ」
「•••、分かった」
ミヒナと名乗った女性は、深く頷くと、人型の黒い渦について話し始めた。
「あれは、何万もの人の怨念が具現化したもの。身分の高い者に虐げられ、殺された人達。私がこの世界に来る際、紛れてついて来た、多分」
「この世界?」
「そこは、追々」
ミヒナはあまり話すのが得意ではないのか、所々、言葉に詰まりながら、それでも私の目を見て話してくれた。
ミヒナの正体や「この世界に来た」という台詞は気になるが、1番大事な部分、黒い渦については大体把握できた。
「あれは強い。勝てなかった」
「黒い渦は、私が倒す。ただそれには•••」
私は目の前に勇者パーティーに関する契約書を表示させ、みんなに説明した。
「なるほど。この契約をティエルに破棄させるため、ティーレマンスに転移なさったのですね」
「ミリアムは察しが早くて助かるよ」
「では、この役目、私が引き受けますわ」
「ミリアム•••」
ミリアムはその場に立ち上がり、胸を軽く叩いて見せた。
「なら、私は住民を避難させようかしら」
「ナナイロ•••」
ナナイロは投げキッスをしながらも、瞳は真剣そのものだ。
「以外に、気が合うかもしれませんね」
「私も同じことを考えてたわ」
ミリアムとナナイロは男同士のように激しく握手をすると、ミヒナのことを見た。
「それで、ミヒナはどうしますの?」
「ティーレマンスの姫とは面識、ある。だから、私もついて行く」
「ミヒナ、もしかして勇者パーティーのメンバーなのか?」
「違う。黒い渦を追うのにちょうどよかった。だから、動向しただけ」
その言葉を聞き、ミヒナを助けた際、勇者パーティー関与の嫌疑率が低かった訳がはっきりした。
だが、そうすると、黒い渦は勇者パーティーに関連していることになる。
「ミヒナ。黒い渦が、勇者パーティーに関わっていることって何かないかな?」
「ある」
「やはりそうか。勇者パーティーの次の討伐対象があの黒い渦なのか?」
「違う。あいつらは黒い渦の獲物を盗んだ」
「獲物?」
「ま、まさか、それって!?」
ミヒナの言葉に、ナナイロが反応する。
獲物を盗んだ?
黒い渦の獲物は人間?
だとすると、獲物とは一体何なのか?
「クイーンヒドラ•••」
「なっ!!あれは、新しい勇者が討伐したって」
「違う。あれは、黒い渦が倒した。獲物」
「黒い渦は人間を食べるんじゃないのか?」
「正確には違う。黒い渦は、人間の肉、衣服もろとも食べる。だけど、食べてるのは感情」
「感情??」
ミヒナの話では、元々人の怨念が具現化した黒い渦は、人間の感情を好んで食べるということだった。
感情なら何でいいらしいが、特に悪意、後悔、無念に満ちた感情が好物らしい。
「感情を食べる•••。なら、何でクイーンヒドラを?」
「もしかして•••。ダーリン、あのクイーンヒドラは長い間、人々を襲い、苦しめてきた個体なの。多くの人が無念のまま餌食になったとすれば•••」
「黒い渦にとってはご馳走ってことか•••」
「クイーンヒドラの肉には、人の怨念が纏わりついてる。あいつらは奪った」
人の怨念が纏わりついたクイーンヒドラの肉は黒い渦にとってはご馳走であり最高の獲物。
それを、自分の手柄として奪い、ティエルに取り入ったのが新たな勇者という訳だ。
「黒い渦が勇者パーティーと関連している理由が分かったよ」
「マルティナ様。その黒い渦がいつ頃ティーレマンスに到着するか分かりますか?」
「恐らく、明日の今頃•••」
「24時間•••」
これが、二つ目の私の賭けだ。
ディコス村を襲った後、ミヒナと戦っていた場所までの距離と時間からすると、黒い渦の移動スピードはそこまで早くない。
戦闘中のような超スピードで我々を追いかけて来なければという前提が入るが、あそこからティーレマンスまで約200キロ。
24時間は稼げるはずだ。
「なら、急がなきゃ。ダーリン、この部屋を使う?」
「もしくは、ギルドの裏が空き地になっているようなので、『家』を出して篭られますか?」
ナナイロとミリアムは私の顔を覗き込んでくる。
2人は、全てを理解してくれているようだ。
ナナイロに住民の避難誘導、ミリアムには契約破棄の交渉、これは私から2人にお願いしようとしていたことだ。
結果的に、お願いする前に2人共、自らの役割を理解してしまったようだけれど。
ティーレマンスでも私を知ってくれている民や兵士はいるため、私でも避難誘導は可能だ。
契約破棄の交渉も、悪神様の「契約」はそもそも普通の紙の契約とは違い、「契約」そのものが生きているのだ。
生きているからこそ、瞬時に嫌疑の判断が可能となっている。
「契約交渉」という位置づけであれば、嫌疑はかからないはずだから、私が交渉の場に着くことは可能なのだ。
しかし、私には24時間でやらなければならないことがある。
体重の回復
2人はそれを理解してくれ、先ほどの提案をしてくれたのだ。
「ダーリンがここまで痩せてしまうとは、転移はやっぱり大変なのね」
「そう言えばマルティナ様。転移は何人でも可能なのでしょうか?」
「四肢に掴まってる者だけだから、基本は4人かな」
「私、思ったのですが、馬車をあくうかん?に仕舞ってましたよね?例えば、私が亜空間に入って転移をすれば実質は何人でも可能なのでは?」
あの危険な状況の中での一瞬の出来事でそこまで考えていたとは、流石はミリアムだ。
だけど、恐らく亜空間に人間は仕舞えない。
以前、馬だけを亜空間に仕舞おうとして出来なかったのだ。
なぜ馬車は大丈夫なのか不思議なのだが、「馬車」として道具扱いされているのかもしれない。
そのことを話すとミリアムは少し残念そうにしていたが、直ぐに王城に向かう準備を始めていた。
私も冒険者ギルドの裏の空き地を借り、『家』に引き篭もり、24時間での体重増加の限界に挑み出した。




