第32話 異変
「単刀直入に申します。アルメリア王国は、マルティナ•プリズム様を勇者として迎え入れたいと考えています」
ミリアムは跪いたままの状態で私を見上げて、純一無雑な真っ直ぐな目をこちらに向ける。
「申し訳ありませんが、勇者、にはあまり良い思い出がありませんので•••」
「やはり•••、そうですよね。ティーレマンス王国とサングラニト王国での件については、お兄様に聞いておりましたので•••」
お兄様、ということは王子。
王子まで私のことを把握していることに驚いたが、意外にもあっさりとこちらの断りに対して理解を示してくれていることにも驚いている。
「勇者の件、諦めた訳ではないのですが、一つだけどうしても力を貸していただきたいことがございます。元々、このお話をするためにサングラニト王国にいるマルティナ様の元へ向かう途中だったのです」
アルメリア王国からはティーレマンス王国を南下して向かうことになり、その行程は通常の馬車の移動だと30日以上はかかるのではないだろう。
そうまでして私の元に来ようとした理由とは何なのだろうか。
「アルメリア王国と魔王国アンヘルマリアとの国境近くにスタットという村があるのですが、最近、異変が起こったのです」
「異変!?」
「はい。私を含め、まだ誰も直接見た訳ではないのですが•••」
ミリアムの話では、魔王国アンヘルマリアの国境沿いで唯一、水が豊かで作物が豊富な場所があり、そこに人口100人程のスタット村があるという。
そのスタット村を訪れた行商人から王国へある報告があったそうだ。
「村人が全員、右手人差し指を失い、急激な老化をしていたと•••」
「!?」
「俄には信じられませんが、行商人が態々王国へ嘘の報告をするとは思えず•••。ただ、調査をするにも魔王国との国境付近、何があるか分からないため、マルティナ様にお力を貸していただけないかと考えていた次第です」
村人全員の右手薬指が無くなり、急激に老化した。
今までに聞いたこともない現象だが、ミリアムの話を聞いた時、魔王国アンヘルマリアの魔王、マリアの言葉を思い出した。
『魔王国アンヘルマリアの一つの村で異変があってな』
魔王国のその村とスタット村の位置関係は正確に分からないが、関連性がないとはどうしても思えない。
魔王自らが調査に出る程なのだから、未曾有な事態に違いない。
「分かりました。魔王国に用事もありますし、スタット村によって確認してきますよ」
「ほ、本当でございますか!?」
「はい」
「どんな危険が待っているかもしれない中、引き受けていただき、何とお礼を申して良いのか」
「気にしないで下さい。それでは、報告をする際に必要になりますので、伝鳥のアドレスを交換していただいてもいいでしょうか?」
「も、もちろんでございます。喜んで交換いたしますわ」
アドレスを交換している間中、ミリアムは私の顔を見たり、体を上から下まで見たり、忙しなく目線が動いていた。
「あの、何か??」
「し、失礼しました。殿方をまじまじと•••。実は、お兄様の報告では、マルティナ様はもう少し、何と言いますか•••」
「デブだと、報告がありました?」
「•••ええ。もう少し、ふくよかな方だと•••」
私はスタット村の報告等で、もう一度、直接会う可能性を考慮し、ミリアムに『脂肪蓄積』『脂肪分解』のスキルを簡単に説明した。
ミリアムは少し驚いていたが、途中から微かに笑みを浮かべた。
「次、お会いする際は、もしかしますとふくよかなマルティナ様かもしれないのですね?」
「そうかもしれないです」
「ふふふ。楽しみにしていますわ」
アドレスの交換が終わると、ミリアムに私の身分保証と調査に関する書状を貰い、別れを告げてスタット村に向かった。
▷▷▷▷ティエル◁◁◁◁
ティーレマンス王国の第三王女、ティエル•ミル•ティーレマンス。
私は今、ミンス村に発生したスネークキラー(B)討伐に向け、30組のCランク冒険者を執務室に集めていた。
勇者パーティーは壊滅状態のため、仕方なく冒険者を頼るしかない状況だ。
騎士団長のマークがいなくなった今、スネークキラー討伐以外にも、冒険者の中で代わりの戦士を探す目的もある。
幸い、お母様の生誕祭が催されたお陰で、ティーレマンスにはたくさんの冒険者が集まって来ており、報酬さえ出せば選びたい放題な状況だ。
私の隣ではルイフォが相変わらず仏頂面で立っているが、新たな回復魔法使いが見つからない限り脱退は認められないため、今回も立ち合わせている。
執務室に集まった冒険者は全員Cランクで、その殆どが男だ。
先程から男共は高貴な私を下品な目で上から下まで舐めるように見ている。
「スネークキラーか。実質Bランク、いや、実力的にはAランクの俺達からすれば容易い仕事だぜ」
「それで、報酬は?」
先頭にいる冒険者パーティーが舌舐めずりをしながら言ってくる。
「1人、100万Gよ」
「そんなに貰えるのか!?」
「美味しい仕事じゃねーか」
冒険者が騒めく中、最初に発言した先頭にいる冒険者パーティーだけは納得していない顔をしている。
「金もいいが、俺はあんたの体が欲しいな」
男が私まで1メートルほどのところまで距離を近づけ、そう言い放った。
勇者パーティーが壊滅状態であり、王国が困っていることを知った上での強気な発言だろう。
そんな不敬罪に当たる発言より、近づいたことで冒険者から漂う饐えた匂いが鼻腔を突き、思わず顔を顰める。
冒険者は皆不潔で、マークですら野営中は同じような匂いがして嫌悪したのを覚えている。
そう言えば、不思議とあのデブはいつも良い香りだったわね。
身なりもいつも清潔で•••。
なんであんなデブのことなんかを!!
私はあのデブを思い出した自分を頭の中で叱責すると、冒険者に毅然と言い放った。
「その発言、普通ならば不敬罪ですが、無事討伐できたら考えないこともないですわよ」
周りの冒険者から歓声が湧き上がる。
「俺は、隣にいる仏頂面した女にするぜ」
ルイフォは表情ひとつ変えない。
「可愛げがないのがまた堪らんな。約束は守ってもらうぞ。さあ、お前達、蛇狩にいくぞ!!」
冒険者の多くは最後まで醜い笑みを浮かべていたが、魔物を討伐できるならどうでもいいことだ。
できるならば•••、ね。
できないなら、スネークキラーの餌になってくれるだけでも十分よ。
数日後、30組のCランク冒険者、総勢170名が全滅し、村が壊滅したと密偵から連絡があった。
加えて、類を見ない美男子がスネークキラー20体を討伐したことも併せて報告された。
「美しい•••。是非、私の物にしたいわ」
密偵に類を見ない美男子の人相書きを書かせて、王国中に配布した。
その人相書に書かれた姿は紛れもない美男子だ。
隣ではルイフォが私を蔑んでいるが、そんなこと気にならない程、舞い上がっていた。




