第30話 ひとつの壊滅
魔王国アンヘルマリアに滞在して3日が経っていた。
酒だけではなく、私の作る食事を気に入ったマリアがなかなか帰してくれず、マナツが日本酒作りに必要な道具を作り終わるまでという約束で滞在することにしたのだ。
サングラニトの冒険者ギルドマスターのセリアには伝鳥でキュクロープスの討伐完了を連絡したし、問題ないだろう。
勇者パーティーにいた頃であったら、直ぐに次の依頼があったためこうは行かなかった。
因みに、3日間の食事で体重も回復した。
『摂取カロリー:18,000キロカロリー』
※3日間の宴会分
▪️体重:72キロ→90キロ(+18キロ)
そして今日、ついに日本酒作りの道具が完成した。
マナツはいつも通り、小柄な体型のどこにそんな力があるのか分からない程の大きな道具を4つと一升瓶を担いで謁見場に持ってきた。
•精米機
•蒸し機
•濾過機
•火入れ機
•一升瓶×10本
一度に大量に作りたいと思っているのが見え透いているほど、一つ一つの機械は大きかった。
「どうだい。完璧な仕事だろ?」
「マナツは本当にすごいな。たった3日で作るなんて」
「大変だったんだぜ。一つ一つの機械には複数の機能が付いてるし、これで作れるはずだよ」
マナツは少し息が荒くなり、謁見場にいるマリア、マーミラ、マクロスもどこか興奮気味に私を見つめてくる。
「はいはい、作りますよ。日本酒を!!」
「「「「いえーーーい!!」」」」
4人はハイタッチをして喜び合う。
ピーーー
その時、私の元に伝鳥が届いた。
直ぐに伝鳥の首に着けられた『声音首輪』を再生すると、セリアの声が流れ出した。
『マルティナ。キラーピッグ(A)によってトントロ村が壊滅。キラーピッグは更に進行。お願い、直ぐに戻って』
セリアの声は逼迫し、今の状況が最悪なことが容易に分かった。
「マリア、すまない。直ぐに行かなくては」
「ならぬ、ならぬ。日本酒が飲みたいのだ!!」
「マリア、日本酒は道中でちゃんと作るから。それと、キラーピッグの肉で作る料理は絶品で、日本酒にも合う。倒したら直ぐに戻ってくるから」
「ぬぬぬ。そこまで言うのならばよかろう。そうじゃ、帰りは早い方がよいからな、これをくれてやる」
マリアは10センチ程の石を手渡して来た。
「転移結晶じゃ。魔王国でも希少なものだ。帰りに使うのだぞ」
「こんな物があるなんて•••。貴重な物だろうに、ありがとう」
「うむ。それと、妾とアドレス交換するのじゃ」
私はマリアと伝鳥のアドレスを交換し、『亜空間収納』に日本酒作りの為の4つの道具を仕舞うと、魔王国アンヘルマリアを後にした。
サングラニト王国のトントロ村へは、馬車だと20日はかかる。
いくら『身体強化』を使用してもかなりの日数を要してしまう。
相手はキラーピッグ(A)。
転移で▲20キロになっても、直ぐにシュークリームで数キロ戻せば十分戦えるな。
私はサングラニト王国のトントロ村を地図で確認し、『転移スキル』を使う。
因みに、『転移スキル』は場所が分かれば訪れたことがない場所でも転移可能だ。
『転移スキル』
▪️体重:90キロ→70キロ(▲20キロ)
転移した先の光景は、想像を絶していた。
夥しいほどの血と肉片が飛び散り、建物は全て壊され、生き残りは1人もいなかった•••。
▷▷▷▷ミーシア◁◁◁◁
ミーシア•リル•サングラニト。
サングラニト王国の第二王女であり、勇者パーティーのメンバー。
「どしてです!!なぜ、冒険者がいないんですの!?」
私としては珍しく、苛立ちを抑えることができず、お父様である国王、お母様である王妃、姉である第一王女のクロエ、侍女のアリナタがいる執務室で声を荒げていた。
「ティーレマンス王国の王妃の生誕祭の所為だと何度も説明したでしょ!?」
クロエもまた、私同様苛立ちを含んだ物言いだ。
「隣国の生誕祭でなぜ我が国の冒険者がいなくなるのです!?」
「貴族の護衛で出払っているのよ!!」
「そもそも、こんな時に生誕祭を催すなんて非常識ですわ」
「ティーレマンスには、マルティナ様の勇者パーティーがあるから余裕なんですよ」
クロエは蔑んだ目で私を見てくる。
確かにあのデブはティーレマンスの勇者パーティーを掛け持っていると話していた。
ただ、あの何もできない無能がいた所で何だと言うのでしょう。
「2人共、落ち着きなさい」
それまで黙っていたお父様、国王ガブリエルが重い口を開いた。
私とクロエは睨み合いを続けながらも、国王が間に入ったため押し黙る。
勇者パーティーが壊滅している今、冒険者ギルドに高ランクパーティーの斡旋を依頼する以外、魔物を討伐できる方法はない。
ただ、高ランクと言っても所詮はCランク。
今回の任務は王国の端に位置するトントロ村に発生したキラーピッグ(A)の討伐。
どちらにしても難しかったかもしれない。
けれど、王族の品位、信頼、威信にかけて、何もしない訳にはいかないのだ。
だというのに、既に何もできないまま10日が経過している。
ドンドン
私が考えていると、執務室の扉が強くノックされた。
こちらから入室を許可した後、中に入って来たのは宰相の男だった。
「慌ただしく、申し訳ありません。至急の報告です」
「構わん。して、報告とは?」
「トントロ村が、壊滅しました•••」
「な、なんという•••」
その報告に全員が俯いた。
トントロ村に何か国の根幹となる資源や施設がある訳ではない。
純粋に国民が亡くなったことが悲しいのと、国の端にあるトントロ村が壊滅したということは、次は内にある、王都に近づいた村が襲われるという推察からだろう。
「それで、キラーピッグは進行を続けているのか?」
「いいえ。トントロ村襲撃後、何者かによって討伐されたと•••」
「何じゃと!!」
「密偵の話では、キラーピッグは100体近くいたそうですが、たった1人の男によって•••」
きっと、あの方ですわ
美しい殿方•••
ああ、やはり私とあなたは運命でつながれているのですね
美しい殿方のキラーピッグ討伐報告を受け、一気に苛立ちが収まり、私は笑顔になる。
「その男を直ぐに探せ!!」
「あの方ですわ。あの方が国を助けて下さるんですわ」
「ミーシア、知っているのか!?」
「ええ、お父様」
「ならばミーシア、早く人相書を用意し、国中に配るのだ!!」
一縷の確かな希望から皆の士気が高まったというのに、クロエだけは厳しい表情のまま頭を抱えていた。




