第22話 パンドラ
ネビルアントの大群からサングラニト王国の勇者パーティーを救ってから5日が経っていた。
今、私は馬車に乗ってサングラニト王国に向かっていた。
冒険者ギルドマスターのセリアに会いに行くためだ。
セリアが素早く冒険者ランクSへの昇格手続きをしてくれたお陰でミケーレからミーナを助けることができたし、そのお礼をしに行く。
因みに、ネビルアントの戦いの時に68キロだった体重は、この5日間で85キロまで増加している。
5日間で17キロ•••
『脂肪蓄積』スキル持ちとはいえ、普通では考えられない増加だ。
ふと、昔のことを思い出した。
「ねー、あの人カッコいいよね」
「うん、すごくカッコいい」
連戦の後で体重が70キロまで減った状態で、狩場近くの村を訪れた時に村娘達が話していた会話が聞こえてきた。
それはもう、嬉しかったよ。
普段、言われないんだから。
しかし、村に5日滞在し、今回のように体重が85キロを超え、再び村娘たちに会った時•••
「あれから、あのカッコいい人と会わないね?」
「本当だね。もう、村から出て行っちゃったのかな?」
そんな会話を聞いたのだ。
います。
目の前に、いますよ。
そう、心の中で思った。
「だ、大丈夫か?」
「えっ??」
昔を思い出し、涙で視界が滲んで見えなかったようだが、いつ間にか首都サングラニトの検問所に着いていた。
「すまない。少し、昔を思い出して•••」
「そ、そうか。通っていいぞ」
検問所の男は顔見知りであったため、特に荷物も確認されずに中に入れた。
それにしても、検問所はいつも行列をなしているのに、今日は誰も並んでいない。
検問所の男に聞くと、ティーレマンス王国で王妃の生誕祭があるとかで、貴族も商人もみんなそちらに行っているそうだ。
私は馬車を『亜空間収納』に仕舞うと、冒険者ギルドまで歩いた。
冒険者ギルドの前に到着すると、いつも中から騒がしい声が聞こえてくるのに今日はえらく静かだった。
恐る恐る扉を開けて中に入ると、ギルドマスターのセリアと受付嬢のミナさんがこちらに気づき、走って近づいて来た。
「マルティナ、よく来てくれたわ」
「マルティナさん、お久しぶりです」
「2人共元気そうでよかった」
挨拶を終えると、まだ要件も何も伝えていないのに、セリアとミナさんに両腕を抱えられ、2階のギルドマスター室に連れていかれる。
「それにしても、今日はやけに静かだな。1階にも冒険者がいなかったし」
ギルドマスター室のソファーに座ると、私は疑問に思っていたことを聞いた。
「そうなの。ティーレマンス王国の生誕祭に貴族や商人が参加するみたいで、その護衛をするために冒険者が借り出されてるのよ」
「ああ、そういうことか」
「無事に帰ってくるといいんだけど•••」
「そうだな•••」
何度も言うが、この世界の魔物は強く、更にサングラニト王国とティーレマンス王国周辺では魔物の数も多い。
だから例え冒険者でも、国から国までの護衛はあまり受けないのだが、今回は余程報酬がよかったのだろう。
「紅茶です」
少し暗いことを考えていると、ミナさんが紅茶をテーブルに置いてくれた。
お礼を言ってから紅茶を啜ると、気持ちが楽になった。
「そうだ、セリア。Sランク昇格の件、ありがとう」
「ああ、何てことはないわよ。元々用意していたしね」
「マルティナさん、Sランクに昇格だなんて、本当に凄いです」
「2人が色々とフォローしてくれたからだよ」
私の言葉に、2人は顔を合わせて「マルティナ(さん)らしい」と笑い、紅茶を啜っていた。
「それにしても、Sランク昇格って王国に報告したり、大変だったんじゃないのか?」
「いいえ。王国への報告義務はないから大丈夫よ」
「そうなのか!?」
冒険者ランクSは、貴族位Aと同等の権力を有することになることから、私は王国への報告は義務だと思い込んでいた。
「ええ。けど、これからは変わるかもね」
「これから?」
「元々、Sランクなんて誕生しないだろうという前提で作られているルールだもの」
「誕生したことで、変わるかもしれないと」
貴族位Aと同等、というだけで申告義務は発生しそうだ。
それに、冒険者は民間組織だが、ランクSがいることを知れば、無理矢理にでも取り込むための法整備をしそうだな。
「心配?」
「それはな。もう、王国とは関わりたくないし」
「なら、少し調べてみましょうか」
「調べる?」
「ミナ、あれを持ってきて」
「はい」
ミナさんは私を笑顔で見ると、そのままギルドマスター室から出て行った。
「さて、ミナが来るまで、仕事の話をしていい?」
「仕事、ねー」
「マルティナにしか頼めない依頼なの」
「まあ、貸しも返さなきゃいけないしな」
「助かるわ」
そこまで話すと、ミナさんが30センチ程の水晶玉を両手に持ちながら部屋に戻ってきた。
冒険者ギルドのカウンターによくある、ギルドカード通して情報をみるやつだ。
「この水晶は知ってるでしょう?」
「冒険者ギルドにあるやつだろう?」
「そう。【パンドラ】って言うのよ。それと、この【パンドラ】は冒険者ギルドと、一応、王国とは提携関係にあるから王城にも置いてあるわ」
「そうなのか?」
「ふふ。では、調べてみましょうか。この【パンドラ】に、私のスキルを組み合わせると色々なことが分かるの」
テーブルに置かれた【パンドラ】水晶玉にセリアが手を触れ、何やら入力をすると、水晶玉の横に画面が浮かび上がる。
「あら、マルティナのことを調べている人がいるわね•••」




