皇帝との交渉、ふとした違和感
新章14話です
二章
1
999年前――
最強と謳われていた二人の魔法士が、世界を二分する魔法大戦を勃発させた。
大戦は熾烈を極めた。
空は荒れ狂い、大地は裂け、海は凍りつき、ときに干上がりもしたという。
その大地が裂けたときに生まれたのが、ゼガ島だ――
と、帝国図書館の奥深くに眠っていた書物は、伝えていた。
その書物の信憑性までは判らないけれど、現実に、魔王は存在し、そして一時的にも復活してしまった。
だとすれば、ゼガ島に何かがあると考えるべきだろう。
それに何より――
俺たちは、このゼガ島の地下深くに、異様な気配を感じ取っていた。
何か、ある。
霊装エレナの《風》を押し返すほどの力を持った何かが。
それは、魔剣キリアムなのだろうか。
それを、確かめなければならない。
ゼガ島へは、片道15分の、空の旅だ。
メンバーは、俺とエレナとセラム。
この3名だけで十分だ……という話ではあるんだけど、今回は別の理由も大きかった。
一つは、これから始まるであろう皇帝との交渉を、ネイピアにセッティングしてもらうため。
そしてもう一つ、重要な理由がある。
帝都の護りを、これ以上減らすわけにはいかないのだ。
ただでさえ、帝国軍の主力はゼガ島に集められてしまっているようだった。ここでさらに、聖霊大祭の覇者であるネイピアまで帝都を留守にしてしまったら、帝都を護る戦力があまりに酷くなってしまう。
そのためネイピアは――そしてプリメラも、護衛のために帝都に残ってもらっているというわけだ。
ふと、《風》に乗って声が届けられた。
「聞こえるかしら? 例のセッティング、できたわよ」
ネイピアからの通信魔法。
「ああ、聞こえている。ありがとな」
「礼を言うにはまだ早いわよ。これからが、本番でしょう」
俺たちは超音速で飛んでいるが、通信魔法の《風》はとりわけ速さに特化した魔法であるため、光と同等の速さを持つ。少しの遅れもなく通話できるというわけだ。
「……ほら、話をしてちょうだい」
ネイピアが、通話先で別の人に話し掛けていた。
皇帝ルートボルフ――ネイピアの実父だ。
ルートボルフは、怒声のように声を張り上げてきた。
「くっ……。こんなことをして、ただで済むとは思わないことだな!」
「……え」
……何をしたの、ネイピア?
思わず飛行のバランスを崩しそうになるほど動揺していた。
「騙されないでちょうだい――」
ネイピアが冷徹な声で言う。
「相手の動揺を誘っているだけよ。たとえば、平和的な解決を目的にしている人間に対して、『どうして無関係の子供まで殺したんだ』なんて言って、仲間割れするよう煽ったりする手法ね」
「なるほど」
そう言われると、かなり効果的な方法ではあるのか。
そして、それと同時に思うことがある。
……そういうことを言う皇帝なんだな、この男は。
「何がなるほどだ」ルートボルフが吐き捨てるように言う。「貴様は、この帝国を統べる皇帝の言葉よりも、ただのその娘の言葉を信じるということか」
「それはそうだろ」
俺は躊躇いなく即答する。
「……なんだと?」
「俺たちがどれだけネイピアのお陰で助けられてるか。悪いが俺は迷わずネイピアを選ぶ。比較するのもおこがましいくらいだ」
俺は思わず、怒りにかまけて正直に言い放っていた。
皇帝としての驕り高ぶりについては、まだ百歩譲れば我慢できる。
だけど、実の娘のことを何も解ってないような発言は、許せなかった。
「……ふん」
ルートボルフは、あからさまに不機嫌そうに鼻を鳴らすと、
「……話とは何だ? 我と、何を交渉しようというのだ」
その口調とは裏腹に、急に交渉の話を始めてきた。
その急変に、一瞬戸惑って言葉を無くしそうだった。
「一つは、今調査に出ている軍隊の避難――」
「避難だと?」
「もう一つは、俺たちにゼガ島の調査の全権を委ねてほしい」
「……全権を」
ルートボルフは、言葉の意味を確かめるように繰り返していた。
「まず、一つ目の避難について。単刀直入に言えば、今、ゼガ島は危険だ。調査をするにも、今のメンバーじゃ対処しきれないことになる。即刻、退避を命じてあげて欲しい」
「……待て。調査のことは、ネイピアから聞いたのか?」
「魔剣調査のことか? きっかけはそうだ。だがその後は俺たちの力で、もっと詳しく調査をした。その結果として、これは帝国軍には手に負えないと考えている。だから、退避をすべきだと」
「……そうやって、我よりも先に利益を得ようとしているのかもしれないな」
「利益の前に死者が出るって言ってるんだ!」
俺は思わず怒鳴っていた。そこからすぐに気を落ち着けて、
「こっちは、今回の魔剣調査で、あんたよりも詳しい情報を知っている。魔剣がどこにあるのかも、だいたいの見当は付いている」
「なんだと?」
明らかに喰いついてきた。やっぱりそこまで特定できていなかったのか。
「俺たちの力なら、帝国軍よりも優れた探知能力を発揮できる。今の段階じゃ、帝国軍が俺の知っている情報に辿り着くまで、まだ何日も掛かるかもしれないぞ」
「……ぬぅ」
苦悩しているのがありありと判る声だった。
「何日も掛かってしまえば、それだけ危険度は増す。もし負傷者や、死者が出てしまった場合には、当然責任問題に発展するだろう。それに比べれば、俺たちは元々部外者だし、もちろん戦闘能力も俺たちの方が高い」
「……それは」
もう折れそうか。
そう思って、少し返答を待ってみたが、
「……いや、だがこれは、安易に関係者を増やして良い話ではない」
むしろ断固として拒否してきた。
……なんだか、妙な態度をとるな。
何か裏があるようにも思えるんだが、それが何かまでは判らない。
……仕方ない。
「なら決裂か。俺たちは俺たちで、独自に調査することにする」
「なんだと?」
「許可が得られない以上、無許可で行くしかない。俺たちは帝国軍の調査を出し抜くようにして、利益を独り占めする。そして状況次第では、実力行使で帝国軍を帝都に送り返す。そうなったら、皇帝側の取り分は限りなくゼロに近くなる。それでも良いなら交渉決裂ってことで構わない」
俺はまくし立てるように、相手の逃げ道を塞いでいく。
「そ、そんなことをすれば、皇帝の意思に背くものとして、国家反逆罪に処して……」
「するならすればいい。あいにく、俺は国家反逆罪にされるのは慣れてるんだ」
思わず皮肉を漏らしていた。
国の住民を護らなくて、何が国家か。
皇帝だけを護ろうとする国家なんて、あまりに不健全すぎる。
どれほど、静寂の時間が流れただろう。
「……く。判った。調査権限の付与と、現状の調査隊の避難、だったな」
ルートボルフは、まさに苦渋の決断を示すように、声を絞り出していた。
俺は思わず安堵の溜息を漏らした。
その上で、ひとつ決意を固めるように、伝えていた。
「俺は、みんなを護りたいんだ。そのためには、これが最善だと思っている」
これは俺にとって、ただの一方的な誓いのようなものだった。
ここに言う『みんな』には、人間も、精霊も含まれている。
もしかしたら心の優しいモンスターなんていうのも居るかもしれない。そうなったら、ここにはモンスターも含まれる。
これが単なる理想論だっていうことは解っている。
だけど、理想論だからと言って目指すことすらしなくなるのは、違うと思う。
だから、俺は誓うように告げていた。
「……誰もが、そうであればな」
「え?」
ふと呟くように小さく聞こえた、ルートボルフの声。
その意味を聞き返すこともできないまま、《風》の通信魔法は切れてしまっていた。
次話の投稿は、本日の20:30を予定しています




