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無能な皇帝、有能な娘

新章9話です

サーベリオンタイガーの襲撃を受けて、賢者学園では今後の野外実習が中止となった。再開日は未定だ。

街の外に、帝国軍でも対処できないような強敵が現れたのだから当然だった。


その一方で、ミスリルの壁が陥没したことや、帝国軍でも対処できなかったという事実を知って、住民たちの中でも多少の混乱が起きてしまった。


「帝都は安全なのか?」

「帝都がこんなに危険なら、他の街は大丈夫なのか?」


という不安の声や、

「どうせ今の皇帝じゃモンスターの一匹すら倒せないんだから、とっとと譲位しろ!」

「娘のネイピアに任せて隠居しろ!」

などというデモまで起きていたのだ。


これに対して、現皇帝・ルートボルフは何をしたかというと、何もしなかった。

粛々と、通常の業務を続けているだけ。


しかも、どういうわけか、ミスリルの壁の修復・補強について、正式にネイピアとプリメラに依頼をしてくるという始末。


そんな言動が、まさに「自分は何もできない」と言っているように思われたものだから、もはや国民たちも呆れてしまい、デモの熱も消沈してしまったほどだった。

お陰で、表向き、静かで平和な帝都が戻ってきたというわけだ。


「まったく、あの男は、いったい何を考えているのかしらね」

ネイピアが、深い溜息混じりに呟いた。

「実の娘が解らないんじゃ、俺たちに解るわけもないっての」

俺は軽い皮肉を込めて、苦笑する。


「そもそも、皇帝は帝都を護る気があるのかしら」

「そりゃあ、こうしてミスリルの壁を補修するよう命じてるんだし、あるんじゃないのか。何せ、現時点で最高のミスリルの壁を作り出せるメンバーだ」

「まぁ、それはそうでしょうけれど」

ネイピアは、少しまんざらでもなさそうなそぶりをしていた。


サーベリオンタイガーの襲撃があった翌日、俺たちは、さっそくミスリルの外壁の修復・補強作業を始めていた。

まずプリメラが《土》魔法で地脈を探り、ミスリルの鉱脈を見つけ出す。そしたら俺がエレナの《風》でひとっ飛びして掘削し、帝都まで運搬してきた。

そこにネイピアが、結界の基となる『糸』を絡ませるように編み込みながら、強化ミスリルを製造していく。

そこに、さらに俺が魔力回路の流れを見ながら、結界の威力が効率良くなるよう、丁寧に重ねて固めてゆく。

これで、サーベリオンタイガーが群れになって襲ってきても、帝都の街の中に侵入されることは無いだろう。


……それ以上の敵が来た場合は、これだけじゃ済まないけれど。


ここにいる誰もが、同じ不安を感じているはずだった。だけど今は、これ以上のことをやることはできそうにない。

護るべきは帝都だけじゃないのだから。


そう考えていると、ちょうどネイピアも似たようなことを考えていたらしい。

「壁を強くしたところで、街を護る軍人が減っていくようでは意味が無いわ。モンスターを倒すことができる者が居なければ、私たち人類は、狭い壁の中だけで籠城しながら生きていくしかなくなってしまう。そんな生活は、せいぜい数ヶ月が限界よ」


「軍人が減る……アルゼルクスで起こった行方不明事件だな」

俺がその話を振ると、ネイピアは沈痛な面持ちで頷いた。

昨夜、嫌なニュースが俺たちの耳に入って来ていたのだ。


それは、帝国第二の都市:アルゼルクスが、昨日の帝都襲撃と同時刻、モンスターの群れに襲われていたというものだった。

しかも、帝国軍人三名が行方不明になってしまったという。


行方不明者――この用語は、通常、モンスターに襲われて骨も残らず喰われてしまった場合に使われる隠語だった。

ただ単に行方が判らないだけなら、魔法による探知で探し出すことができるのだから、そのような意味での行方不明者は存在しない――

そのはずだったのだが。


今回は、本当に行方が判らなくなっていた。

モンスターが、連れ去っていったのだ。


殺したのではない。喰ったわけでもない。

生きたまま、連れ去っていったのだ。


しかも、モンスターの群れが護衛するように取り囲んで気配を覆い隠したり、囮となる群れを展開しながら逃げていくなど、行方不明者の痕跡を巧妙に隠しながら去って行ったという。

 本当に、行方が判らなくなってしまっていたのだ。


 ネイピアの《風》魔法を使っても、エレナの《風》を使っても、探知できなかった。

 どこかに隠されているのか、それとも、既に殺されてしまったのか――喰われてしまったのか。それすらも判らなかった。


 何より、この事件が示していることは――

「やっぱり、モンスターたちが知的な動きを見せているとしか思えないな」

「ええ。少なくとも、何らかの戦略に基づいて動いているわ」

「だけど、そもそもモンスターには、そこまでの知能があるわけじゃない」

「したがって、そこまでの知能のあるナニモノかが、モンスターを統制している」

「そう考えるのが、当然だよな……」


 そして、そう考えるのなら――

 ここに言う統制者は、モンスターを支配する力を持っている、と考えるのが当然だ。

 あの、魔王ゼグドゥのように。


「まぁ、現時点では推測をするしかないのだけれどね。ただの憶測では答えなんて出ないわ。もっと情報を集める必要がある」

 ネイピアが気を切り替えるように言ってきた。

「そうだな」

 もし魔王ゼグドゥがまた現れるにしても――そうでないにしても――どこに現れるのかとか、いつ現れるのかとか、こちらの実力で倒せるのか封印しかできないのかとか、確かな情報が揃っていなければどうしようもない。

 情報収集を疎かにすれば、またガルビデのような奴が現れて、俺たちを都合のいい駒として利用してくるかもしれないのだから。

次話の投稿は、本日19:30を予定しています

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