違和感、そして異変
新章7話です
そんな日常的な会話をしていた間も、周囲の警戒は怠らない。
どうやら、サーベリオンタイガーは完全に逃げてしまったようだった。ここから帝都方面へ向かって、500mは離れている。
それ以外のモンスターは、クラスメイトたちが全滅させていた。
「お疲れさまでしたねー」
周囲の安全を確認しつつ、プリメラが労うように声を掛けていく。怪我人の確認もしていくけれど、みんな無傷だったようだ。
……にしても、ちょっと妙だな。
俺は違和感を覚えて、ネイピアに目配せをする。すると彼女も、どこか納得いかないように眉を寄せていた。
「サーベリオンタイガーが逃げるなんて、これまで聞いたこともなかったんだが」
「あら奇遇ね。私も、寡聞にして知らなかったわ」
俺たちが頭を悩ましていると、エレナが「どういうこと?」と聞いてきた。
「そもそもモンスターってのは、動植物や、魔力を帯びやすい特定の物質に、魔力が集中することによって生まれる存在だ。そこには知性や個性はほとんど無く、ただひたすらに、エネルギー源となる魔力保有者を襲う――人間や動物や他のモンスターを襲うんだ。それこそ、自分が死んだり滅んだりすることは怖れず、食欲に付き動かされるかのように襲い掛かってくるし、いったん退いて態勢を立て直すなんてこともしないはずなんだ」
「へぇ。それじゃあ確かに、さっき逃げ出したのはおかしいね」
「まぁ、俺たちよりもいい餌を見つけたとしたら、そっちに向かう可能性も無くはないけど……」
「無いわよ――」
ネイピアが呆れたように呟いた。
「ここには、人類最強と人類ナンバー2が揃っている上に、魔力生命体である精霊まで居るのよ。食欲に従順で短絡的なモンスターが、こんな豪華な餌たちを前に逃げるわけがないもの」
「確かに――」
ネイピアの皮肉めいた言い振りに苦笑する。
ただ、いずれにせよ。
「あのサーベリオンタイガーが、普通では考えにくい動きをしたのは事実だ。ここからも何があるか判らないし、とにかく油断せず進もう」
それに、プリメラとの戦闘中に感じた違和感も、まだ気になっていた。
あの戦闘……まるで、サーベリオンタイガーが手加減をしていたかのような、違和感。
モンスターが、そんなことをするはずないのに。
その違和感が、ただの俺の勘違いなのか、それとも何か意味があるのか……。現時点では解らないけれど、完全に無視するようなことはできないだろう。
俺たちは――エレナとセラムとネイピアのいつもの面々は、真剣な眼差しを交わしながら、気を引き締めるように頷き合った。
一方、一般のクラスメイトたちは、今回の勝利に自信を持って、盛り上がっている。そこにわざわざ不安要素を突き付けたりして水を差すこともないから、この懸念は言わないでおくことにした。
いざとなったら、サーベリオンタイガー程度の敵は、俺やネイピアが倒してしまえばいいんだから。
そう考えて、俺たちはクラスメイトたちと一緒に、帝都までの道を進んでいった。
その考えは、少し甘かったかもしれない。
「あれれ?」
と困惑したように声を上げたのは、エレナ。不思議そうに、そして少し不安そうに、道の先を見つめている。
「どうした?」
「うん。さっきのサーベリオンタイガー、放ってたら危険だと思って気配を追ってたんだけど、なんか、急に居なくなっちゃったって言うか、違うものを追ってたかもしれないって言うか……」
「違うもの?」
「うーん。変わっちゃったみたいな?」
煮え切らない感じのエレナ。
俺はネイピアに視線を送ってみた。ネイピアも《風》で気配を追っていたはずだし、エレナより言語化するのも上手いだろう、と思ったのだが……。
「あいにく、私の探知は振り切られたわ」
「なんだって?」
思わず困惑の声を漏らしていた。
ネイピアの――人間界最高の《風》の探知が振り切られるなんて。
やっぱり、アレは普通のサーベリオンタイガーじゃない。
そんなモンスターがエレナやネイピアの探知を搔い潜っているというこの状況は、はっきり言って危険だ。
「気を引き締めていこう」
俺は敢えて声に出して、みんなで頷き合った。
その次の瞬間――
ドゥオオオォォンッ!
ふいに、大気全体を震わせるほどの轟音が鳴り響いた。どこから鳴ったのかも判断できないほどだった。
「あれを見てっ!」
エレナが一点を指さす。それは俺たちが向かっていた先――帝都グランマギアの方角だ。
数㎞先――まさに帝都がある辺りに――激しい土埃が舞い上がっていた。そこから逃げるように、無数の鳥やモンスターまでもが騒がしく飛び立っていく。
「帝都の外壁に、強烈な体当たりを喰らったわ――」
ネイピアが吐き捨てるように言う。
「私の結界にも、少し影響が出るほどのね」
「街は無事なのか? 住民は?」
「私の結界は、そう簡単には侵入を許さないわよ。ただ、何十発も喰らい続けていたら危険でしょうね」
それは逆に言えば、十数発程度なら耐えられるということだ。少なくとも、街の中に居る人は無事でいられるだろう。
「軍の護衛で、対応できそうなのか?」
「無茶言わないで。相手は私の結界に傷をつけたのよ。私の結界に傷を付けられる人間なんて、この世に一人しか居ないんだから」
「じゃあ、その一人が行くしかないな」
俺は話をしながら準備を整える。セラムを脇に抱えながら、エレナと手を繋いで《風》を巻き起こす。
ふわりと浮かんだ俺たちに向かって、ネイピアが気楽な調子で手を振っていた。
「クラスメイトの護衛は私とプリメラに任せて、気兼ねなく戦ってきてちょうだい」
「ああ」
俺は短く返事をすると、エレナの《風》に乗って一気に帝都へと飛んで行った。
次話の投稿は、本日の21:30を予定しています




