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ジードのおかげ

新章5話です

 いろいろ話し込んでしまったが、気を取り直して、意識をモンスターとの戦闘に集中させる。

 と言っても、実はまったく心配することなんて無かった。


「『風刃(シャルフィン)』っ!」


 男子生徒が叫ぶと同時に、無数の《風》の刃がアイアンゴーレムに襲い掛かる。黒光りするアイアンゴーレムの巨躯が、まるでゼリーのようにスパスパと切り刻まれていった。


「わ、私だって! 『紅蓮炎舞(イグニシオン)』っ!」

 負けじと女子生徒は、教導士団も使っていた上級魔法を発現してみせた。

 まるで花が咲き誇るように幾重にも重なった炎が、スカルビーストの群れを呑み込んだ。


「グアッ……ガアァ⁉」

 スカルビーストの群れは、消え入るように断末魔の叫びを漏らしながら、もはや灰も残らないほどに燃え尽きていた。

 その威力は、まださすがに教導士団員には及ばないほどだけれど、彼女が賢者学園の一回生だということを考えたら、そのレベルは相当のものだ。


 みんな――女子生徒たちだけじゃなくて男子生徒たちも――モンスターを圧倒している。

 確実に、強くなっているんだ。

 まぁ、だからこそ俺は、戦うことなくみんなとのんびり会話していたわけだけど。


 30体はいたモンスターの群れは、早くも残り1体――サーベリオンタイガーを残すのみとなっていた。

 サーベリオンタイガーは、プリメラと戦闘を続けていた。


 プリメラの造り出した巨大なアイアンゴーレムが、サーベリオンタイガーの体当たりや斬撃に対して、火花を散らしながら応戦している。


 サーベリオンタイガーの一番の特徴は、上顎から垂れ下がっている、大きくて太い二本の牙だ。

 その牙は、鋼鉄すらも容易く貫き、切り裂くことができるほど、鋭利で堅硬だ。魔法で強化した鉄の鎧でさえ、貫通してしまうのだ。

 コイツを倒すには、こちらも鋼鉄を容易く破壊できるほどの力を必要とする。つまり、現在で言うところの超ミスリル級でないと倒せない。


 ただ、戦況は五分五分であるように見えた。

 プリメラの攻撃はあっさり切り刻まれてしまうため防戦一方ではあるけれど、サーベリオンタイガーの攻撃がプリメラまで及ぶことも無い。


 ……プリメラも、超ミスリル級のレベルだってことか。

 とは思ってみたものの、そんな自分の考えに違和感を覚えた。


 アイアンゴーレムを使って戦っている彼女が、超ミスリル級だとは思えない。

 なのに、戦闘は五分五分になっている……。そんな違和感。

 そのとき、自分たちの戦闘を終えたクラスメイトたちが、次々とサーベリオンタイガーを狙って魔法を放っていった。

 さすがに、どれも簡単に避けられてしまった。


 だが、こうなればこちらが圧倒的に有利になる。30対1だったら、クラスメイトたちだけでもサーベリオンタイガーを倒すくらいの力になっているはずだ。


 そう思っていたのに……。


 ここで予想外の展開を見せた。

 サーベリオンタイガーが、逃げ出したのだ。


 それを見たクラスメイトたちは、少し拍子抜けするように呆然としていた。

 プリメラも、不思議そうに小首を傾げている。


 サーベリオンタイガーは、そんなプリメラたちをちらりと振り返っただけで、そのまま走り去っていってしまった。

 誰も何も言わず、ただ静かに、サーベリオンタイガーの影が見えなくなるまで見送っていた。


 だがやがて、みんな状況を把握したようで、

「やった!」「俺たちの勝ちだ!」「モンスターの群れを倒したぞ!」

 と、めいめい喜びや興奮を発散させていた。

 中には、恐怖なのか感動なのか解らないけれど、その場に腰を落として立ち上がれなくなってしまう女子生徒も居た。それでも表情は、どこか誇らしげだ。さっき強烈な『紅蓮炎舞』を放っていた子だった。


「お疲れさま、いい魔法だったぞ」

 へたり込んでしまっている女子生徒に声を掛けながら、俺は手を差し出した。

「ふぇ? ……え、えぇっ⁉ あ、ありがとうございます!」

 女子生徒は俺と目が合った瞬間、悲鳴みたいな声を上げたかと思うと、すぐにパッと明るい表情を弾けさせて、手を握り返してきた。すかさず手を引っ張って、彼女を立ち上がらせる。


「あの、私がここまでできたのは、すべてジードさんのお陰です! 私みたいな落ちこぼれにも、丁寧に教えてくださったから……」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、そんなことはないと思うぞ――」

 俺は思わず、彼女を自信付けたくて笑い掛ける。


『落ちこぼれ』という言葉は、つい意識してしまう。

 何せ、たとえ周囲からそう言われていたとしても、本当は落ちこぼれなんかじゃないかもしれないんだから。


 落ちこぼれと言われていた俺のことを、エレナとセラムが認めてくれたように。

 俺も、世界中の落ちこぼれと呼ばれた人たちを認めてあげたい。

 もちろん、お世辞なんかじゃなく、本心から。


「俺はせいぜいコツを教えただけだ。それを生かすも殺すも、個人個人の努力や気持ちのありようだからな。きみの魔法が強くなったのは、他でもない、きみの力だ」

「……ジードさん」

 女子生徒が涙ぐみながら、俺の手を両手で包み込むように握ってきた。

 その表情はとても穏やかで、どうやら自信を持ってくれたようだった。

 それが嬉しい。

次話の投稿は、本日の20時を予定しています。

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