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666年後の魔法士たち

第9話です。

覚醒したジードが、666年後の魔法士と激突???


 666年ぶりの人間界――

 そこで見た最初の景色は、眩いばかりの光だった。


 俺たちの正面、20mほど離れた所で、二つの光が輝いている。

 その光に、白銀色をしたミスリルの壁や床が照らし出されていた。

 はるか昔に見た景色――例の地下施設。

 666年前と違って、魔導機械なんかはまったく置かれていないが、見覚えのある景色の中に戻ってきていた。


 ふと、二つの光が一段と強くなっていた。

 それは、複雑に入り組んだ幾何学模様と、魔力文字とで形作られた、光の紋様。

 ……って、コレは⁉


「魔法陣⁉」


 20mほど離れたところで、二人の女魔法士が魔法陣を展開していた。

「罠に掛かったわね、魔王! あんたたちが聞き耳を立てていることは解ってたのよ! あたしたちが弱いと思って出てきたんでしょうけど、残念だったわね!」

 と、向かって左側の女魔法士が怒鳴るように言ってきた。

 口調からして、こっちがルーエルか。


「わ、私たち人間は、1000年前よりも強くなっています! かつて賢帝のみが到達できた『ミスリル級』の魔法を、私たち二人が見せてあげます!」

向かって右側の女魔法士が、まるで泣いているみたいに声を震わせながら言ってきた。こっちがウーリルだな。


 改めて見ると、二人は顔がそっくりだった。姉妹か双子なんだろう。


「風よ叫べ! 無限の刃で微塵に切り刻め! 『風刃(シャルフィン)』!」

「清く、浄く、聖く! 全ての穢れを滅せよ! 『聖水槍(セイクリーア)!』」


 ルーエルとウーリルが同時に魔法詠唱を始めた。

 それぞれの魔法陣から、《風》と《水》の魔法が放たれる。


 激しく吹き荒れる《風》の刃と、鋭く澄んだ《水》の槍が、キンキンッと音を立ててミスリルの床や壁で反射しながら、四方八方から迫ってくる。


「……こ、これが、『ミスリル級』魔法による同時攻撃っ⁉」

 俺は思わず動揺していた。


 弱い……弱すぎる!


 ミスリル壊せてないじゃん⁉

 跳ね返されてるじゃん⁉

 どこがミスリル級だよ⁉ これじゃあ『シルバー級』じゃないか⁉


 あまりの予想外な状況に同様しまくって、俺はつい避けるのを忘れて直撃を喰らった。

《風》と《水》が混ざり合い、煙と濃霧が激しく湧き上がる。


「「やった⁉」」

 ルーエルとウーリルが、声を揃えて嬉しそうに叫んでいた。

 もちろん、やられてない。

 そもそも、痛くも痒くもない。むしろくすぐったい。

 俺たちが暮らしていた精霊界の自然は、この数万倍も強かったんだから。


 俺は軽く手を振った。その途端、煙と濃霧は引き裂かれるようにして一瞬で消えた。

 するとその直後――

 スパンッ!

 と軽快な音が響いた。

 ふと見ると、勢い余って、ミスリルの壁や天井まで深々と切り裂いてしまっていた。


 ……あー。久々の人間界で、力の加減を間違えたみたいだ。

 だいぶ優しくしたはずなんだが、こんなに脆かったっけか……。


 ミスリルが、まるで砂糖菓子のように粉々になって、ボロボロパラパラと崩れてくる。

 その光景を、ルーエルとウーリルは困惑したように見つめていた。


「…………は? え? 何これ? どうしてミスリルが、こんなにボロボロに?」

「そんな……。かつて魔王を封じた『ミスリル級』の魔法が、通用しないなんて……」


 ……おいおい。むしろ「何これ?」って言いたいのはこっちだよ。

「弱い! 弱すぎるっ!」


 ルーエルとウーリルが同時にビクッと肩を跳ねさせた。

「何が『賢帝より強い』だ? 何が『ミスリル級』だ? ……笑わせる。この程度で、俺を倒せるとでも思ったのか?」

 これで「マクガシェルを越えた」だなんて、よくも言えたものだ。

 むしろ劣化している。


「くっ……」「そ、そんな……」

 ルーエルが悔しそうに顔を歪め、ウーリルはいっそう泣きそうな顔になっていた。

「も、もう一度いくわよ、ウーリル! もっと魔力を高めて! 風よ叫べ! 無限の刃で微塵に切り刻め! 『風刃』!」

 すぐさまウーリルも詠唱する。

「き、清く、浄く、聖く! 全ての穢れを滅せよ! 『聖水槍』!」


 そして再び《風》の刃と《水》の槍が放たれた。

 彼女たちの渾身の魔法は……ミスリルの表面をちょこっと傷つけながら迫ってきた。

 なるほど、これが『ミスリル級』か! ミスリルに傷を付けてるもんな!


「……ふぅ」

 俺は、もはや指一本も動かさず、ただ優しく息を吹きかけた。

 それだけで二人の魔法は押し止められ、そして、潰れるようにして消失した。


「なぁっ⁉」「……そ、そんな」

 二人は口を開けたまま、呆然としていた。


 俺はてっきり、二人の協力技をやるのかと思っていたのに――実際そういった研究は666年前にも行われていたのに。……ていうか、俺が研究して論文を書いたんだけど。

 ……やっぱり、俺の研究なんて誰も読んでくれてないよなぁ。


 そんな寂しさを掻き消すように、俺は強い口調で言い捨てた。

「弱すぎる。俺はそう教えてやったはずだ。俺の言ったことが理解できないのか?」

「ひっ……」「う、うぅ……」

 ルーエルの顔が悲痛に崩れ、絶望の色を浮かべていた。

 そしてウーリルは、その場に膝を突き、ついに涙を流して泣き出してしまった。

 効果はてきめんだ。


 ……さすがに、ここまで絶望的な反応をされるのは心が痛むけど。

 ただ、歪んだ歴史教育のせいで俺のことを魔王だと思い込んでいるのなら、誤解を解くのは難しい。

 だからいっそ、こうして怯えてくれた方が情報収集しやすいはず。

 そう考えて、こんな小芝居をしているわけだけど。


「あーはっはっはっ!」


 ふいにエレナが高笑いしだした。

 突然すぎて、俺までちょっとビクッとしちゃったじゃないか。

「この大魔王ジード様に戦いを挑むなんて、666年早いんだよ、小娘が。それでもまだジード様に手を出すようなら…………ねぇ、覚悟はできてるんだよね?」


 エレナは、ルーエルたちに笑顔を向けながら脅していた。

 これも、もちろん小芝居だ。

 ただ、エレナの周囲では強烈な《風》が乱れていて、ミスリルを紙みたいにスパスパ切り刻んでいるんだけど……

 いやぁ、すごい迫真の演技だなぁ。

 と思うことにして目を逸らした。


「魔界の覇王ジード様に盾突いた罪、一生を尽くしてその身で贖え」


 一方のセラムも、同様にルーエルたちを脅していた。

 普段よりもさらに無感情に聞こえる、冷たい声。それが逆に、相手に恐怖を植え付ける。

 セラムと長い付き合いだと、こうなったときの方が本気で怒っていると知っている。

 ……でも、今は本気じゃないよな? 小芝居だよな?

 ただ、セラムの周囲にあるミスリルの床や壁には、《氷》の槍がサクサク刺さっていってるんだけど……

 いやぁ、セラムも負けず劣らず、迫真の演技だなぁ。

 と思うことにして、目を瞑った。


 ……ま、まぁ、人間に危害を加えようとはしてないから大丈夫だろう。

 それに、エレナもセラムも、体調とかに異変は出ていないようで、安心した。

 精霊が人間界で魔法を使うためには、人間である俺の魔力との繋がりが大事になるのだから。

 つまり、こうしてエレナもセラムも自然な感じに魔法を発動しているってことは、俺たちは上手く繋がっているってことなんだ。

 ……まぁ、お陰でどんどん俺の魔力が減ってくんだけど。


 何はともあれ。

 結果的に、エレナとセラムの脅しは、ルーエルとウーリルに対して、ちょうど《風》と《水》の完全上位魔法を見せつけた格好になっていた。


 そのお陰か、ルーエルとウーリルは、反抗の意志も逃亡の気力も完全に失ったようだった。二人で肩を抱き合うようにして、その場にへたり込んでしまっている。

 これならきっと、彼女たちは、俺たちの質問にも素直に答えてくれるだろう。

 もっとも、しばらくまともに話すことすらできそうにないほど怯えちゃってるんだけど。

 ……まぁ、一応、計画通りってことで。


 ただ、想定外だったこともあった。

 さっきもつい口に出して言ったけど……


 彼女たちは弱い。弱すぎる。


 彼女たちは『ミスリル級』を名乗った。

 それは666年前のランクで言えば、駆け出しの『ランバー(木材)級』から始まって、弱めのモンスター討伐ができる『ブロンズ(青銅)級』、村の守護を任せられる『シルバー()級』、軍の第一線でも活躍できる『ゴールド()』級、そして、世界を統べる最高峰――皇帝マクガシェルのみが認定されていた『ミスリル(聖白銀)』級となっていた。


 要するに、物質の魔法耐性を、そのまま魔法士の強さの基準にしているわけだ。

 かつてのランク付けだと、あくまで『一撃で対象を破壊できること』が基準だった。

 だけど現在は、こんなふうに少しだけ傷付けられるようなレベルでも名乗れるらしい。だとしたら、現在の基準だとバラゴスだって『ミスリル級』に認定されることになる。


 ちなみに――

 人間界ではミスリルが最高魔法耐性の物質だけど、精霊界にはさらに上がある。

『メテオリウム』『アダマンティウム』『アルテミュウム』そして、精霊界最高の『オリハルコン』だ。

 ミスリルなんて、精霊界では、加工に便利な汎用金属でしかない。みんな簡単に切り刻んだり千切ったりして、いっそ子供たちが粘土みたいにして遊んだりしているくらいだ。

 ……つーか、自称『ミスリル級』のルーエルとウーリルは、何か凄そうな大会で上位入賞したって話だよなぁ。となると、昔と比較しても、この時代の魔法士全体のレベルが劣化しているのかもしれないな。


 いったい、この時代の学園では何を教えているんだ?

 歴史もおかしいけど、魔法についてもおかしくなっている。

 ろくな勉強もできないで、何が『賢者』学園だ。


 しかも――

 そうなると、さらに重大な疑問が出てくる。


 彼女たちの魔法は、マクガシェルより弱い。いっそバラゴスよりも弱い。

 こんなレベルじゃあ、次元の《扉》をこじ開けることなんてできるわけがない。


 召喚の儀式なんて、絶対に不可能なんだ。


 じゃあ、いったい誰なら可能なんだ?

 まずは何より、それについて聞き出す必要がある。

次話の投稿は、明日1月27日、18時30分を予定しています。

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