俺たちみんなの、魔法
2巻の30話です。
「お願い……。私ごと、ゼグドゥを、倒して!」
プリメラの叫びが響く。
「嫌よ!」
それを打ち消すほどの叫びが響いた。
ネイピアが、涙声で、叫んでいた。
「またそうやって逃げるの? 誰かに勝たせたまま、もう勝てないからって逃げ続けるの? ふざけないで! 私はまだ本気で戦ったことがない! 貴方も、まだ私に本気で戦ったことが無いはずでしょう!」
声が裏返ることも厭わずに、ネイピアは叫び続けた。
送る魔力の量が一気に増えている。
この量、彼女は自分のすべてを与えるつもりだ。
「戦いなさい! 私と一緒に戦って! ……貴方は、私に初めて敗北を教えた魔法士なのよ!」
ネイピアが叫んだ瞬間、ネイピアは気を失いながら倒れていった。
すべての魔力を、プリメラに注いでしまったのだ。
辺りが、しんと静まり返っていた。
ゼグドゥは――プリメラの身体は、呆然とした格好のまま、動かない。両手には、まだオリハルコンの剣が握られている。
……どっちが、来る?
俺は、ネイピアを背後にかばうように、そして霊装エレナと霊装セラムを構えながら、相手が動くのを待った。
……やがて。
「…………残念だったな」
そう言って、ゼグドゥが笑った。
「くっ」
俺は霊装エレナとセラムを構える……だが、戦えるかどうか不安だった。
敵は、プリメラの身体に憑依している。
もう、その身体ごと、倒さなくちゃいけないのか⁉
躊躇わないわけにはいかない。何か他に方法は無いのか……考えようとしても纏まらない。
……やらなくちゃ、いけないんだよな。
このままゼグドゥに好き勝手にやらせるわけにはいかないんだ。
プリメラの最後の願いを、叶えなくちゃいけない。
「私が、このような脆く弱い『糸』などに、敗れるわけがないではないか」
ゼグドゥは嘲笑いながら、左手の薬指にある『糸』を、ほどいて捨てようとした――
だがその瞬間。
辺りを、眩い光が包み込んだ。
ゼグドゥの足下に、魔法陣が展開されていた。
それは、この地下空間の地面全体を覆うほど巨大で――
そして、この部屋全体を照らし上げるほどに、眩しかった。
「……な、何だこの魔法陣は⁉ こんなモノ、私は展開などしていな――」
ふいにゼグドゥの言葉が途切れた。
そして、代わった。
「――この『糸』は、絶対に捨てさせない!」
それは、強い意志を込めた言葉。
「これは、私とネイピアを繋いでくれる、思い出なんですから!」
一語一句を絞り出すように。
だけど力強く。
「私たちの思い出を踏みにじる奴に、私たちは絶対に、負けない!」
プリメラが、怒りと共に言い放った。
途端、プリメラの足下に広がっていた魔法陣が、さらに巨大に広がっていった。
異常なまでに大きな、魔法陣。
「ジードさん! エレナさん! セラムさん!」
「ああ!」
俺たちは頷きながら、プリメラが展開した巨大魔法陣を素早く解析し、適切な場所を狙って霊装セラムの《氷》の一撃を加えた。
それは、プリメラにも教えていた『巨大魔法陣の活用法』――
プリメラは、そのチャンスを狙っていたんだ!
今こそ、それを実践するときだ!
霊装セラムの《氷》の一撃は、魔法陣の機能を部分的に破壊していた。
それは、術者以外の魔力が注ぎっ込まれないようにしていたストッパー。
それを破壊したということは……。
この魔法陣を介して――この『魔力の注ぎ口』を利用して、誰でも魔力を注入できるようになったということ!
そこに俺たちは、ありったけの魔力を注ぎ込んでいく。
俺の魔力は、まだまだ残っている。精霊たちも驚くほどの膨大な魔力、まだまだ尽きたりはしない。
もちろんエレナもセラムも、俺の魔力を介して、まだまだ余力は残っている。
さっきの『風絆結束』では、小さく細い『糸』からしか魔力を注げなかった。いっぺんに注ぎ込むことができる量にも限界があったんだ。
だけど、今度は違う。
プリメラの巨大な魔法陣――その巨大な注ぎ口から注ぐことができるんだ。
ゼグドゥにとっての『異物』を、思う存分注入してやる!
限界ギリギリまで!
――いや。
この巨大魔法陣に、限界なんて存在しない!
ネイピアが細い『糸』から道を切り開いて――
プリメラがさらに大きな道を切り開き――
そしてセラムが、限界をぶち壊す。
そこを突き進むのは、俺と、エレナと、セラム。
誰よりも深く、そして長い絆で結ばれている俺たちが、この巨大な注ぎ口を使って、ありったけの魔力をぶち込んでやるんだ。
ここでようやく、俺の力を存分にぶつけることができる!
「喰らえゼグドゥ! これが俺たちの、本気の魔法だ!」
叫ぶと同時に、俺たちは一斉に巨大魔法陣に向かって魔力を注ぎ込んだ。
「プリメラ!」「プリメラちゃん!」「プリメラ」
みんなで手を重ねて、名前を呼んでいく。
そこに、ふと、もう一つの手が伸ばされてきた。
俺たちは咄嗟にその手を取って、みんなの手に重ねて置いた。
これが――これこそが、俺たちの魔法だ!
「……プリメラ、おねえちゃん」
ネイピアの、弱々しく、消え入りそうな声。
だけど、その声は届いたはずだ。
一陣の《風》が、巨大魔法陣へと吸い込まれていった。
「ぐっ……ぅごぉ、ああぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁっ⁉」
ゼグドゥの断末魔の叫びがこだました。
次の瞬間、プリメラの身体から、漆黒の煙のようなモノが溢れ出してきた。
それは、ぼんやりと人型を形作りながら、オリハルコンの祭壇へと飛んで行こうとしていた。
逃がすかぁっ!
「ゼグドゥ!」
ついに分離した!
このときを待っていた。
ゼグドゥが、次第に人の形へと変わってゆく。オリハルコンの祭壇に向かって、逃げるように背を向けていた。
もう容赦はしない。手加減をする必要もない。
魔王ゼグドゥを、倒す!
霊装エレナの《風》に乗り、超高速の一閃がゼグドゥの胴を切り裂いた。
「ぐぅっ!」
ゼグドゥは苦悩の声を漏らしながら、左腕を振るってきた。青白い炎をまとった拳が迫ってくる。
俺は《風》に乗って空中で体勢を変え、ゼグドゥの攻撃をくぐるように避けた。
そして正面に回り込むと、振り返りざまに霊装セラムの《氷》の一撃を放って……
ゼグドゥと目が合った。
「…………っ⁉」
霊装セラムの一撃が乱れた。
「ちぃっ⁉」
今から体勢の修正なんて無理だ。
俺は無理な体勢のまま霊装セラムを振り降ろした。
その一撃はゼグドゥの左腕を斬り落とした……だが当初の狙いは、首だったのに。
「ぬぅ! この程度の攻撃で傷つくとは、なんと脆い姿なのだぁっ!」
ゼグドゥの声が響き渡る。
「完全な身体さえ……依代となる肉体さえあれば、こんなことにはならなかったものをぉぉぉぉぉぉぉうぁぁぁぁぁぁおのれぇっ!」
ゼグドゥは左腕を失いながら、祭壇の奥に開いた次元の『扉』へと入り込んでいった。
俺は、それを睨みつけていた。
ゼグドゥが次元の狭間に消えてゆくまで――
『扉』が閉ざされるのを確認するまで――
ずっと、ずっと、睨みつけていた。
……睨みつけることしか、できなかった。
次回更新が、2巻の最終回!
次話の投稿は、本日(6/15)19:00を予定しています。




