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チャンスの糸を手繰るように

2巻の29話です。

 さっきの戦闘で、ゼグドゥは左手の剣を落としていた。

 やっぱり、それはダメージがあったからに違いない。

 それを、ゼグドゥの炎の拳を受け止めたときに確信した。


 ゼグドゥは、左手でこぶしを握ったときに、薬指だけ握りが緩くなっていた。

 手の指の構造上、薬指だけを自由に動かすことは難しい。となれば、奴の左手の薬指には、わざわざ薬指を緩めないといけないような、異変が起こっているってことになる。


 ゼグドゥの左手の薬指――それはつまり、プリメラの左手の薬指。

 そこで思い出した。


 ここに来るまでに、プリメラは左手の薬指を怪我していた。

 ……なら、ゼグドゥは、左手の薬指をかばっている?

 だが、同じ傷だったら、さっき霊装で付けてしまった右手の傷もかばっているはず、なのにそんなそぶりはまったくない。

 傷の深さや攻撃のときの影響を考えても、右手の傷の方が重いはずなのに。


 なら、左手の薬指と、右手の傷と、その二つの傷の違いは何がある?

 右手の傷は、放置されたまま。そして左手の指の傷は、治療されている。


 ……治療。

 セラムが《氷》で傷を洗った……いや、これじゃない。セラムの《氷》は、ゼグドゥには効かなかった。

 なら、ネイピアが『糸』で縫合したことか?

 ネイピア……糸……。

 そして、プリメラ。


 そこまで考えて、もしかしてと閃いたものがあった。

 ……ダメで元々。試す価値はある!

 もしも、まだ俺たちとの繋がりが残っているなら、これに答えてくれ! プリメラ!


「ネイピア! 『束縛魔法』を撃ってくれ!」

 俺はゼグドゥの攻撃を受け流しながら、背後にいるネイピアに言った。

「ちょっと、そんな宣言したらバレバレじゃないの――」

 ネイピアが呆れるように言い捨てる。

 こっちには意図があるんだが、それを説明している暇なんて無い。

 するとネイピアは続けて言った。

「でも、構わないわ。私の全部、貴方に賭けてあげる」


 直後、俺の背後から無数の『糸』が放出された。

 一面が金色に染まるほどの、大量の『糸』――髪の毛。

 ネイピアの『束縛魔法』だ。

 掴まえた者の魔力を吸収し、その力を束縛する力に転用することができる。強い者ほど強く束縛される結界魔法。


「『糸』の結界魔法か」

 ゼグドゥは警戒したのか、距離を取るように後方に跳ねた。

 だがネイピアの『糸』は逃がさない。


 ゼグドゥの腕に『束縛魔法』が絡み付く。そのまま周囲の『糸』もゼグドゥに絡み付いていった。

 だが、ゼグドゥはオリハルコンの剣を振るい、易々と『糸』を切り刻んでいく。


「やっぱり捕まえられないわ」

 ネイピアが焦ったように言ってきた。

「大丈夫だ、きっと捕まえられる。……だってお前は、捕獲のプロじゃないか」

「え? 捕獲のプロって、どういうことよ?」


「プリメラから聞いたぞ。ネイピアは、昔から『蜘蛛さんごっこ』が大好きだったんだってな」


 俺がそう言った瞬間――

「う、ぐっ⁉」

 ふいにゼグドゥが、苦しそうな声を上げた。狙い通りだ!


「頼むプリメラ! 答えてくれ!」

 俺は思わず声を上げた。

「な、何が起こってるの?」

 隣でネイピアが、困惑したように目を見開いている。


「ゼグドゥにとって、プリメラは身体を乗っ取るのに最適だと言っていた。だが、そこには『異物』が含まれている――」

俺は、その部分を指さした。


「それは、ネイピアの『糸』だ!」


「あっ! 指の傷を縫合した『糸』が、完全な融合を妨いでいるって言うの⁉」

「そういうことだ」

 俺は頷きながら、

「だから、その『異物』をもっと強力にしていけば、やがて融合も剥がれるかもしれない」

「……かもしれない。けど、やる価値はあるわね」


 俺たちは頷き合うと、改めてネイピアが『糸』を放った。

「ぐ、うぅ⁉」

 ゼグドゥは、身体の自由が効かないながらも、暴れ回って『糸』を振りほどこうとしていた。

 だが、今度の『糸』は束縛が目的じゃない。


風絆結束(チェンバイン)』――

 それは、ネイピアの『糸』を介して、繋いだ相手に魔力を与える魔法。

 ネイピアが、魔法契約に基づいて初めて作った、多くの人を繋げる力。

 その『糸』が、プリメラの指を縫合している『糸』と繋がった。


「今だ!」

 言うと同時に、俺はネイピアの『糸』を掴んだ。そしてエレナとセラムも、霊装を解いて『糸』を掴む。

「プリメラ!」「プリメラちゃん!」「プリメラ」「プリメラ!」


 俺とエレナとセラム、そしてネイピアの魔力が、プリメラの身体に注がれていく。

 それは、ゼグドゥにとって最悪の『異物』となる。

 プリメラの身体が、ゼグドゥにとって最適ではなくなっていくんだ!


「ぐっ……う……みん、な」

 優しい、朗らかな声がした。

 プリメラの声だ。プリメラの意思が表まで出てきていた。


 もう少しだ!

 もっと魔力を!

 ……そう思ったのに。


「私は、もう、これが限界、みたい……」

「え……」

「これ以上、外に出るのは、難しくて……」

 とぎれとぎれに、プリメラは語る。

「……ここで、私がゼグドゥごと死ねば」

「なっ⁉」「っ⁉」

「……ゼグドゥを、倒すことが、でき……る」

「そんな……」

 言葉が見つからない。何を言ったらいいのか解らない。


「だから、お願い……。私ごと、ゼグドゥを、倒して!」

 プリメラの叫びが響き渡った。

次話の投稿は、本日(6/15)18:30を予定しています。

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