倒せない、敵
2巻の28話です。
セラム最強のトラップ――『氷蝶の夢』によって、永遠の凍結に誘われたガルビデ。
俺は、ガルビデの持っているオリハルコンの剣を、拳で軽く叩いた。
カィィィィン……
幾度となく聞いた金属音。
オリハルコンの剣は、粉々に砕け散っていった。
たとえどれほど強化がされたところで、オリハルコンは霊装には遠く及ばないってことだ。
「……所詮は、この程度か」
ゼグドゥはそう呟くと、『氷蝶の夢』に囚われているガルビデに向けて手をかざした。
……何をする気だ。さらにパワーアップするつもりなのか?
俺は両の霊装を構えながら、背後にネイピアをかばうような位置に立った。
次の瞬間――
ゴオォォゥッ!
ふいにガルビデの身体から炎が上がった。
「なっ⁉」
青白く輝く、炎の柱。
ガルビデの身体が燃え上がってゆく。
「あぁぁあぁあぁぁぁ…………」
途中で『氷蝶の夢』が解除されてしまったのだろう、ガルビデの断末魔の声が辺りに響いた。
一瞬にして、ガルビデは黒焦げの塊となり、そして、バラバラと崩れていった。
『氷蝶の夢』に囚われていたガルビデが、いともあっさりと、炎上、炭化し、死んだ。
精霊が作り出した《氷》の領域内で。
ゼグドゥは、《炎》を操ったのだ。
「……次は、誰にするか?」
ゼグドゥは、ゆっくりと、俺たちを見回してきた。
「……プリメラ」
ネイピアが、ふたたび呼び掛けた。
「その名を、呼ぶな。耳障りだ」
プリメラの――いや――ゼグドゥの怒気を込めた視線が、ネイピアに移る。
「正気に戻れよ、プリメラ!」
俺はゼグドゥの視線を遮るように、ネイピアを背中に庇って立ちはだかった。
「プリメラちゃん!」
右手の霊装エレナが叫ぶ。
「プリメラ」
左手の霊装セラムが、冷静に呼ぶ。
「耳障りだと、言っているのだ!」
ゼグドゥは叫びながら、祭壇に掴み掛かった。
掴んだところから、オリハルコンが熔けている⁉
しかも、熔かしながら鋭く成型されていく――
剣だ。
オリハルコンの剣……それが二本。
オリハルコンの剣の二刀流となったゼグドゥが襲い掛かってきた――
――狙いはネイピア⁉
ネイピアに振り下ろされる剣、それを霊装エレナとセラムの二剣を合わせて受け止めた……かと思ったが。
スパンッ!
小気味良い音を立てて、オリハルコンの剣が真っ二つに切れた。
何の抵抗もなくなった霊装の二剣が、ゼグドゥの顔を目掛けて振り上げられてしまう。
それはプリメラの身体だっ!
「……くそ⁉」
俺は咄嗟に霊装エレナの《風》を横に放って、俺の身体ごとゼグドゥから離れるよう吹き飛ばした。
「……なるほど――」
ゼグドゥが、プリメラの顔で不敵に笑みを浮かべた。
その右腕に、20㎝ほどの大きな切り傷が走ってしまっていた。今の霊装による傷だ。飛ぶのが遅くて、当たってしまっていたんだ。
深くはない、だが出血は止まりそうにない。
「お前たちは、この身体をよほど傷付けたくないようだな」
ゼグドゥの言葉に、俺たちは何も言えない。
……くそ。言おうが言うまいが、バレバレなんだ。
「だが、私はお前たちを殺す。お前たちは、自分たちが殺されなくなければ、この肉体を殺せば良いのだ」
「……く」
「もっとも、この肉体が殺されたところで、私の魂が死ぬわけではない。ふたたび、別の肉体を得て舞い戻るだけのこと。そうなれば、この女は、まさに無駄死にというわけだ!」
ゼグドゥは嘲笑いながら、新たにオリハルコンの剣を作り出して襲い掛かってきた。
「くっ」
この攻撃、霊装で受け止めることはできない。
霊装の切れ味が強すぎるせいで、プリメラの身体を傷つけてしまうかもしれない。
だったら、受け止めるんじゃなくて、全部を止めてやる!
俺は霊装セラムを抜き、ゼグドゥに《氷》の一閃を走らせた。
精霊界最強の《氷》の一撃。オリハルコンもゼグドゥも、プリメラの身体も、精霊界の《氷》の中に、完全に囚われていた。
これで、少しは策を考えるための時間稼ぎを……
ピシッ……
「……な」
刹那、霊装セラムの《氷》が、砕け散った。
続けざまにゼグドゥが攻撃を仕掛けてくる。
俺はネイピアを背中に庇うようにしながら、オリハルコンの剣の攻撃を受け流していく。
真面目に受けたらオリハルコンの剣を切断してしまう。かといって下手に手加減したら俺たちがやられる。
そんな矢先、ふいにゼグドゥが、左手に握っていた剣を落としていた。
何かダメージが入ってるのか?
そう思ったのも一瞬。
ゼグドゥは左手に青白い炎を纏って、素手で殴りかかってきた。
「くっ⁉」
プリメラの素手。これを霊装で受け止めるわけにはいかない!
俺は咄嗟に霊装を放して解除しながら、ゼグドゥの炎の拳を手のひらで受け止めた。
ジュウウウゥゥゥウゥッ!
「があぁぁぁっ⁉」
両手が灼熱の炎で焼かれていく。手だけじゃなく全身の痛覚という痛覚すべてが、軋むように痛みを訴え始めた。
自分の意思とは関係なく、涙が止め処なく流れてきた。
だが、そんなことはもうどうでもいい!
俺はゼグドゥの腕を振り払うようにして、強引に距離を取った。
手と頭がジンジン痛みを訴えてくるが、こんなもの、セラムの《水》で消毒して冷やしておけば何とかなる。
こんな怪我、精霊界では日常茶飯事だったんだ。
そんな精霊界を生き抜いてきた俺が、今さらこんな手の怪我なんかで死ぬわけない。
こんなちっぽけな怪我より、今は、ゼグドゥを倒す方法の方が大事に決まってる。
そうだ。
俺は今、ゼグドゥを倒す方法を見つけたんだから。
本日の投稿は以上です。
次話の投稿は、明日(6/15)18:00からを予定しています。




