プリメラの役目
2巻の27話です。
プリメラは――いや魔王ゼグドゥなのか――祭壇の前に立ち、不安定にゆらゆらと揺れている。
そして時折り、手を握ったり開いたりして、動きを確かめているようだった。
「プリメラ!」
「…………」
俺が名前を呼んでも、反応はない。
「……プリメラ」
ネイピアが、弱々しい声で呟いていた。
するとその声が届いたのか、プリメラは顔を上げてネイピアを見た。
「プリメラ! 私が解るの?」
すかさずネイピアが声を掛ける。
だが、プリメラは鬱陶しそうに顔を歪めて、
「耳障りな声め。消えろ」
言うや否や、プリメラは祭壇のオリハルコンを手で千切って、そのままつぶてとしてネイピアに投げつけてきた。
「ネイピア⁉」
俺は霊装エレナと共に《風》に乗って、一瞬でネイピアの前に立ちはだかった。
すかさず霊装セラムを振るい、《氷》の壁を作り出す。
霊装の作り出した《氷》の壁は、オリハルコンよりも硬い!
パァンッ!
――《氷》の壁が粉々に弾け飛んだ。
「なっ⁉」
……霊装の《氷》が、負けた⁉
「くっ⁉」
咄嗟に霊装エレナを振るって、オリハルコンのつぶてを跳ね上げて軌道を逸らした。
「くははははっ! もはや呼び掛けなど無駄なことよ! あの女の意識など、完全に消え失せてしまっているのだからな!」
ガルビデが、心の底から愉快そうに叫んできた。
「ガルビデ、お前は、最初からこれが――魔王の復活が目的だったんだな!」
「当然であろう! 『封印の儀式』など、ただの方便に過ぎない。すべてはゼグドゥ様を復活させるための道具を集めるためのモノ。そもそも、ゼグドゥ様を封印するなど、ただの人間風情ができるわけもないのだ!」
「……プリメラを、道具として利用したというのか!」
「その通り! 表向きは、魔王封印のための切り札として、大抜擢をしてやったのだ。それを告げたときのアイツの顔は、なかなか見ものだったぞ! くはははっ!」
辺りにガルビデの笑い声だけが響いていた。
「……ふざけるな!」
俺は堪らず叫んでいた。
「プリメラが教導士団に入ったとき、彼女がどんな思いだったか!」
彼女は、ネイピアに負けるのが悔しくて、怖かった。
そんな彼女が、争いごとをしたくないからと選んだのが、教導士団の道だった。
「自分の力が世界平和の役に立つと言われたとき、彼女がどんな思いだったか!」
自分の魔法陣が、この世界に平和をもたらす。それを彼女は、とても誇らしげに話していた。
「そんな人の気持ちを踏みにじるような奴を、絶対に許さない!」
そう叫ぶ俺の周りに、エレナ、セラム、ネイピアが並んで立つ。
ここに居る4人はみんな、プリメラの想いを聞いていた。
みんな、俺と同じ想いで居るんだ。
「ふん。ふざけているのはお前らの方ではないか!」
ガルビデは激昂して、
「何が、ゼグドゥ様を倒すだ? おこがましいにも程がある! お前ごときが敵う相手ではないのだ!」
そのセリフは、あの大広間でも聞いていた。
あのときは、てっきり俺の力を過小評価して言っているんだと思ったが……。
本当は、ゼグドゥの力を絶賛していたってことだったのか。
「さぁゼグドゥ様。私めに何なりと命じてくださいませ! 私がゼグドゥ様の右腕として、共にこの世界を支配いたしましょう! くははははっ!」
ガルビデが勝ち誇ったように笑っている。
そこにプリメラが――魔王ゼグドゥが、声を掛けた。
「力を分けてやろう。そいつらを殺せ。耳障りに過ぎる」
ゼグドゥが、プリメラの顔で、俺たちを見やってきた。
そしてゼグドゥは、ガルビデに向かって手をかざした。
ゼグドゥの手から黒い煙のようなものが溢れ出し、それがガルビデの口から入り込んでいく。
次の瞬間――
「おぉぉぉぉ! 仰せのままにぃぃ!」
ガルビデが、歓喜するかのように叫んでいた。
ガルビデの全身に血管が浮き出て、そして次々に破裂していく。
「ふはははははっ! これこそがゼグドゥ様の力だぁっ! 私もついにゼグドゥ様の力を授かったのだぁ!」
叫ぶたびに血管が破裂し、至るところから血が噴き出している。だがガルビデは構うことなく愉悦の笑みを浮かべている。
尋常じゃない。
ガルビデは、まるで獣のような4つ足の体勢で、オリハルコンの祭壇へ飛びついていた。そしてそのまま手足で締めつけていって――グニャリ――オリハルコンの祭壇を歪ませ、そしてそのまま千切り取った。
なんてパワーだ。魔力も何もあったもんじゃない。純粋な力でオリハルコンを千切っていた。
そしてそのまま、潰し、捻じりながら、オリハルコンの剣を作り上げていた。
俺はネイピアを背後に庇いながら、霊装エレナと霊装セラムの二剣を構えた。
油断はしない。そして、容赦もしない。
ただ目の前の敵に勝つことだけを考える。それが、今ここでみんなを護るために必要なことだ。
「行くぞぉぁぁッ!」
ガルビデが血混じりの叫び声を上げながら飛び掛かってきた。
一瞬にして、ガルビデが俺の懐まで潜り込んでくる。
速い。だが俺には見えていた。
ガルビデの目前を遮るように、俺は霊装セラムの刃を地面に立てていた。
キィィィィィィィ……ン……
甲高い音が辺りに響き渡る。
それに構わず、ガルビデがオリハルコンの剣を振りかぶってきた。
「くらえぇぃ! ……ぃぎ⁉」
ふいにガルビデの動きが止まった。
今にも剣を振るおうとしている、中途半端な体勢のまま。
まるで俺の首を薙ぎ払おうとしているかのような格好で。
まったく動かなくなっていた。
動けるわけがない。
ガルビデは、完全に凍結してしまっているんだから。
霊装セラムによる《氷》の最上トラップ――『氷蝶の夢』によって。
彼は四方八方から《氷》の魔眼に見つめられ、骨の髄まで凍っている。
はたしてガルビデがどんな光景を見せられているのか――どれほどの苦痛を味わっているのかは、解らない。
ガルビデは、ここで凍り続けるのだ。
この《氷》が溶かされない限り――
つまりは、永遠に。
次話の投稿は、本日(6/14)19:00を予定しています。




