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魔王ジードと、賢帝マクガシェル

第8話です。


 人間界へ出ようとした、その直前、何やら慌ただしい声が聞こえてきた。

 扉の向こう――人間界で、複数の女性が話をしているようだった。


「ル、ルーエル⁉ 賢帝マクガシェル様の結界が破られてしまいました! このままでは『封印の祠』が崩壊してしまいます……早く逃げましょう!」


 今にも泣きだしそうな女性の声がした。

 ……つーか、『賢帝』って。

 マクガシェルの奴、いっそう偉くなったもんだなぁ。


 結局、マクガシェルは、俺たちをさんざん苦しめて犠牲にしておきながら、自分はちゃっかりいい人生をまっとうしたってわけか……。

 その理不尽さに、反吐が出そうだった。


「お、おおぉお落ち着きなさいよ、ウーリル! あたしたちは由緒正しき帝国軍所属の魔法士! 逃げるわけにはいかないんだからぁ!」


 返事をした女性の声は、口調こそ強めだが、彼女の方こそ狼狽えているみたいだった。

「あたしたちは、せっかく伝統ある《聖霊大祭》で入賞して、出世ルートの中で一番楽な、この祠の管理者に任命されたのよ! 適当におしゃべりしてるだけで出世できるはずなのに……こんな場所で失敗するわけにはいかないでしょ!」


 ……うわぁ、一番の心配は自分の出世かよ。

 帝国軍所属だとか、666年前には無かった『伝統ある聖霊大祭』とやらで入賞だとか、凄そうな肩書を持ってるくせに。

 肩書きだけもらったら、その義務は果たそうとしないのかよ。


「そ、そんなこと言われても……」

 泣きそうな声の女魔法士:ウーリルが、声を絞り出すように言う。

「伝説では、1000年近く前に、この『封印の祠』に魔王が封印されたっていうんですよ? ということは、今から魔王が出てくるってことじゃないですかぁ……」

 最後の方は、声が消え入ってしまっていた。



「ジードくん、魔王だってさ」

エレナが可笑しそうに小声で言ってきた。

 俺は思わず苦笑するしかなかった。


 するとセラムも頷きながら、

「確かにジードは、夜も魔王」

「夜もとか言うなっ」


 俺はつい慌てて突っ込んだ。

 エレナの視線が少し痛い。……いや、別に魔王っぽいことなんてしてないぞ。

 するとセラムは小首を傾げながら、


「訂正する。夜は魔王」

「余計に酷いわっ」


 それじゃあ昼間は情けないみたいじゃないか!

 昼間も頑張ってるだろ!

 つーか、ちゃんと夜も紳士だし!

 この出発の前夜だって、俺はふたりのことを大切に……

 ……いや。今はそんなことを話してる場合じゃない。


 俺は、エレナの痛い視線を受けながら……というか、むしろ何かを期待してるような眼差しのようにも見えるんだが……とにかく気付かないふりをしながら、

「まぁ、人間界にしてみたら、俺は魔王だろうな」

 と、真面目に話を進めた。


 666年前の事件は、人間界の側から見れば、俺が精霊たちを精霊界に連れ去って、そのせいで人間界の精霊魔法文明を破滅させた、といったふうに見えてることだろう。


 ……でも、俺が魔王呼ばわりされてるんなら。

「いっそ、その立場を利用して、情報収集してみるか」


「え? ジードくん、誤解されちゃってるのに、本当のことを説明しなくていいの?」

 エレナが困惑したように聞いてきた。

「いや、俺たちはこれから、魔王が封印されているとかいう祠から出て行くことになるんだろ? なのに『俺たちは怪しいものじゃない』とか『実はマクガシェルが悪い奴で……』なんて言っても、却って怪しまれるだけだ。だったら、いっそ魔王になりきって、脅しながら命令するように話を進めた方が情報収集もしやすいだろ」

「確かに……。なんか哀しくなっちゃうけど、仕方ないのかな」

「まぁ、あとで落ち着いたら本当のことを話せばいいさ」

 俺はいたずらっぽく笑って、ふたりに耳打ちするように、これからのことを説明した。



 人間界では、女魔法士たちのやり取りが続いていた。

「あっ! 逃げるんじゃないわよ、ウーリル! 伝説は伝説! 歴史とは違う! 魔王なんて作り話かもしれないじゃないの!」

 強めの口調の女性――ルーエルは、もはや必死な感じで叫んでいた。


「……でも、今まさに、マクガシェル様の結界が壊れたのは現実じゃないですかぁ」

 ウーリルは震える声で、冷静に指摘していた。

「そ、それは……」

「ていうか、私たちのような『賢者学園』出身の魔法士には、全員マクガシェル様の血が流れてるんですよ。その血脈こそがエリートの証なんです。なのに、賢帝の由緒が作り話だなんて言っちゃったら、この帝国も、私たちの地位も、嘘で作られたことになっちゃいますよぅ……」

 そんなウーリルの冷静なツッコミに、ルーエルからの返事は聞こえてこなかった。



「それは実際、嘘なんだけどな」

 俺は思わず呟いていた。


 どうやらマクガシェルは、自分の子孫だけが入れる魔法学校を作ったらしい。

 その名も、『賢者学園』……。


 自分を『賢帝』と呼ばせて、自分の子孫を『賢者』と称して、そいつらしか入れないエリート学校を作っていた。

 そして、そんな賢帝に歯向かった俺は『魔王』呼ばわりだ。

 本当に、好き放題やってくれたもんだな。生きてたときも、死んでからも。


 正直、マクガシェルの子孫たちには、少し同情する。

 間違った歴史を教え込まれて、それを疑うこともなく生きていくしかなかったんだから。

 ただ、逆に言うと、今の人間界はそれだけ嘘の歴史が根付いてしまっている、ってことにもなる。


 ……これは、情報収集も一筋縄ではいきそうにないなぁ。

 そんな一抹の不安はあるが、まずは行動しないと始まらない。


「ふたりとも行くぞ。666年ぶりに、『魔王ジード』様が復活だ」

 俺はエレナとセラムを見やりながら、皮肉の笑みを浮かべる。

 ふたりが頷いて、俺たちは人間界への扉へと飛び込んで行った。

次話の投稿は、本日20時30分を予定しています。

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