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魔王の気配が蠢く場所は

2巻の17話です。

 魔力の歪みがある――

 そう言って、エレナは下を指さしていた。


 帝都グランマギアの地下、約50mまでの範囲には、帝国図書館の地下書庫が広がっているはずだった。

 今は聖山シュテイムの土砂に埋もれてしまっているが、そこに地下書庫があることには違いない。

 となると、エレナが指さしたのはそこのことか?


「帝国図書館の地下書庫に、『歪み』があるのか?」

「ううん。違う。もっと深く」


 エレナにそう言われて、俺は思わずネイピアと視線を合わせていた。

 俺には心当たりはなかった。

 それはネイピアも同じだったようで、首を横に振ってきた。


「エレナは、《風》を使って魔力の『歪み』を探索してたんだよな? エレナの担当は、聖山シュテイムの地下にある『封印の祠』を起点にして、そこからいろんな方向に《風》を流してたはずだけど」

 エレナ以外に、ネイピアやガルビデも、《風》を活用して各自の担当する場所を探索していたはずだった。

 それに加えて、名目上は『土砂流入から地下施設を復興させる』というかたちで、真意を隠したまま、通常の軍人や教官らにも地下の探索が命じられていた。


 その中でエレナは、俺たちが一番怪しんでいる『封印の祠』を探索していたんだ。

 精霊の《風》は、広く、深く、強く、魔力の流れとか気配を感じ取ることができる。

 どんな些細な異変も見逃さないほどに。


「私はさっきも、『封印の祠』からいろいろ調べてたんだけど、そのとき、気持ち悪いくらいの魔力の歪みを感じ取っちゃったんだよ。私はすぐに探知をやめたんだけど、それでも具合が悪くなるくらいに、酷い歪みだった」

「……つまり、そんな歪みを発生させるほどの魔力が、エレナの魔力に影響してしまって、そのせいで調子を悪くさせていた、ってことなのか」


 そう考えると、さっきセラムが言っていた『エレナの魔力に、何かが混ざった』っていう説明とも一致する。

 現に、セラムも「そう考えるのが合理的」と肯定してきた。

 そしてエレナ自身も、

「難しいことは解らないけど、でも私は、あの歪みを感じ取るまではすごく健康だったからね。あそこに何かあるのは、間違いないよ」

 と頷いていた。


「てことは、『歪み』は『封印の祠』の地下にあるってことなのか?」

 確認するように聞いたら、エレナは首を横に振って、

「それがね、《風》の流れを辿っていくと、祠の部分から、さらに地下に進める隠し通路があるみたいなんだ。そして、その通路の先に部屋があるみたいなんだけど、通路の角度と長さ的に、その部屋は帝都の中心部のちょうど真下になってるんだよ」


「帝都の、真下……」

 ネイピアが、その事実を飲み込むように繰り返していた。

 だからこそ、エレナはさっき、この生徒会室の下を指さしていたのか。

 ……ただ、だとすると厄介だ。


「それが例の魔王のせいだとしたら、帝都の住民を避難させないといけなくなりますね……」

 プリメラが、語尾の消え入りそうな声で言っていた。


 帝都の地下に――しかも真下に、999年前の魔王ゼグドゥが封印されているんだとしたら、もし万が一、ゼグドゥが復活してしまった際には、帝都が無事で済むとは思えなかった。

 20万人の住民の避難が必要なんだ。


 と言っても、そんなこと、少し考えただけでも途轍もなく困難だということが解る。

 実際、ネイピアもプリメラも、頭を悩ませていた。

「20万人もの人たちを、『移動』させるだけなら力尽くでもできるわ。強力な《風》で吹き飛ばしてしまえばいいんだから――」

 乱暴な言い方ではあるけれど、きっとネイピアの言うことだ、一人一人が《風》で緩衝されたり『糸』で包まれたりして、身の安全はしっかり確保している状態にするはずだ。

 そういう意味でも、確かに『移動』させるだけなら簡単にできるだろう。


「でも、『避難』はそうはいかない。彼らは、避難先でも生活をしなければいけないのだから。何日、何週間、あるいは何ヶ月、何年と」

「とは言っても、一人一人に説明をして、納得してもらうのも現実的ではないですものね。それですべての避難が終わるまでに、どれほどの時間が経ってしまうのやら」

「そもそも、『魔王復活』を秘密にしようとしているのに、避難のために住民への説明をしなければならないとなると、そこも難しくなってしまうわ。かと言って、住民に『魔王復活』なんてことを話したら、20万人の恐慌が起こりかねない。結局、住民らには秘密にしたままやらないといけないのよ」


 ネイピアの指摘は、もっともだった。

 帝国最大の都市を、もぬけの殻にしないといけない……


 たとえば、他の小規模都市に分散させるとか……いや。いくら各地に散らばっても、さすがに20万人もの人たちを全員受け入れられるとは思えなかった。

 そもそも、住民全員が自由に移動できるわけではないし、金もかかる。

 あるいは、敢えて街に残るという人も、絶対に少なからず出てきてしまう。

 その人たちを、『避難していないから』というだけの理由で見捨てるわけにもいかない。


 避難はさせないといけない……

 だけど街から追い出すのは難しい……

 それに、住民たちには『魔王復活』のことが伝わらないようにしたい……


 そのとき、ふと問題解決に繋がりそうなことを思い付いた。

「だったら、街から追い出すことなく、帝都の住民全員を避難させればいいんだな」

「あら、今度は何をするつもりなのかしら?」

 と、ネイピアがすかさず聞いてきた。

 心なしか、少し身を乗り出してきているような気もする。

「いや、今回も、帝都の街ごと別のところに避難させることができればいいんじゃないか、って思っただけだよ」

「帝都の街ごとっ⁉」

 プリメラが、驚きの声を上げていた。

 そして頭突きをしてきそうな勢いで身を乗り出してきて、

「も、もしかして、この間の聖山シュテイム崩落のときに、帝都を浮上させて土砂崩れから街を護ったという、あれを今回もやるつもりなんですか?」

「えぇと、まぁいざとなったら、そのつもりだけど」

「……はあぁ」


 プリメラは、大きく深い溜息を漏らしながら、

「やっぱり、ジードさんたちは凄いんですね。そんなこと、普通の頭をしてたら絶対に思いつかないですよ。思いついてもやろうとも思わないですし」

「はは、そりゃどうも……って、それ褒めてるのか?」

「褒めてますよ、褒めてます! ほら、他の人にはできないことをやる、っていうのは、私にとっても憧れですし」

「なるほど」


 プリメラは、ネイピアとは別の道を進むために、教導士団を選んでいた。そしてその中で、今、魔王封印の大役を任されるに至っている。

 それは当初は、才能あふれる年下のネイピアから逃げるためだったという。

 だけど今は、プリメラだからこそできるという任務を任されているんだから。

 素直に、凄いことだと思う。

 それこそ俺も、俺だからできることをやっていきたい、と改めて思う。

 666年を精霊界で過ごした俺だからこそ。

 精霊ふたりと仲良く幸せな関係を築けている俺だからこそ。

 そして、こうして666年ぶりに人間界に戻ってきている俺だからこそ。

 今、できることがあるんだから。


 魔王討伐計画――ないし封印計画。

 そして、それに伴う住民避難計画。


 そこには、俺たちの力が必要とされているんだ。

 何より、俺たち自身が、それを成功させたいと思っている。

 この魔王を倒せば、きっと、それが精霊召喚未遂事件の解決にもつながるはずだから。

 そしてそれは、精霊界の幸せにつながるはずだから。

 何より、俺たち自身が平和で幸せなスローライフを取り戻すことができるようになるはずだから。


 だから俺たちは、ここで――この時代で、魔王を倒すんだ。

次話の投稿は、本日(6/12)19:30を予定しています。

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