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《風》の異変

2巻の15話です。

第三章



 帝都の街は、平和そのものだった。

 聖山シュテイムの崩壊から、着実に復興の歩みを進めている、帝都と街の人々。

 みんな、幸せな未来があると信じて、進んでいるんだ。


 誰も、何も、知らないでいる。

 魔王の復活があるかもしれない――

 その情報は重要機密として、一般人にはまったく知らされていなかったのだ。


『かもしれない』では避難なんてさせられない。

 そもそも、どこで復活するのかも解らないから、安全な場所が解らない――

 安全な場所なんて、無いのかもしれない。

 その結果として、一般市民に知らせても混乱を招くだけだとして、重大な機密扱いにされていたのだ。

 俺自身も、これが最善案ではあると思う。

 だけど、納得はできなかった。


 賢者学園の生徒会室。

 ここは今、俺とエレナとセラム、そしてネイピアとプリメラの集まる作戦会議室のようになっていた。


 エレナの《風》と、ネイピアの『糸』をメインに、人間界で生じる『次元の歪み』を探ってゆく。

《風》魔法の空間探知能力は、他の属性よりも数段レベルが高いと言える。

 ただ他方で、《風》は地下・地中の探知能力が高くない。かと言って、《土》魔法はそもそも探知に適した魔法がない。

 結局、様々な場所を《風》魔法で探知した方が効率も良くなるのだ。


 といっても、この広大な帝国の全陸上・全海中・全空中・全地中を隈なく探そうとしたら、結局のところ効率は最悪になってしまう。

 だから、どこか範囲を絞っていかないといけないんだが。


 その点は、ガルビデの文献調査によって、魔王が封印されていた地――すなわち復活してくる候補地をいくつかに絞ることができていた。その調査には、もちろん俺やネイピアも協力していた。

 その中でも最有力なのは、やはり聖山シュテイムの地下にある『封印の祠』だった。

 だからこそ、俺たちはこの生徒会室に集まって、周辺の調査と警戒を続けていた。この生徒会室は、帝都の中で、王城に次ぐ高さを誇る建物の上層部にある。


 本来なら、プリメラは教導士団として行動しないといけないはずだが、

「第一の目的は、魔王討伐の方なのだから、魔王封印計画よりも討伐作戦を優先すべき」

 という論法によって、俺たちと一緒に行動していた。

 それに彼女自身も、それを望んでいるみたいだし。


 帝都の中央に突き出た建物の最上階から、愁いを帯びたような表情で街を見下ろすネイピア。

「今の帝国は、仮初の日常を送っているに過ぎないのよね。いつ壊れるか解らない。そもそも、みんなは壊れることすら知らないまま」

「壊させない。そのために俺たちがいる」

 そう言ってみるものの、現状ではただの理想論でしかない。


「いつ侵害されるのか。誰が侵害されるのか。どこが侵害されるのか。何もかも解らない。まるで拷問。なぶり殺しにされているみたいね」

 ネイピアが自嘲するように言った。

 そんな言葉を聞いて、ふと思う。


「これと同じ状況にあったのが、666年前までの精霊界……そして今の精霊界なんだよ」

 俺がそう言うと、エレナとセラムも頷いた。

「なるほど。確かにそうね」

 ネイピアも頷いて、

「マクガシェルによる《根源誓約》によって、当時の精霊は、召喚されたらいつでも人間界に連れてこられてしまった。そしてそこで、死ぬまで酷使されていた」

「あの召喚は、誰が標的になるかも解らない。いつ狙われるかも解らない。人間界に行ったら酷使されて死ぬ。拒否したら契約違反で死ぬ。そんな絶望的な環境だった……」

「……今の帝国も、そっくりね」

「そして今の精霊界も、例の召喚未遂事件のせいで似たような状況になっている」

「だから、貴方たちは人間界に来たのよね。召喚未遂事件の犯人を捜すため」

「ああ……」

 俺は、声が詰まりそうになるのを堪えながら言葉を発する。


「だけど今、俺たちは、その犯人を見つけたかもしれないんだよな」

 その言葉に、みんなハッと息を呑んだのが伝わってきた。

 俺は続けて、

「魔王ゼグドゥ。『次元の狭間』に封じられた、999年前の男。……こいつが、精霊召喚未遂を引き起こしていたのかもしれない」

 そこにネイピアが頷いて、

「その可能性は高いわ。前にも言ったけれど、件の召喚未遂が起こったとされるとき、人間界ではそんな強大な魔法や儀式を行ったような気配はなかった。となると、人間界ではない場所から、精霊界に向けて召喚魔法が使われていたことになる」

「つまり、『次元の狭間』から」

 そう考えるのが自然だと思う。

 そして、だからこそ。

「俺たちは、魔王ゼグドゥを倒さなくちゃいけない。封印ではダメなんだ」

 そんな決意表明に、プリメラも含めてみんな頷いていた――


 と思ったのに。

 ひとりだけ、頷いていない者がいた。


「……エレナ?」


 エレナが、立ったまま俯いて、固まっていた。

 エレナらしくない。いつもはもっと元気なのに。それこそ、大人しくしてなきゃいけないときでも「《風》は動きを止めると死んじゃうんだよ」なんて言っているくらいなのに。

 今のエレナは、止まっていた。


「エレナ」

 俺は名前を呼びながら駆け寄った。

 すると突然、エレナが膝を折るようにして、その場に倒れ込んでいった。


次話の投稿は、本日(6/12)18:30を予定しています。

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