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vs教導士団!?

2巻の12話です。

「ここに、魔王に匹敵する力を持ってる奴が居るじゃないか」


俺がそう宣言すると、ガルビデは見るからに表情を歪ませた。

「……なんだと?」

「俺なら――俺とエレナとセラムなら、魔王ゼグドゥと対等にやり合えるはずだ。少なくとも、伝承にある力が本当だとしても、俺たちは劣ってはいない。だったら、俺たちの力だけじゃなく、みんなで協力すれば魔王を倒すことだってできるはずだ」


「……な」

 ガルビデは声も身体も震わせながら、

「何を言っているのだ! そんなこと、できるわけがないと言っているだろう! 相手は、大地を抉って島を作り出すほどの強大な魔法士なのだぞ⁉」


 怖れなのか怒りなのか、よく解らない感情の昂りを見せて叫んできた。

「だから、それが本当だとしても、俺たちは劣ってないんだよ。俺たちは島くらい作れる。実際、帝都を切り取って空に浮かせたこともできたんだからな」

「……あ」

「お望みとあらば、もう一回、同じことをやって見せてもいいぞ? それとも、もっとすごい力を披露すればいいのか?」


 俺はそう言って、エレナとセラムと手を繋いだ。いつでも力を発揮する準備はできている。それこそ、この城をそのまま浮遊させて、どこかまで運ぶことだってできる。


「ぎいぃ……」

 ガルビデは、眉間に深いしわを寄せながら、唸るような声を上げていた。

 何をそんなに苦悩しているのか。

 と思ったら、ガルビデはその苦悩の正体らしきことを吐き捨ててきた。

「魔王封印計画は、決定事項である! これは皇帝の命令なのである! これに逆らおうとするお前らは、国家反逆罪における教導士団特別法規に基づき、この場で処刑する!」


 ……そういうことかよ。

 もう無茶苦茶じゃないか。

 皇帝の意思に従うってことでは一貫してるけど、そもそもの話、皇帝の意思が正しいとは限らないってのに。


 本当に、長年築かれてきた『賢帝絶対主義』は、この世界を腐らせているんだ。666年間ずっと腐らせ続けた結果が、コレか。

 そう思わずにはいられないほど、ガルビデの態度は異常に見えた。

 俺は呆れて、大きく溜息を吐いていた。


「かかれっ! ジード一味を処刑せよ!」


 ガルビデの命令に、教導士団の面々が動き出した。

 と言っても、みんな見るからに戸惑っている。特にプリメラは、顔が青ざめて半泣きになっていた。

 だが、誰も皇帝の命令には逆らえない。それが教導士団なのだ。

 仕方ない。手早く安全に、片を付けてしまおう。


「エレナ、セラム」

「うん」「ん」

 俺の両手がふたりに握り返され、そして、光の渦に包まれた。

 教導士団員が警戒して足を止め、すぐに距離を取るように飛びのいていった。

 そんな彼らを牽制するように、俺は、両手に二振りの剣を握り、構えた。


 精霊の真の姿――そして真の力――霊装だ。

《風》の霊装エレナが、反りのある刃を走らせて滑らかに風を切り裂く。

《氷》の霊装セラムが、鋭い直線を形作る刃で、周囲の空気すら凍らせる。


 これこそが、ヒトの形を作らない状態の、精霊本来の姿。つまり、精霊本来の力を、余すことなく発揮することができる姿だ。


「なるほど、それが霊装か――」

 ガルビデが感嘆するように、そしてどこか憎々しげにも見えるような表情で言ってきた。

 どうやら霊装の情報もしっかり届いているようだ。

「だが、たとえ敵がどれほど強かろうとも、我々は、正しいことを実現するのみ!」


 そんなガルビデの声に呼応するかのように、ふと、周囲から眩い光が放たれた。教導士団が各々の魔法陣を展開している。

「させるかよ!」

 俺は叫ぶと同時に霊装エレナの《風》に乗って、一瞬で距離を詰めた。そして、霊装セラムを横払いに振るった。


「ちぃっ!」

 団員が咄嗟に飛びのいて、霊装セラムの刃を避けた。だが、俺の狙いはそこじゃない。

 だけどそれに気付かないのか、団員は大きく叫んで、

「これでも喰らえ! 『聖水龍波(アクエリアン)』!」

《水》の上級魔法を放とうと、手を前に突き出してきた。


 しかし何も起こらなかった。


「……なっ⁉ ま、魔法が起動しない⁉」


 団員は狼狽しながら「アクエリアン! アクエリアーン!」と叫び続けていた。

 しかし、まったく何も起こらなかった。


「何度叫んでも、無駄だ――」

 俺は教え諭すように言った。

「今の霊装の一撃で、俺たちはその魔法陣を凍らせたんだよ」


「……はぁ?」

 団員は声を裏返らせるほど困惑していた。

「魔法陣は『魔力の注ぎ口』だ。その魔力の入口を完全に凍らせてしまえば、その魔法陣で魔法は使えなくなるってわけだ」

「そ、そんなバカな⁉ ま、魔法陣を凍らせるなんてことが……」


「俺たちなら、できるんだよ」


 俺は、敢えて不敵な笑みを浮かべて、自分たちの力を誇示するように言い放った。

 すると、ちょうど俺の死角から、強烈な熱と共に、赤い光が辺りを照らし上げていた。


「『紅蓮炎舞(イグニシオン)』!」

 上級の《火》魔法だ。赤く燃え上がる灼熱の炎がゴウゴウと、まるで開花するかのように広がっている。

 迫り来る炎、だが、その狙いは俺じゃなかった。

 紅蓮炎舞で、魔法陣を凍らせている《氷》を溶かそうとしているんだ。


 なるほど、狙いは面白い。

 だけど残念ながら――

 パシュゥ……

 情けない音を立てながら、紅蓮炎舞の炎は消え去った。

 一方の《氷》は、変化なし。微塵も溶けることなく、魔法陣を凍らせている。


「そんなっ⁉」

 団員が、悲鳴みたいな声を上げていた。

「その程度の《火》で、俺たちの《氷》が溶かせるわけないだろう」


 これが、精霊の《氷》と人間の《火》の、歴然とした差だ。

 ましてや、霊装になって作り出した《氷》は、どれだけ人間が集まったところで溶かすことはできないだろう。


「くそっ! い、『紅蓮炎舞』っ!」

 団員はすかさず、今度は俺を狙って《火》を放ってきた。ゴウゴウと音を立てるほど激しく燃え盛る炎の花が、俺に迫ってくる。


「しっ」

 俺は息を整えながら、霊装セラムを振るった。

 一瞬の静寂。何の音も聞こえない。

 誰も喋らず、そして、ゴウゴウという炎の音も、聞こえない。


「……そ、そんな」

 団員の、消え入りそうな困惑した声が、よく響いた。

 炎の花が、氷の中に閉じ込められたまま、咲いていた。

 炎は消えることなく。

 当然ながら、氷が溶けることもなく。


『紅蓮炎舞』の形そのままに、氷の中で動きを止めていた。


 ゴウゴウと燃え盛っていたときの形はそのままに、だけど、何の音も立てられなくなったように、炎の花が、固まっていた。


「精霊の《氷》は、この程度の炎なら、そのままの形を留めて凍らせることができる。まぁ、相手との実力が拮抗してたらこうはいかないけど、あんたたちくらいのレベルを相手にしたら、これくらいはできるんだよ」

「……この程度の、炎」

 団員はショックを受けてしまったようで、その場にへたり込んでしまった。


 さて、次は――

「『風の牢獄(プリズネイア)』!」

 聞き覚えのある声で呪文が唱えられた――ガルビデの魔法だ。


 途端、俺に向かって《風》が迫って来ているのが見えた――

 そう。今の俺には、《風》が目に見えているんだ。


《風》の霊装エレナと間隔を共有することで、肉眼では見えない空気の流れが見え、さらに遠くの気配を感じ取ることもできる。

「ふっ」

 俺はふたたび息を整えて、霊装エレナで薙ぎ払った。

 その瞬間、すべての《風》が相殺されてパンッと弾けて消えた。

 辺りに、相殺しきれなかったエレナの《風》が吹き荒び、教導士団の面々を吹き飛ばしそうになっていた。


「ぐぬぅ⁉ こ、これ以上逆らうことは許さんぞ!」

 ガルビデは、さすがというか、《風》に耐えながらもふたたび魔法陣を展開させようとした……


 しかし何も起こらなかった。


 一向に、魔法陣が展開されない。

「これは、どういうことだ⁉ 『風の牢獄』! 『風の牢獄』!」

 何度も叫ぶが、反応はない。ただ虚しく、ガルビデの声が響くだけだった。


「さっきの霊装エレナの一撃だよ――」

 俺は説明をする。

「あんたの『風の牢獄』を切るためだけに、霊装の一撃なんて使わない。そんなことをしたら、霊装の《風》が強すぎてこの城を破壊しちゃうに決まってるからな」

「なんだと……?」

 ガルビデが不快感をあらわにして睨みつけてきた。


「あのとき俺は、あんたの周りに存在している魔力回路を切っていたんだよ」

「魔力回路を、切った、だと⁉」

「ああ。魔力回路は、その名の通り、魔力の通り道だ。それを全部潰してしまえば、魔法が使えなくなるに決まっているじゃないか」

「……ぜ、全部、潰した? 魔力回路を? ……そ、そんなことができるわけ」

「いや、現にやってるだろ」

 俺が呆れたように言うと、ガルビデは「ぐぬ……」と唸りながら項垂れた。


 ……さて。

 これで残りは2人になった……と思って振り返ったら、その残りの1人は両手を上げて降参していた。


 そして、もう1人は……

「……やー。ジードさん、凄かったです」

 素直に感心しながら、笑顔でパチパチと拍手をしていた。


 いや戦うんじゃないのかよ?

 って言うか俺のことを称賛してていいのかよ?


 いろいろ言いたいことはあったが、何だかプリメラの笑顔にほだされてしまった感じだ。

 するとプリメラは、嬉しそうな表情をグイと近づけてきて、

「これなら、本当に、魔王を倒せてしまうかもしれないですよね。封印するよりも、倒せるのなら倒してしまった方が良いですよね」

「あ、あぁ、そうだな」

 急に近づいてこられたものだから、つい俺の方が戸惑っていた。


 でも俺も、魔王を封印するよりも倒しちゃった方が良いんじゃないかってことを証明したいから、敢えてここで圧倒的な力を見せたんだ。

 だから、改めて俺は宣言する。


「俺たちの、この力があれば、魔王を倒すことができる」

「異議ありだ!」

 俺の宣言に重なるように、ガルビデが叫んでいた。

「この魔王封印計画は、他でもない、あのお方のご意思なのだ! それを、勝手に覆すことなど許されないのだ!」

 そこには、もはや論理や理性などはまったく無いようにも見えた。


 するとそこに、

「我は構わぬ」

 と、声が掛けられた。


 皇帝ルートボルフの声――相変わらず姿は見せない。

「ルートボルフ……様」

 ガルビデは、よほど困惑していたのか、危うく皇帝を呼び捨てにしそうになっていた。


「此度の我が意は、要すれば、魔王復活という脅威に対し、帝国の安寧を図るために最善の策を取るべき、というものである。ならば、敵を倒せるというのなら、それで良いではないか」

「そ、それは、倒せるのならばそれでも良いのでしょう。ですが、あのような者に魔王を倒せるとは、到底思えないのです」


 まだ言うのか。

 いったい、どこまで俺たちの力を過小評価しているんだか。


「ならば、策を2つ持てば良い」

 ルートボルフは至って冷静に、

「第1は、魔王ゼグドゥを倒すための策。そしてもう1つ、仮に討伐が失敗に至りそうなときには、改めて封印の策を実施する、と」


「それは……なるほど。解りました」

 ガルビデは、一言一言を飲み込むように言って、

「それでは、改めて、皇帝陛下の意を伝える。帝国に迫る、魔王ゼグドゥの復活という脅威に対し、我々は、第1に、魔王討伐を図る、第2に、当該討伐の失敗が確定した際には、魔王封印計画を実施する。……以上である」


 ……良し。

 俺は心の中で呟くと、安堵の溜息をついた。


 正直、ゼグドゥとやらがどこまで強大な力を持っているのかは知らない。

 もしかしたら、例の伝承よりもさらに強くなっていて、俺たちでも勝てないかもしれない。

 だけど、何かをする前から諦めて、それで誰かを苦しめるようなことになるのは、絶対に嫌だったから。

 一縷の望みでも、賭けないわけにはいかないんだ。

 ……そう。僅かな可能性であっても、潰さなければいけないことがある。


 もしかしたら、魔王ゼグドゥは、『精霊召喚未遂事件』の犯人かもしれないんだから。


 そしてもし、そうだとしたら……

 俺は、そいつを倒さなければならない。

 封印するだけじゃダメなんだ。

 精霊界の平和のために。

 そして同時に、人間界の平和のためにも。

 絶対に、倒さなくちゃいけない。

次話の投稿は、本日(6/11)20:30を予定しています。

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