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現皇帝ルートボルフ、登場……

2巻の第10話です。


 城の中に入ると、俺たちは、上層階にある大広間へと案内された。

 道すがら、歴代皇帝が集めた壺やら彫刻やら絵画やらが、所狭しと並べられている。


 その中に、歴代皇帝の肖像画も並んでいた。

 当然ながら、マクガシェルのものもある。と言うか、奴は現代の人間界にとって魔法の始祖のような存在だ。そのため、『賢帝』として一番目立つよう、立派な額に入れられて飾られていた。

 懐かしい顔だ。

 ただ、実物よりもだいぶ美化されているみたいだけど。

 俺はさりげなく、エレナとセラムの視界を遮るような立ち位置になりながら、そこを通り過ぎた。


 王城のほぼ最上階。ワンフロアすべてを占めている大広間。

 そこで俺たちは、皇帝の登場を待っていた。


 ついに、皇帝ルートボルフと対面か。

 ネイピアの父親と、会うことになるんだ。

 そう思うと、なぜか言い知れない緊張感が湧き上がってきていた。


 俺は何となく、精霊王イルミテに初めて会ったときのことを思い出した。

 エレナやセラムにとっては親のような存在。そんなイルミテに会って、俺は精霊界での暮らしを認めてもらわないといけなかった。

 前もって、エレナとセラムからは、「イルミテ様も、ジードくんが精霊のために頑張ってくれてたことを知ってるから、緊張しなくて大丈夫だよ」とか、「イルミテ様もジードのことが大好き。だから心配ない」と声を掛けられていた。

 そのお陰で、少し安心しながら臨むことができたんだけど。

 そして実際に会ってみたら、想像以上の好々爺で、俺に対しても「困ったことがあったら、気兼ねなく儂にも相談しておくれ」なんて言って微笑みかけてくれたんだ。そのお陰で、一気に緊張感もほぐれてくれた。

 ……ただ、とんでもないほどお人好しだったものだから、そこをマクガシェルなんかに付け込まれてしまったわけだけど。


 666年を過ごすうちに、俺にとってもイルミテは親のような存在になっていた。少なくとも自分は、そういう気持ちで接していた。

 だからこそ。

 俺がこの人間界に来て《根源誓約》を破棄するのは、親孝行をする気持ちもあるんだ。

 いつまでも、イルミテが好々爺でいてくれるように。

 人間界の厄介事は、俺が――俺たちが処理をして、終わらせるんだ。


 そう決意を新たにして、俺は皇帝の登場を待った。

 まぁ、精霊代表との初対面は上手くいったけど、人間代表との初対面は、そうそう上手くいかないんだろうな。

 そんな予感は、ひしひしと感じていた。


 そこに、ガルビデ団長が現れて辺りを見渡してきた。

 ここには、俺とエレナとセラム、そしてネイピアとプリメラが並んでいて、さらに少し離れたところに、残りの教導士団の面々が集まっていた。

 広間の中に、ガルビデを入れてたった9名。そこに皇帝を含めても10名。

 いわば、これが『関係者』ってことなんだろう。


 するとガルビデは、プリメラに向かって、

「プリメラ、お前はこちら側だ」

 呆れたように咎めた。

「あー。そう言われるとそうですね」

 プリメラは、相変わらずのんびりした口調で、苦笑しながら教導士団の集まっている方へと駆けていった。


 それを確認してから、

「皇帝陛下。準備が整いましてございます」

 ガルビデがそう宣言した。

 ついに皇帝ルートボルフの登場か。

 と思っていたら、

「うむ。我が意をしかと伝えよ、ガルビデ」

 という声だけが、辺りに響いた。

「はっ。仰せのままに」

 ガルビデが声を張り上げて、姿勢正しくお辞儀をしていた。


 どことなくシュールだった。まるで一人芝居――腹話術でも見せられているような気分になった。

 すると、ふいにネイピアから、秘密の《風》が耳元に届けられた。

「実の娘が来ても顔を見せないなんて、相変わらず恥ずかしがり屋なんだから」

「え? そうなのか?」

「皮肉に決まってるでしょ」

「だ、だよな」

「あの男は、自分が『谷間の世代』の代表でしかなくて、今の現役世代に比べれば弱いという自覚があるのよ。だから、絶対に人前には顔を出さない。そのお陰で、一部では、既に皇帝は死んでいて、誰かさんの用意した影武者がいるだけ、なんて言われたりもしているほどなんだから」

「なるほど……」


 その『誰かさん』の候補には、間違いなくネイピアも含まれているんだろう。そりゃ皮肉も言いたくなる。

 そして、その候補者になっていそうな者が、ここにもう一人居るわけだ。

「ではこれより、皇帝陛下のご意思を伝える」

 ガルビデはそう言うと、『皇帝の意』を伝えてきた。


「今、我らがダインマギア帝国は、未曽有の危機に直面していると言わざるを得ない」

 ガルビデは、第一声からそう断言した。

 ふと、背筋に悪寒が走っていた。

 奇しくも、プリメラが言っていた『世界を救う』という言葉が頭に浮かんでくる。

 やっぱり、『世界を救う』ために必要な大前提が、存在しているってことなのか?


 ガルビデは説明を続けた。

「だが他方で、今回の『危機』については、すべての帝国民が現時点で気付いていない。そしてそれと同時に、今後も知られてはならないことでもあるのだ」

「どういうことだ?」

 俺は思わず聞いていた。

 だがガルビデは、「皇帝陛下のご意思を伝えているのだ。黙って聞け」とだけ言い捨てて、話を続けた。


「今、この世界で、『魔王』と呼ばれていた存在が復活しようとしている」

 ……魔王、ね。

 それなら俺も呼ばれていた。

 ただ、他にも『魔王』と呼ばれていた存在がいたことを、俺たちは知っている。


『666年前』ではなく――

『999年前』の魔王。


 奇しくも二つの伝承が重なって、そして混ざり合ってしまっているために、誤植・誤記と思われて曖昧になってしまっていた存在。

 何より――

 999年前を生きていた俺は、そこから333年前にいたはずの『999年前の魔王』について、知らない。

 そんな奴が居たことなんて、俺は知らないんだ。

 俺の方が、999年前に近い時代を生きていたはずなのに。


 もしかしたら、俺が封印されていた666年の間に史料が発見されたのかもしれない。あるいは、俺自身、何か見落としがあったのかもしれない……ちょっと考えにくいけど。

「最近、聖山シュテイムの地下にある『封印の祠』にて異変が起こっていることは、ここにいる皆が知っていることだろう――」

 ガルビデは、俺に当てこするみたいに睨みつけてきながら、

「今から1ヶ月前、帝都グランマギアの北側に位置していた聖山シュテイムの地下にて、『封印の祠』の封印が解かれた。それにより、666年前に封印された『魔王』――ジード・ハスティが、人間界への復活を果たした」


 ガルビデの視線がいっそう鋭くなる。

 それに反応するようにして、関係者全員の視線が俺に集まっていた。

「そもそも『封印の祠』とは、『魔王を封印した地』として知られているが、正確には、人間界と精霊界とを繋いでいた《扉》を塞ぎ、封印した場所である。ジードは666年前、史上最強の魔法士であった賢帝マクガシェル様に叛逆し、この《扉》から精霊界へと追放され、封印されていた。だが、奇しくも今年、666年の経過によりマクガシェル様の封印が解けてしまったことから、この男は人間界へ復帰することができてしまったのだ」


 ガルビデは、あくまで俺を悪者にして話している。けれど、その内容自体は間違っていなかった。

「『封印の祠』が破られてしまったことについては、現場からの報告が遅れたため、あいにく、即時の対応はできなかった」

 それは、ネイピアがウーリルとルーエルに働きかけて、『異常なし』と報告させていたことを言っているんだろう。

 ……もし、双子たちが何か不利益を受けちゃってたら、あとでフォローしとこう。

「だが、近日になって改めてあの場所を調査したところ、我々は、ジードたち以外の強大な魔力反応があったことも察知したのである」


「俺たち以外?」

 思わず聞き返していた。


 と同時に、『次元の狭間』で感じていた気配のことを思い出す――加えて、先日ガルビデが『次元の狭間』のことについて前のめりに聞いてきたことも。

『次元の狭間』で感じた、得体の知れない強烈な気配。アレが、こちらの世界にまで漏れ出てきていたのか。

 ガルビデは、俺だけでなくここにいる面々を見渡すようにしながら、

「それこそが、今、帝国に迫っている危機の正体――999年前の魔王:ゼグドゥなのである」

 その脅威となるモノの名前を告げた。

次話の投稿は、本日(6/11)19:30を予定しています。

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