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プリメラの目指すものは

2巻の第9話です。


 賢者学園の隣、帝都の街の中央にある高台の上に、皇帝の城は聳えている。

 街のすべてを見下ろすことができる場所にある、帝都の街で最も高い建造物だ。

 そして、聖山シュテイムが崩壊した今、この城はグランマギア地区全体を見下ろすことができると言っても、過言ではなくなっていた。


 俺たちは城門に立って、これから向かう城を見上げていた。最も高い中央塔は、20階相当の高さがある。

 城の主は、皇帝ルートボルフ・マギアグラード。

 ネイピアの父親だ。


「そういや、俺は皇帝に会ったことがなかったんだよなぁ」

 俺たちが人間界に来て、もう一ヶ月が経とうとしていた。

 だけど、そもそも俺たちの用事は皇帝に話してもどうにかなるようなものじゃなかったし、逆に皇帝の方から俺たちに接してくることもなかった。

 結果として、この国のトップ――と言うか人間界のトップであるはずの皇帝にも会わないでいたという。


 考えてみればおかしな話だった。

 異様なまでに、皇帝の存在感がない。

 まぁ、それ以上にネイピアが強烈だったし、現状は、現役最強と謳われるネイピアに話を通していた方が、皇帝に話を通すよりも都合が良かったわけなんだけど。


「挨拶とか、しといた方が良かったかな?」

 今更ながら、礼儀がなってないとか言われて不利益な扱いをされたりしないだろうか、何となく不安になってネイピアに聞いてみた。

「何の挨拶よ? 引っ越しの挨拶? それともいきなり宣戦布告でもするつもりだったのかしら?」

「は? いや、何でそんな物騒な話になるんだよ? って言うかそれは……」

 ネイピアの目的だろ。

 と言おうとしてしまって、ここにプリメラも居ることに気付いて、口を噤んだ。


「はぁ、貴方ねぇ……」

 ネイピアは、聞こえよがしに嘆息して、

「そもそも、貴方たちがここに居る目的は、貴方が人間代表にならないと達成できないものなのでしょう? そして人間代表になるためには、聖霊大祭で優勝して、そして皇帝決定戦も勝ち抜かなければならない。その皇帝決定戦には、前期の皇帝も参加するのよ。つまり、『人間代表になりたい』ということは、現皇帝も倒すということを意味しているわけなのよ」

「あー。それで宣戦布告か」

「そういうこと。実際に、貴方は私にも宣戦布告をしてきたじゃない」

「あ、まぁ、確かに」

 思わず苦笑する。

「それを私は、慈悲深いから許してあげているだけなのよ」

「なるほどな…………ん? 慈悲深い?」

「何か疑問でも?」

「い、いや何も」

 ネイピアが満面の笑みを見せてきたので、深くは考えないことにした。


 するとプリメラが、どこか楽しそうに声を掛けてきた。

「おー。2人は聖霊大祭のライバルになるんですね。ということは、いつかどっちかが私の上司になってくれるかもしれないわけですか」

「上司って……」

 思わず苦笑して、そしてふと思った。


「プリメラは、皇帝になるつもりはないのか?」

「ないですよー」

 プリメラは即答して、城を見上げるように――しかし城以外の何かを見つめるような遠い目をしながら、

「私は、子供の頃から、誰かと比べられることが凄く苦手だったんです。魔法の力で勝ったとか負けたとか、そういうことがすごく嫌だったんですよ」

「なるほど。だから軍や皇帝ではなく、教育機関のトップでもある教導士団に?」

「そうですね。ここなら、私にしかできないことができると思ってますので」

「それって、具体的に何かあるのか? そういや、聖霊大祭の審判をやりたいんだっけ」

 前にネイピアが、そんなことを言っていたはずだ。


「あー、はい。聖霊大祭の審判もやりたいんですけど、実は、もっとやりたいことが――自分にしかできないことがあるんですよ」

 どこか楽しそうに、嬉しそうに話すプリメラ。

「それは何か、聞いていいか?」

 するとプリメラは、真剣な目をしながら頷いて、


「世界平和です」


 そう力強く宣言した。

「……はぁ?」

 思わず声が裏返っていた。

 冗談なのか?

 だけどプリメラは、真剣な目を少しも緩めない。


「先日は、ネイピアちゃんやジードさんたちがこの帝都を救ってくれましたよね。それと同じように、私には、世界を救うことができる」

「……えぇと」

 どう反応したらいいのやら?


 俺は思わずネイピアを見やった。

 ネイピアも困惑したような顔をして、小首を傾げていた。


 そんな俺たちの反応を見て、プリメラは微笑みながら、

「今は、信じてもらわなくてもいいですよ。でも、きっと私は本当に世界を救いますから、大丈夫です。……だから、どうかそのときは、私の邪魔はしないでくださいね。これは、私の望んだことなんですから」

 とても嬉しそうに、そう言い切ってきた。

 彼女の笑顔から、目が離せない。


 俺は、言葉が出てこなかった。

 プリメラの言葉に、強く引っ掛かるところがあった。

『世界を救う』と宣言するプリメラ。

 それは単純に考えると、とても良いことのように聞こえる。

 まさに正義そのもの。


 だけど、『世界を救う』ためには、どうしても必要なものがある。

 それは、『力』だとか『地位』だとかいう話じゃない。

 もっと、絶対に、必要なものがあるんだ。

 それは……


『世界が危機に瀕している』という、大前提がなければならないんだ。


 たとえば――

 エレナやセラムと出会ったとき、彼女たちは俺のことを「護りたい」と言ってくれた。あのとき俺は、精霊界の『人間を爆発させるほどの魔力』だとか『人体をボロ切れのように切り裂く風』だとかいう激烈な脅威に晒されていた。

 そんな脅威から、彼女たちは俺を「護りたい」と言ってくれて、そして本当に護ってくれたんだ。


 それに――

 俺たちが帝都を『すくった』とき、オリハルコンゴーレムが襲撃してきて、さらに聖山シュテイムの崩壊という未曽有の大危機があった。

 だからこそ、俺たちは帝都を『救った』んだ。


『脅威』が無ければ、『護る』必要も無い。

『危機』が無ければ、『救う』必要も無い。

 論理必然的に、『世界を救ってみせる』なんていう言葉は出てこないはずなんだ。


 一応、現在もモンスターの脅威は存在している。だけど、モンスター退治を指して『世界を救う』と言うのは、少し誇張が過ぎる。

 この言葉は、もっと大規模な、それこそ世界的な危機があってこそ使える言葉だろう。


 ……じゃあ。

 プリメラは、いったいこの世界のどんな『脅威』から、どうやって救ってくれるっていうんだ?


 この世界で、何が起ころうとしているんだ?

 ……それとも、もう何かが起こっているのか?


 俺はプリメラに聞いてみた。だけど、

「そこはまだ、機密情報なのですよー」

 と口を閉ざされてしまった。


 そんな彼女は嬉しそうで。

 何より、とても誇らしげだった。

 だけど、そんな顔を見せられた俺たちは、怪訝な顔を隠せなかった。


『まだ』と、彼女は言った。『秘密』だと言ってきた。

 それは逆に言えば、既に教導士団は、何らかの情報を得ているということだ。

 この世界に訪れようとしている重大な危機について。

 いったい、教導士団は何を知っている?

 そもそも、教導士団は何をしに来た?


 ふと、先日のことを思い出す。

 ガルビデ団長が俺に執拗に聞いていた、あの『次元の狭間』について。

 ……もしかして、精霊召喚未遂事件と関係しているのか?

 ……あるいは、『999年前の魔王』が?


 いずれにせよ、現実的な危機が迫って来ていることは、間違いないと考えて良さそうだ。

 ここでの呼び出しも、それが関連しているんだろう。

 俺たちは、ひとつ息を整えてから、改めて城の中へと進んでいった。

次話の投稿は、本日(6/11)19:00を予定しています。

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