666年ぶりの人間界へ、舞い戻る
第6話です。
※※※
両手に、エレナとセラムの温もりを感じながら。
俺は、かつて《扉》があった場所を見つめていた。
まるで、666年前のように。
「また、ここに来たんだな」
俺は誰にともなく呟いた。
666年前と、まったく変わらない姿で。
「昔とは、事情がだいぶ違ってるけどね」
右手を握るエレナが言った。
666年前とまったく変わらない姿で。
666年前とまったく変わらない笑顔を見せながら。
「でも目的は変わらない」
左手を握るセラムが言った。
666年前とまったく変わらない姿で。
666年前とまったく変わらない意志の強さを見せながら。
「あぁ。精霊界の幸せのために、協力していこう!」
俺は、精霊界の人間として、そう宣言した。
666年ぶりに、俺たちは、次元の《扉》があった場所に来ている。
精霊界の側の、《扉》があった場所だ。
精霊にとっては、誰もが思い出したくない、禁忌の地。
あのときは、これから永遠に《扉》が開かれることはないと、そう思っていた。
もう二度と、召喚なんていうおぞましいことが行われることはないと……
そう思っていたのに。
ほんの2ヶ月前のことだった。
精霊界にある小さな村の一角で、『精霊召喚未遂事件』が起こったのだ。
これまで666年間は、何も起こらなかった。
だからもう安全だと思い込んでいた。
だが、違った。
まだ、召喚の儀式をやろうとした奴がいたんだ。
しかも、成功しそうになるほどの高レベルで。
閉じられたはずの《扉》を、こじ開けるようにして。
それはつまり、マクガシェルなんて足元にも及ばないくらいの魔法が使われている、ということを意味していた。
ただ不幸中の幸いで、早めに異変を察知することが出来たから、精霊が召喚される前に《扉》を閉ざすことに成功し、召喚は未遂に終わった。
だけど、それは事件の根本的な解決にはなっていないんだ。
《扉》を閉ざしたところで、またこじ開けられる危険が残っている。
この精霊界に、再び、いつ召喚されるか解らない恐怖が巻き起こってしまったんだ。
だから、今度こそ。
完全に、精霊界と人間界との関係を断たなければいけない。
みんな、何が諸悪の根源なのかは解っている。
《根源誓約》だ。
根源誓約が残っているせいで――あの不平等契約のせいで、精霊たちは、これからも召喚の危険に晒され続けてしまう。
だから、今度こそ、根源誓約を破棄しなければならないんだ。
そのためにはどうするべきか。
そもそも根源誓約は、人間の代表である皇帝マクガシェルと、精霊の代表である精霊王イルミテとが締結したものだ。
それを破棄するには、人間界の代表と、精霊界の代表とが、破棄に同意をしなければならない。一方的な破棄は認められていなかった。
だけど、ここには精霊の代表である精霊王は居ても、人間の代表なんて居ない。
これについては、俺が『人間の代表』を名乗って、精霊王イルミテと話し合って「根源誓約を破棄します」と宣言してみたことがあった……
もちろん無意味だった。
『人間の代表』と呼べるためには、正式に、魔力的な正当性を持っていないと意味が無いみたいなのだ。
それこそ、人間界のルールに基づいて世界を支配し、世界最高の魔法士として君臨していた皇帝マクガシェルのように。
そうなると、方法は一つ。
俺が人間界に行く。
そして人間界で、人間界のルールに従いながら、『人間の代表』として認められる。
その上で、俺が精霊王と交渉して、根源誓約を破棄するんだ。
それは、俺にしかできない役目だ。
……と。
最初は、俺一人で人間界に行くようなかたちで話が進んでいたんだけど、実は、そうもいかない理由があった。
……俺、精霊と結婚しちゃってるんだよね。
しかも、ふたりの精霊と。
それが誰と誰なのかというのは、言わずもがな。
……せっかく精霊界で、幸せな家庭を築いていたのに。
なんていう想いがあるのは、正直、否定できない。
だけど、あのふたりが、そんな想いを一気に払拭してくれた。
「じゃあ、人間界でも幸せな家庭を築けばいいんだね!」
そんなことを満面の笑みで言ってくるし、
「重要なのはどこに居るかじゃない、誰と居るか」
そんなことを大真面目に伝えてきてくれる。
だから俺たちは、今、ここに立っている。
666年前に打ち込まれてしまった、世界を歪める楔を砕くために。
今度こそ、根源誓約を破棄するために。
エレナと、セラムと一緒に。
今、俺が羽織っている服は、666年前に法廷で着せられていた服を仕立て直した物だ。そこには、マクガシェルによって刻まれた魔法陣の痕が残っている。
あのとき、エレナの精霊魔法によって崩壊させた魔法陣。それは俺たちにとって、過去の楔と、それを断ち切ったことの象徴として、今も胸に残してあった。
今度こそ、すべての楔を打ち砕くんだ。
「じゃあ、行くぞ」
漆黒の円が描かれるように、《扉》が開けられる。
人間界と精霊界とを繋ぐ道――
666年前に閉ざされた《扉》を、今、こじ開けた。
そして俺は、一歩を踏み出していく。
《扉》の先へ――
六六六年ぶりの、人間界へと。
次話の投稿は、明日1月26日の、18時30分を予定しています。
話の舞台は、再び人間界へ
過酷な精霊界を生き抜いてきたジードが、覚醒した力で無双していきます!