彼女たちの視線
2巻の第2話です
第一章
1
賢者学園の屋外闘技場に、チャイムが鳴り響いた。
教官が授業の開始を宣言する。
「それでは、魔法演習の授業を始め……」
「ジードさん! 今日は何を教えてくれるんですか?」
「はいはーい! 私も帝都を持ち上げるくらいすっごい魔法が使いたいでーす!」
「あの、私バカだから、よく解らないところがあって……。なので、後で個人レッスンをしてほしいんです!」
教官が言い終わらないうちに、俺は一瞬にして生徒たちに詰め寄られて囲まれていた。
グイグイ来ているのは、女子生徒ばかり。
彼女たちには前から魔法を教えていたけど、ここ最近は、さらに積極的に迫られている。
「いや、えぇと……」
思わず気圧されてしまって、あと照れてしまって、うまく言葉が出てこない。
……って言うか、最後の子の発言は危険すぎる!
そんなことを言われたら、俺は大変なことになってしま……
「痛ぁっ⁉」
案の定、俺の背中に痛みが走った。
《風》の刃がカリカリ引っ掻いてきて、《氷》の棘がチクチク刺さってくる。
振り返るまでもない――つか正直に言えば――振り返るのが怖い。
それでも、意を決して振り返った。
「……あはは、ジードくんってば、若い女の子に囲まれて嬉しそうだねぇ」
エレナが笑顔で言ってきた。
彼女はいつも笑顔でいてくれる。
今はそれが、怖すぎる。
彼女の瞳は魔眼を発動させていて、《風》の刃を生み出しながら俺をカリカリ引っ掻いてきていた。
こんな大勢に囲まれている中でも周囲の女子生徒たちには影響を加えず、俺だけを的確に狙ってくる、エレナの《風》。
さすがと言うべきか、他に力の使いどころがあるだろと言うべきか……。
「や、まぁ、誰かに頼られるのは嬉しいからな……はは」
思わず震える声で弁明した。
「個人レッスンが望みなら、オススメの場所がある――」
今度はセラムが、淡々と言ってきた。
いつも以上に感情を感じられない口調と表情。
もはや嫌な予感しかしない。
「――『氷蝶の夢』と呼ばれている個室。そこなら誰にも邪魔されず、個人レッスンできる……永遠に」
予感的中だ。
「いやそれ、精霊界でも屈指の《氷》トラップじゃないか⁉」
そのエリアに一歩でも踏み込んだら、四方八方から《氷》の魔眼に睨まれて氷漬けにされて身動きが取れなくなり、だけど意識だけはハッキリとしていて、逃れられない痛みや苦しみを味わわされ続けるという……。
そのくせ、肉体的なダメージはなく、むしろ《氷》から適度な魔力と栄養を与えることができるから、文字通りに生かさず殺さず、永遠に苦痛を与え続けることができる。
「私の『氷蝶の夢』は完璧。だから誰にも邪魔されない」
「確かに邪魔はされないな! つか、そもそもレッスンができないんだけどな!」
「大丈夫。私の『氷蝶の夢』に耐えれば、それは凄いレッスンになる」
「耐えることができれば、な」
思わず苦笑する。
《氷》の精霊セラムが繰り出す最上級のトラップ魔法、それは、世界のあらゆるモノを凍らせる。
炎だって、その形のまま凍らせることができる。
他人が放った魔法ですら、凍らせることができるんだ。
さすがの俺も、セラムの『氷蝶の夢』に耐えられるようになったのは、精霊界での生活が150年を過ぎたころだった。
俺は、みんなを守れるくらい強くなりたかったから、進んでそんな修行もやっていた。
あの過酷な精霊界を生き抜いた俺でさえ、克服するまでそれほど掛かった魔法。それを、普通の人間が耐えられるわけない。
そんな話をしていると、横から呆れたような声を掛けられた。
「貴方たち。ついに授業中にまで、不純異性交遊をするようになったのね……」
「い、異議ありっ――」
俺は振り返りながら声を上げる。
ネイピアが眉間に皺を寄せながら、まさに不純なモノを見つめるような目つきで俺を見ていた。
「ちょっと待ってくれ、ネイピア。これのどこが不純異性交遊だって言うんだ?」
「多くの女子生徒に囲まれて、デレデレと鼻の下を伸ばしていたところよ」
「う。い、いや、鼻の下なんて伸ばしてないし! ……痛っ⁉」
ネイピアがそんなことを言うものだから、また俺の背中がカリカリチクチク痛くなった。
その様子を横目に見るように、ネイピアは「ふん」と顔を背けていた。
どういうわけか知らないけれど、ネイピアは機嫌が悪いようだった。
「あはは。みなさん相変わらず仲が良いですね」
周りの女子生徒たちが、面白そうに笑っていた。
こんなやりとりを見て『仲が良い』なんて言えるってことは、みんな俺たちの関係を理解してくれているってことでもある。
いわば『嫉妬芸』?
正直、俺もエレナとセラムに嫉妬されると、愛されてるなぁと感じることもある。
ふたりとも、怒った顔も可愛いんだ。
……それはそれで、我ながらヤバい感情かもしれない。
「ところで、ジード――」
ネイピアが改めて呼んできた。
切れ長の瞳がさらに細められ、俺を突き刺すように捉えてくる。
「早く今日の授業を始めてくれないかしら? 私は忙しい中、わざわざ時間を作ってこんな場所にまで顔を出しているのよ」
「お、おお。解ったよ」
思わず苦笑が漏れた。
どうやらネイピアは、俺たちが喋っていることで俺の授業が進んでいないのが不満だったらしい。
「それじゃあ始めるか。今日は、効率的な魔法陣の作り方を実践しよう」
こうして、今日もいつものように、俺は魔法演習の授業を始めた。
「そもそも魔法陣は、自分の魔力を周囲の物質に干渉させるための『魔力の注ぎ口』だと言える。この注ぎ口は、小さすぎると魔力を多く注げない。逆に大きければ、魔力を多く注ぐことはできるわけだけど、大きすぎても意味がない。魔法陣を作ること自体にも魔力は消費されるわけだから、無駄に大きな魔法陣は、魔力の無駄遣いになってしまう。魔法陣の大きさは、いわば、自分で自分の力量を知るってことでもあるんだ」
みんな真剣に、俺の話を聞いてくれている。
666年前には『落ちこぼれ』の『でたらめ理論』なんて言われていた。
かつては、魔法陣が大きければ大きいほどいいなんて言われていたこともあった。
けど、そっちこそでたらめな理論だったんだ。
俺の話が正しいことは精霊界でも続けていた666年間の研究で解っている。それを今、自信をもってみんなに話せている。
正しい魔法を知っていれば、それはきっと、正しい人間と精霊の関係を作るためにも役立つはずだから。
俺はそう信じて、魔法理論を教えていく。
次話の投稿は、本日(6/10)19:00を予定しています。




