エピローグ 懲役666年の魔王、そして……
第54話、一巻の最終話です。
エピローグ
一夜明けて。
帝都グランマギアの被害が明らかになってきた。
地下設備の被害は甚大で、山の土砂によってほぼ完全に埋まり、破壊されてしまった。
帝国図書館の地下書庫も、その大半を土砂の下へと隠されてしまっている。
その一方で、人家の被害は数えるほどで、全壊は無し。
さらに、死者は0だった――公式記録によれば。
あのナックも、まだ魔力的なリハビリが必要ではあるが、順調に回復している。
あの大災害の中で、誰一人として死ななかった……
だけど、俺たちは知っている。
ここで出てしまった、ただ一人の犠牲者――コルニス・キルスという男のことを。
帝国史に名を刻んでいるバラゴス・キルスの子孫にして、この現代にオリハルコンゴーレムを生み出した、《土》のエリート魔法士。
彼は失踪中とされていて、いずれ、魔法実験中の事故死として公表されるらしい。
彼の人生は、歴史の闇に葬られることとなったのだ。
だが、それでも。
いつの時代も、歴史の闇を照らそうとする者は居る。
俺は、コルニス・キルスのことを忘れない。
そのためにも、ここに、俺の知る歴史の全てを書き記すことにした。
これまでのことを、包み隠さず。
そしてこれからのことを、見逃さないように。
俺の歴史を、進めていくんだ。
みんなと一緒に。
帝国図書館の復興作業は、そのための大事な作業だ。
今日も、俺はエレナとセラムと、ネイピアも一緒に、蔵書の整理と清掃を続けていた。
「……あぁ。また『魔王』関連の本か」
土の中から掘り出した本を見て、俺は呆れながら、同じカテゴリの本を纏めるために別室へ向かう。
『中世史』のカテゴリの本を集めた部屋、その中に入ると、先客がいた。
「あぁ、ネイピアか」
名前を呼んでも返事は無い。
というか、ネイピアの格好を見て呆れて、思わず溜息が漏れた。
椅子に腰かけて、悠長に読書を嗜んでいたんだから。
「……あのなぁ、みんなが掃除をしてるときに、お前だけ本を読んでるのはどうなんだ?」
本好きとしては、気持ちは解らなくもないけれど。
それでもネイピアは、黙々と本を読んでいた。
まるでこちらの声が聞こえないくらい真剣に――
そして、何かに驚いたように目を見開いた。
そんな反応をされたら、こっちも気になってくる。
「何を読んでるんだ?」
「…………これ」
小さくかすれた声。まるで声の出し方を忘れてしまったかのように、酷い声だった。
それは、『中世史』のカテゴリの大半を占めている、『魔王』について書かれた史料。
俺も前に読んだことがあるものだった。
『残虐な魔王』――
『当時の最強の魔法士が、政争に敗れて次元の狭間に封印されてしまった』――
そんな、明らかに間違っているとしか思えない歴史解釈が書かれた書物だ。
『魔王』呼ばわりされるのは、まぁ歴史にありがちなことだろう。
だけど、落ちこぼれだった俺を『最強』なんていうのは明らかにおかしいし、そもそもアレは政争なんかじゃない。
それで『残虐な魔王』なんて言われても、ちょっと意味が解らない。
「ここまでくると、まるで別人だな」
俺は苦笑交じりに本を返す。
「そう。別人なのよ」
「……え?」
ネイピアの言った意味が、理解できなかった。思わず動きが固まった。
「この書物に記されている『魔王』は、貴方のことじゃないのよ」
「え? な、なんだって?」
混乱しそうになる頭を、何とかして落ち着けようとする。
俺とは別の『魔王』が、居た?
しかも、それはちゃんと史料に残されていた?
ただ単に、俺たちの先入観で、『魔王』=『ジード・ハスティ』だと思い込んでしまっていただけで?
「……つまり、帝国の歴史上、封印された『魔王』は、一人じゃないってことなのか?」
「えぇ。だけど、もともと『もうひとりの魔王』については情報が少なかったようなの。だから、『魔王』についての情報のほとんどが、『懲役666年の魔王』に吸収されてしまった。一方で、この『もうひとりの魔王』というのは……」
そう言いながら、ネイピアは書物の該当部分を見せてきた。
「懲役999年に処されているのよ。今から999年前にね」
「……999年⁉」
「そう。『6』と『9』、マギア語の数字がそっくりだから、まるで見間違いや書き間違いだと思われていたんでしょうね。私も、史料がこんなに混在するような事態にならなければ、気にもしなかった。それが、こうして史料を正確に分類しなければいけなくなって、改めて読み返していたら、気付いたってわけ」
ネイピアは、皮肉交じりに、だけどその瞳に好奇心を讃えながら、言ってきた。
「貴方も、興味あるでしょう? 999年前、『懲役999年』の実刑判決により、次元の狭間に飛ばされてしまった最強の魔法士について」
ネイピアの声が、図書館の一室に響いた。
そのとき俺は、得体の知れない不気味さを感じていた。
これと似た感覚を、いつだったか、感じたことがあった……。
……あぁ、そうだ。
666年ぶりに、俺が人間界に帰ってきたとき。
あの次元の狭間で、感じていたんだ。
この『懲役999年の魔王』が飛ばされたという、あの空間で。
一巻の先行連載は、これで最終話となります。
読んでいただき、ありがとうございました。
HJノベルス様にて、2/19刊行の書籍版も、よろしくお願いします。




