激突する、666年間の想い
第53話です。
聖山シュテイムが、崩壊している。
オリハルコンゴーレムの《土》の魔力が、ミスリル鉱山をぶち壊したんだ。
帝都の北側にそそりたつ《土》の塊が、帝都の街に襲い掛かっていく。
「くそぁ!」
俺は霊装エレナの高速移動でオリハルコンゴーレムの懐に飛び込む、と同時に、霊装セラムの一撃がオリハルコンゴーレムを凍り付かせた。
「く、は、は、はっ……! いまさら、俺を倒し…ても、崩落は、とま、らん……」
そこに霊装エレナの連撃を加えて、オリハルコンゴーレムは、粉微塵に崩れ去った。
そしてすぐにもう一つの、最大の敵に向き合う。
聖山シュテイムが、巨大なミスリルの津波となって、帝都に向かっている。
こんなもの、ネイピアの結界では防ぎようがない。
この速度、みんなを避難させようとしても間に合わない。
崩壊を《風》で押さえられるか? 《氷》で凍らせることは? ……いや無理だ。
崩壊する山の中にあるのは、ミスリルだけじゃない。オリハルコンが混じっている。
これじゃあ魔法を放ったところで、オリハルコンによって無効化される。少なくとも威力がかなり削がれることは確実だ。
そうなると、いくら精霊魔法でも、霊装の力でも、この山の崩落を押さえきるほど広範で強力な魔法は使えない。
どうする?
どうやったら街を救える⁉
帝都の街を救わなくちゃいけないんだ! どうすればいい!
街をすくう方法が……
……あぁ、なんだ、あるじゃないか!
ふと思いついた案があった。
「山の崩落が止められないなら、止めずに街をすくえばいいんだ!」
俺になら……俺たちになら、できる!
俺はすぐにエレナにそのイメージを伝えて、セラムにその理論を伝える。
ふたりならそれで理解してくれる。
「エレナ! セラム! 行こう!」
言うが早いか、俺たちは《風》を纏って帝都へ向かって飛んだ。
全速力の飛行。一気に山崩れの波も追い越していく。
そして、帝都の防壁の前まで来ると、一つ、霊装エレナを両手で持ち替えた。
「やるぞエレナ!」
叫びながら、己の魔力を鼓舞させる。
「帝都グランマギアを、《風》で浮かせるんだっ!」
これこそが、『街をすくう方法』だ!
崩落が止められないなら、街の方を掬い上げてしまえばいい!
ミスリルの外壁に囲まれている、帝都グランマギア。それを丸ごと持ち上げることで、その下を山崩れが流れ通るようにしてしまうんだ!
「ふっふん! やってみせるよ!」
霊装エレナの纏う《風》が、一気に威力を増す。
ここに俺の魔力が加われば、できる!
鋭く、素早く、長く、深く……
俺は、霊装エレナを薙ぎ払った。
大地を抉る《風》の刃。
花も草木も、土も石も、鉄だろうがミスリルだろうが、霊装の一撃の前には何の抵抗も生じない。
帝都の地下を抉り取るように、深々と、広々と、穴が穿たれた。
霊装の一撃で、帝都の街を、大地から切り離したんだ。
さぁ!
《風》の通り道が開いたぞ!
「上がれぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
霊装エレナに、ありったけの魔力を注ぎ込んでいく。
強烈な《風》が巻き起こり、帝都の地下に流れ込む。
周囲の草木を根こそぎ吹き飛ばし、野生のモンスターたちを粉砕しながら、帝都の街が揺れている。
そのまま、じわり、じわりと、上昇していく。
もう少し……もっと! もっとだ! もっと上げないといけないんだ!
もっと速く! もっと高く!
なのに……
……魔力が、足りない⁉
《風》が、これ以上強くならない。
もっと上げなくちゃいけないんだ!
山崩れから、街を避難させるんだ!
なのに……
俺たちの力じゃ、足りない……
「力を貸すわよ」
《風》が声を乗せてきた。
ネイピアの声だ。
そして、そこに一本の長い《糸》が運ばれてきた……
いや、違った。
一本なんかじゃない。
数百……数千……数万の《糸》が、俺に向かって伸びてきていた。
「《風》が教えてくれたわ。貴方の作戦を。そしてそれと一緒に、こんな魔法の使い方も教えてくれた。糸で紡いだ相手に魔力を与える魔法――『風絆結束』」
それは、俺たちが出会ったときに喰らった束縛魔法――『自縄風縛』と同じ名前。
だけど、意味は全く違っている。
込められた想いが、違うんだ。
「帝都に暮らす20万の人が、あなたに力を送る。だから、ジード・ハスティ。……お願いだから、この街を救って! 私たちの故郷を助けて!」
ネイピアが、その想いを叫ぶ。
帝都の代表として、みんなの想いを俺に伝えてくる。
「あぁ、約束する!」
俺は、その想いも全部受け止めて、立ち上がる。
次々と、《糸》を伝って魔力が送られてきている。
帝都中に広がる《糸》から、俺の身体に、魔力が流れ込んでくる。
その力を、一滴も無駄にはしない!
これが、みんなで放つ『魔法』だ!
「飛べっ! 帝都グランマギアアァァァァァァッッ!」
渾身の魔力を込めて、霊装エレナが《風》を巻き起こす。
力強く大地を削り、持ち上げていく。
持ち上げて、持ち上げて……
そして、優しく支えて、包み込む。
今、帝都グランマギアは、30m以上の上空に浮上していた。
そして、その下を、山崩れの土砂が掠めていく。
ミスリルの岩石とオリハルコンの欠片が、大地を抉り、砕いていく。
だが、帝都には指一本、触れさせていない。
帝都は、助かったんだ。
みんなの力で、護ったんだ!
「ジードハスティィィィィィィィ!」
オリハルコン・バラゴスが、背後から襲い掛かってきた。
ヤツは死んでいなかった。山肌に溶け込み、俺の隙を狙っていたんだ……
……だが、そんなことは気付いていた。
《風》の流れが教えてくれていた。
みんなの力が吹かせてくれた、一陣の風だ。
そこに、霊装セラムの一閃が走る。
オリハルコン・バラゴスの胸に、深く、突き刺さる。
動きを止め、音を止め、そして魔力回路をも止めて……
すべてを終止させる、《氷》の一撃。
オリハルコン・バラゴスは、完全に凍り付き、そして、砕け散った。
ここに、666年にも及ぶ恨みが、滅んだ。
ずっと、ずっと恨み続けていたキルス家の呪いは、今、断ち切られたんだ。
「……俺は、恨み続けなくてよかった」
思わず口から漏れた言葉。
あるいはオリハルコンゴーレムは、俺の『666年後の姿』だったのかもしれない。
俺にだって、マクガシェルやバラゴスを恨み続ける可能性は、あったんだから。
だけど、俺はそうならなかった。
俺のことを助けてくれるひとたちが居てくれたから。
愛するひとたちが居てくれたから。
俺は、666年間、ずっと愛し続けることができたんだ。
恨む以上の強さで、愛することができていたんだ。
その充実感を噛み締める。
「エレナ、セラム――」
霊装を解いた姿で、俺の隣に並んでいるふたり。
エレナが満面の笑みを浮かべていて――
セラムが穏やかな笑みを浮かべている。
そんなふたりの笑顔に、俺は自信を持って言えることがある。
あの懲役666年間は、俺にとって本当に、幸せな時間だったんだよ。
次話の投稿は、本日の20時30分を予定しています。
ついに次話にて、一巻最終回です。




