vsオリハルコンゴーレム
第51話です。
三
聖山シュテイムの中腹に現れたモンスターの姿――
アレは間違いなく、オリハルコンゴーレムだった。
ネイピアの声が、生徒会室から《風》に乗って、帝都中に響く。
「聖山シュテイムに、ミスリルを超える魔法耐性を持つゴーレムが出現したわ。市民は避難所に退避! 街壁の外に居る者は急いで街の中に退避しなさい!」
聖霊大祭の覇者として、そう命令するネイピア。
形式的には軍の指揮権は皇帝にあるが、現役最強のネイピアの方が実質的には発言力が強いらしい。
それを活用することで、とにかく被害を出さないようにしてもらうしかない。
だからネイピアの口を借りて、全市民に伝えてもらった。
「すべての魔法士は、決して戦闘に出ないこと。『ミスリル級』も『シルバー級』も関係ない。絶対に戦闘に出てはいけない。さもないと、殺されるわよ!」
生徒会室からオリハルコンゴーレムを監視しながら、街の様子も確認してゆく。
相手は、《土》の魔法が造り出したモンスターだ。
その力は、《土》に関するあらゆる下位物質を使役することができる。
オリハルコンゴーレムが指示を出せば、聖山シュテイムにある全てのミスリル鉱石が、一瞬にして高純度のミスリル武器となって襲い掛かってくる、なんてこともありうる。
言うまでもなく、鉄やただの土も意のままに操ることができるんだ。
相手は、人間界のあらゆる物質をはるかに凌駕する、精霊界最硬の金属なのだから。
だからこそ、こうして最硬のゴーレムが完成してしまったのを目の当たりにした以上、慎重に対処しなければならなかった。
……なのに。
「止まりなさい! 軍隊の出動は認めないわ! 戻りなさい!」
ふいにネイピアの怒声が響き渡った。
「ジードくん、あそこ!」
エレナが機敏に察知して、一点を指さした。
そこには……城下の広場には、既に帝国軍の隊列が組まれ始めていた。
「……なんでだ」
あんなの、ゴーレムにとっては食事の準備を進めてるようなものだ。
あんなに一点に魔力が集まったら、そこを狙えと言ってるようなものじゃないか。
なのに次々と、軍の魔法士が集結している。
「生徒会には負けていられない、ということなんでしょうね。皇帝の権威が掛かっているんでしょう」
ネイピアが忌々しげに言い捨てた。
……そんなことで、兵士たちの命が懸けられているのかよ。
ふと、帝国軍の隊列の中に、見覚えのある格好を見つけた。
ウーリルとルーエルだった。
どうやら地下施設に居たわけじゃなかったらしい。そのことには少し安堵した。
と同時に、想像したくない光景がよぎってしまった。
二人の姿と、ナックの姿が重なってしまって……。
「……来る」
セラムの声。
俺は弾かれるようにゴーレムを見やった。
ゴーレムが、向きを変えて動き出していた。
まさに、その食事に適した場に向かって。
「……させるか!」
俺が叫ぶと同時に、エレナとセラムが隣に立って手を握ってきた。
ここは俺たちで何とかするしかない……けど、避難と戦闘を両立することはできない。
特に、このまま軍が進行していったら、邪魔でしかない。
オリハルコンゴーレムが居るのは、山の中腹。
存分に《土》を使える環境だ。
そんな場所でゴーレムを相手にしたら、間違いなく大打撃を食らってしまう。
「防衛と避難は私に任せて。貴方たちは、彼ら足手まといが来たら邪魔でしょう?」
ネイピアが鋭く察して、すぐに魔法陣を展開していた。
「……お願い、私の声に応えて――『風鎖結界』!」
直後、魔法陣から光の《鎖》が放出され、一瞬にして帝都全体を――外壁ごと覆い尽くすように、網目状の壁を作り上げていた。
「さぁ。これで、私の結界を破れないような魔法士は、この街から出られなくなったわよ」
そんなことを飄々と言ってのけるネイピア。
要するに、帝都の魔法士は全員、街から出られないということだ。
あの相手、あの地形では、一人の足手まといでも命取りになるだろう。
後方を守ってくれているなら、俺は思う存分、戦える!
「ありがとうネイピア。……さぁ、行くぞ!」
そう叫んだ時には既に、エレナとセラムは俺と手を繋いでいる。
二人の姿が光に包まれ、そして、真の姿を見せる。
霊装エレナ。
霊装セラム。
ふたりの力があれば。
そして、その力を最高に発揮できる俺がいれば。
精霊界最硬のオリハルコンゴーレムも敵じゃない。
俺たちは、エレナの《風》を纏い、飛んだ。
ネイピアの結界を傷つけることなく突破し、一瞬にして、聖山シュテイムの岩肌が迫ってくる。
そしてそこに立つ、白金色の人型の巨躯――オリハルコンゴーレム。
体長は5mほど。腕の一番細い部分でも直径70㎝はあるだろう。胴回りに至っては、直径3mを優に超えている。
そして至る所から、鋭い刃やトゲが突き出ている。それに触れただけでも、人間の身体なんてゼリーみたいに微塵切りにされてしまうだろう。
先手必勝! 下手なことをやられる前に、倒してやる!
魔法耐性のある敵への対処法は、心得ている。
そもそも魔法耐性というのは、つまり、魔力回路の少なさと、狭さだ。
魔力の通り道である魔力回路が小さく、少ないために、生半可な魔法を放ったところで影響がない。
それは逆に言えば――
その少なく小さい魔力回路であっても、莫大な魔力を流し込んでしまえば、魔法は効く。
小細工も知略も不要!
魔法耐性を超える一撃を放ってやればいい。
それが対処法だ。
ちなみにオリハルコンは、かつて、霊装の一撃すらも耐えたことがあるらしい。
だけどそれは、霊装の力をちゃんと発揮できていなかったせいだ。
俺たちなら、できる。
666年間の想いが積み重なった霊装なら、できるんだ。
精霊は、『想い』の結晶だ。
その想いが積み重なっていく度に、強くなる。
だから、俺とエレナとセラムは、最強なんだ!
上空から高速で狙う俺たちに向けて、ゴーレムが腕を持ち上げてきた。
本能に従うモンスターは、殺気や魔力といったものに対して過敏に反応する。こちらが少し速く動いたくらいじゃ、相手はそれを捕捉してくる。
案の定、ゴーレムの腕は、俺の身体を的確に狙って来た。
もっとも、俺たちには当たらないけどな。
エレナの《風》が、流れを教えてくれる。そのまま《風》に乗って空中で旋回し、再び攻撃態勢に入る。
するとそこに、ゴーレムの腕がゴムのように伸びて、俺の背後から襲い掛かってきていた……だがその動きも把握している。
俺は《風》で一気に上昇しながらゴーレムの腕に乗り、そこを足場にして蹴り飛ばすと同時に《風》を纏って加速して、一瞬でゴーレムの懐に飛び込んだ。
「せぁっ!」
そこに叩き込むのは、霊装セラムの《氷》の一撃!
直撃した瞬間、オリハルコンゴーレムは氷漬けとなり、完全に凍結した。
俺たちの対処法は、完璧だ。
《土》の能力なんて使わせない。
もう、オリハルコンゴーレムはピクリともしなかった。
カィィン……高音を響かせながら氷を砕く。
同時にオリハルコンゴーレムも、砕け散っていった。
ただのオリハルコンの欠片となって、地面に積もっていく。
「……ふぅ」
俺は思わず、上空を見上げて大きく安堵の溜息を吐いた。
その視界の隅が眩しくて、俺は思わず目を細める――
「え」
――俺は目を見開いた。
視界の隅を凝視する。
眩しい……痛い……そんな感覚を無視しながら。
俺は、そこにある白金色のきらめきを見つめていた。
蠢くように、山肌を覆い尽くしている、無数のきらめき。
オリハルコンゴーレムの群れが、現れた。
次話の投稿は、明日2月10日の18時30分を予定しています。
この先行連載は全54話となりますので、とりあえず、明日で締めとなります。
よろしくお願いします。




