精霊界へ
第5話です。
マクガシェルの放った『風の牢獄』が、俺の身体を、声を、息を封じ込めてしまっていた。
俺は、何一つ動かすことができないまま、捕らえられている。
だがその次の瞬間、
「ふっふーん! 残念でした!」
エレナの嬉しそうな声が届いた。
と同時に、俺の周囲で強烈な《風》が吹き荒れて、『風の牢獄』を一瞬で崩壊させた。
俺の胸に描かれた魔法陣も、まるで《風》の刃に切り裂かれたかのように崩壊した。
これは……⁉
「わ、儂の魔法が破られた⁉ ……まさか精霊魔法⁉ だが精霊は、人間と契約をしなければ、人間界では力が使えないはず……どういうことだ⁉」
マクガシェルが見るからに狼狽しながら、俺を睨み付けてきた。
俺たちは契約なんてしていない。
にもかかわらず、エレナは人間界で魔法を使った。
その疑問に答えたのは、セラムだった。
「たとえ形式的な契約を結ばなくても、私たちは既に、同じ意志を抱いている。『共通の想い』……それこそが契約の本質。この本質がある限り、形式的な契約など不要」
……あぁ。そうか、そうだよな。
俺たちはみんな、同じ想いを抱いている。
人間と精霊とが仲良くなれるよう願っているんだ。
この共通する想いこそが、俺たちの『契約』になっているんだ!
そう思った次の瞬間、俺の身体を魔力の光が包み込んでいた。
溢れる魔力。
これは、俺だけの力じゃない。
俺とエレナとセラムの、『協力』なんだ!
「させぬわっ!」
マクガシェルが叫びながら、再び『風の牢獄』を放ってきた。
「その言葉、そっくりそのまま返す」
セラムが淡々と言う、と同時に、突如《氷》の壁が隆起した。
曇りひとつ無く、凹凸ひとつも無い、透き通った《氷》の壁。
まるで鏡のように、マクガシェルの《風》をそのまま跳ね返した。
「ちいぃっ!」
マクガシェルが新たな魔法を発動させて相殺する、その隙に俺は駆け出した。
「さぁ行こう!」
「「精霊界へ」」
エレナとセラムが、《扉》のこちら側まで手を差し伸べてくれていた。
俺は、それぞれの手を握る。
右手でエレナと、左手でセラムと、確かに繋がった。
直後、《扉》に異変が起こった。
まるで巨大な手に揉まれているかのように、歪に変形する《扉》の円。
そこに、先ほどのマクガシェルの封印魔法や『風の牢獄』の魔力が、光の粒となって吸い込まれていく。
今まさに、《扉》が閉ざされようとしているんだ。
俺たちは手を取り合ったまま、《扉》に飛び込んでいった。
「ぅおのれぇっ! 精霊の力は、この皇帝マクガシェルの力なのだぁっ!」
マクガシェルが泡を飛ばすほど叫びながら、俺たちに向かって手をかざしてきた。
「出でよ、《風》の精霊セイレーン! あの罪人を捕え、裏切り者の精霊もろとも、人間界に引きずり出すのだっ!」
地下施設に反響する、マクガシェルの声──
しかし何も起こらなかった。
「……ぬぁ、何故だ⁉ なぜ我が命令に従わないぃセイレェェェン! 精霊のくせに約束を破るのか! サラマンダー! メルキュリオ! ノームス⁉ ……なぜ誰も来ないっ⁉」
マクガシェルが怒りと困惑を露にして、次々と精霊の名を叫んでいた。
答えは無い。
むしろ沈黙こそが、その答えだ。
もはや、《扉》は閉ざされた。
《扉》が無ければ、精霊は人間界に出てこられない。
契約の履行は不可能――
マクガシェルの命令は、無効だ。
「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
マクガシェルの叫び声だけが、響き渡っていた。
……やった。
やったぞ!
これで、もう精霊が人間界に連れて行かれることはないんだ。
たとえ召喚の儀式が行われても、皇帝に命じられたとしても、次元を繋ぐ《扉》がなければ人間界へ行くことができないんだから。
「は、ははっ……」
俺は心から安堵して、思わず笑いを漏らしていた。
結果的に言えば、皇帝たちが言った通り、俺は精霊界に閉じ込められることになった。
けれど、これは懲役なんかじゃない。
追放でもない。
俺の意思で、俺が必要とされている場所に行くんだ。
こんなに嬉しいことはない。
正直なところ、まだ自分が精霊界でどんな扱いになるのか解らないけれど……
どうか平和に、仲良く、末永く、精霊たちと暮らせたら、俺は幸せだ。
《扉》は、完全に閉ざされた。
その光景を、俺はしっかりと見つめていた。
両手に、エレナとセラムの温もりを感じながら。
次話の投稿は、本日20時30分を予定しています。