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666年の怨恨と、キルス家の秘術

第49話です。

 666年前、バラゴスが遺した手記には、こう記されていた――


※※※


 帝紀647年。私は、恥ずべきことを実行してしまった。

 栄光ある『精霊魔法文明』を維持するために、皇帝の命令に従い、一人の男を見殺しにしたのだ。

『精霊』などと言っても、後世では何のことか解らないのかもしれぬ。

 それはかつて、人間が自由に使うことのできた、強大な力だ。

 召喚により異世界から呼び出し、我々が使役していた獣のようなモノだ。

 人間の文明は、その精霊たちの力を駆使することによって成立していた。

 そんなことを記しても、まるで伝説や空想にしか聞こえないだろう。

 それもそのはずだ。

 ある男を精霊界に追放した直後、この人間界と精霊界とを繋いでいた扉は永久に閉ざされ、この世界から精霊は消えてしまったのだから。

 それだけではない。

 皇帝マクガシェルは、この人間界の歴史から、精霊の名を消し去ろうとしている。

『精霊』を『悪魔』と呼び替え、一人の男を『魔王』に装い、自らは、その魔王から世界を救った英雄になろうというのだ。


 何とおぞましいことか。

 私がこうして、あの無実の男を見殺しにしてしまった罪の意識に震えているというのに、その間も、マクガシェルは、己の地位を固めるために愉悦の笑みを浮かべているのだ。

 私は、皇帝に脅されていたのだ。だから、命令通りに動くしかなかった。


 それでも、私は後悔している。

 私は反省している。

 このようなことが二度と起こらないよう、しっかりと心に刻み込んでいるのだ。


 だから、子孫たちよ。

 私の血を受け継ぐ子供たちよ。

 いつか、あの悪しき皇帝マクガシェルの系譜を打ち破り、我々キルス家が正しき皇帝にならねばならない。

 我々こそが、皇帝にふさわしい人格を備えているのだ。だからこそ、子供たちに皇帝の血を残すのだ。


 この真実を元に、いつの日か、皇帝マクガシェルの悪事を白日の元に晒してほしい。

 そうすることで、皇帝の一族に天罰を与えるのだ。

 それが、法の正義の下に生きるキルス家の誇りなのだ。


 ここにキルス家の秘術を残す。

 正義の槌を叩き下ろすときのために。





「……何言ってんだよ、コイツは」


 俺は不快感を隠さずに吐き捨てた。

 ふと気付くと、エレナとセラムが俺を挟み込むように、両側から抱き付いていた。そして、何やら小刻みに震えている……


 ……あぁ、違った。

 震えているのは、俺の方だった。

 俺は、この文を読んで怒りのあまり震えていて、そして、エレナとセラムがふたりで押さえていてくれたんだ。

 こんなデタラメを……しかも『これが真実だ』なんて言いながら嘘ばかり書き記して。

 それに「自分は反省している。悪いのは皇帝だ」なんて言って、責任を押し付けて。

 挙げ句は、「だから皇帝の一族を乗っ取るべき」だなんて。

 終いには、『正義の槌』だと。


 どれだけ自分勝手なんだ!

 どれだけの人間を、精霊を、傷つけたと思ってるんだ!


 身体の震えが止まらない。

 今にも叫び出してしまいそう……暴れ回ってしまいそう。

 相手はもう居ないのに。

 600年以上前に死んでいるのに。

 怒りの行き先が、どこにも無い。


 ……だけど。

 それを、エレナとセラムが、包み込んでくれている。

 俺の身も心も、ふたりが包み込んでくれているんだ。

 666年前に、俺のことを受け入れてくれたように。

 666年間、ずっとそうしてくれていたように。


「……俺がエレナとセラムに出会えたのは……精霊界のみんなと出会えたのは、あんたたちのお陰だよ」

 精一杯の皮肉を込めて、俺は吐き捨てた。


 すると、ネイピアも歩み寄ってきて、

「それなら、私も感謝しないといけないわね。ご先祖様たちのお陰で、普通の人間同士なら決して出会うことのない、666年の時を超えた出会いができたんだもの」

 と乗っかってきた。

 それは、巡り巡って俺たちへの感謝みたいになっていて、こそばゆい。


「……ありがとうな」

 だから俺も、感謝の言葉を言っていた。

 それが巡り巡って、エレナやセラム、ネイピアにも届くように。


 お陰で、気持ちも落ち着いた。

 俺は改めて、バラゴスの遺した本を読んでいく。

 書かれていたのは、この懺悔風の文章だけじゃない。

『キルス家の秘術』が、記されている。


 それは次のページにあるようだった。

 思わずエレナとセラムを見やって、同時に頷く。

 俺はページをめくった。

 そして、そこに記された秘術に、絶句する。


『オリハルコンゴーレムの生成術』


 そこには、確かに、そう記されていた。

 素材の割合や計算式、術式の編み方などまで、びっしりと記されている。

 ナックは、この秘密を暴こうとしたんだ。


「……『オリハルコン』? ……って、何?」

 ネイピアが聞いてきた。

 屈指の情報収集能力を誇り、俺の論文すら知っていたネイピアが、知らないという。

 それはそうだろう。

 彼女が把握していたこの図書館の書物には――人間界にある書物には、書かれているわけがないのだから。


「……オリハルコンは、精霊界にしか存在しない金属だ」


 精霊界にしか存在しない金属――オリハルコン。

 その魔法耐性は、ミスリルをはるかに凌駕する。

 精霊界の厳しい自然環境の中にあって、傷一つ付かない物質。

 精霊魔法ですら傷付けることが難しく、果ては《霊装》ですら歯が立たずに欠けることもあるという。


 なのに、おかしいじゃないか?

 バラゴスは、そのオリハルコンを使ったゴーレムの生成術を編み出していただって?

 バラゴスの時代は、ミスリルの加工すら困難だったのに。

 そもそも、オリハルコンの存在すら知られていなかった――俺も知らなかったのに。


 ただ、そのことについては仮説を立てることはできる。

「……多分、666年前に召喚されてしまった精霊の中に、オリハルコンを持っていたモノが居たんだろう。バラゴスは、それを皇帝にも秘密のまま保管していて、研究を続けていた。それが、この秘術なんだと思う」

 というか、合理的に説明するには、これくらいしか思いつかない。

 とはいえ、もしその通りだったとしても、バラゴスの実力と、ここに記されている生成術の技術レベルとの間には、圧倒的な格差が存在していることには違いない。


 ……それとも、実は、精霊の中に協力者がいて……。

 そんな適当な考えを振り払うように、俺は慌てて頭を振った。

次話の投稿は、本日の19時30分を予定しています。

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