たかが心臓が抉られたくらい
第47話です。
聖山シュテイムの上空から、得体の知れない物体が複数、生徒会室に墜落した……
その情報をいち早く察知したんだろう、ネイピアはすぐに駆けつけてくれた。
部屋の中央に陣取る《氷》の塊。
その中にある赤黒い物体――まるで死んだように気絶している重症のナック。
そんな惨状を見て、ネイピアは一瞬だけ怯んでいた。
だがそれは、ほんの一瞬だけのこと。
「彼を助ければいいのね。縫合なら任せなさい」
そう言うと、周りに無数の《糸》を舞わせながら氷漬けのナックに駆け寄ってきた。
そして、ナックの状態を目の当たりにして、その足が止まった。
「……なによこれ。心臓が無いじゃない⁉」
「あぁ、だから少し困ってたんだよ」
「す、少しって……。心臓が無いのに、どうやって助ければいいのよ⁉」
そんなことを言ったところで、俺たちがやることは決まっている。
「心臓が無いなら、作ればいいだけだ」
「つ、作ればいい⁉ そんな魔法は聞いたことが……」
不安そうに呟いたネイピアは、そこで言葉を切った。
そして、一変、力強い目をして言ってきた。
「できるのなら、早く方法を教えてちょうだい」
どうやら俺との付き合い方にも慣れてきたみたいだ。
俺は頷きながら、術式を説明する。
「まず、形だけでいいから心臓の代用になるような物を作るんだ。そしてそれを胸に詰めて、血管と縫合していく」
「でも、それだけじゃ代用物は動かないわ。ポンプにならなくちゃ血液が流れない」
「あぁ。そこで、その代用心臓とナックの魔力回路を繋げるんだ。そうすれば、魔力回路を流れる魔力が血液に作用して、心臓のポンプが無くても血液は流れ続ける。魔力が尽きたら死ぬことになるが、まぁ魔力が尽きるってことは、どのみち死んだようなもんだ」
「……理論上は、可能ね」
「だろ?」
「問題があるとすれば、魔力回路を繋げる技術。元々、心臓にはその人間の全ての魔力回路が集結している。そのため古来より、魔術儀式では贄として捧げられることも多い。心臓は、血液だけでなく魔力のポンプでもある。そこが失われたのに魔力回路を繋げるなんて……。そんな理論は、机上の空論でしか見たことがないわ」
「でも、見たことがあるんだろ?」
俺がいたずらっぽく言うと、ネイピアもフッと笑いを返す。
「666年前に書かれた論文──『血流と魔力回路との関係性についての一考察』でね」
「そういうことだ」
俺が頷いて見せると、ネイピアも頷きを返す。
そしてエレナとセラムも、疲労を感じさせないほど力強く頷いた。
「ネイピアは、心臓の代用物を編んでくれ。ネイピアの《糸》なら、確実に一生もつ」
「あら、彼に永遠の命を与えるつもり?」
「そうなるように、俺も頑張るさ」
ネイピアは髪の毛を抜き、そして周囲にあった結界からも髪の毛を撚り集め、《糸》を作り出していく。
編み込み、編み込み、それはこぶし大の塊となり、次第に心臓の形を作っていく。
その技術に見惚れそうになるが、俺は俺でやらないといけないことがある。
「セラム、《氷》の凍結を強めるぞ。それと、《水》を血液の代替物に使うから、その生成もしていこう」
「了解」
「エレナ。セラムの《氷》で静止している間に、霊装の力でナックの魔力回路を切りながら繋げていく。繊細な動きと、力の調整と、何より数と速度が必要になる。エレナの苦手なところもあるけど、一緒に頑張ろうな」
「ふっふーん。褒められて伸びる子、エレナにお任せ!」
「あぁ、俺たちならできる!」
俺と、エレナと、セラムと、ネイピアと一緒なら……。
たかが心臓が抉り取られたくらいで、死なせはしない。
「いくぞ、エレナ!」
俺は霊装エレナを構える。
かつて机上の空論と言われた、俺の論文――。
その欠点は、速さだった。
魔力回路を切って繋げるためには、速さが必要なんだ。
魔力回路を切ってから繋げるまでの間に、魔力がこぼれ落ちないほどの速さが。
そして今の俺たちには、速さがある。
霊装エレナの一撃……そこに込められる魔力の全てを、速さに振るんだ。
一刻の猶予もない……だから一瞬で終わらせる!
俺は、霊装エレナを構え直し、魔力を整える。
エレナが、最高の力を発揮できるように。
俺の魔力を注ぎ込んで――
エレナの神速一閃の斬撃を、炸裂させた。
翌朝。
部屋中が散らかり、血にまみれ、見るも無残な光景が広がっている。
誰もが疲れ果て、そして誰もが、誇らしげに笑っていた。
魔法手術は、無事に終わった。
今、ナックの胸の奥では、ネイピアの作った手編みの心臓が脈打っている。
エレナが繋いだ魔力回路の流れのお陰で。
そして何より、あの場でナックを死なせなかったセラムの《水》と《氷》のお陰で。
後は、ナックの回復を待って、詳しく話を聞けばいい……
なんて、事態はそう簡単じゃなかった。
ナックは、まだ目を覚まさない。
だが、その代わりとでも言うように――
俺は、一冊の本を手にしていた。
魔法封印が掛けられている、豪奢な装丁をした古臭い本。
それは、ナックの胸の中から出てきた物だった。
どういう経緯でそこにあったのか……
もしかしたら隠し持っていたのか……
ナックの言葉――「ざまぁみろ」は、コルニスへの復讐心を感じられた。
そんな本を、今は、俺が手にしている。
かつての帝国最高裁判所長、バラゴス・キルスが遺したという魔導書を。
次話の投稿は、本日の20時30分を予定しています。




