霊装セラムと、抉られた心臓
第46話です。
「エレナ。もう一度《風》で探知をしてくれないか。今度は俺も一緒に探す。どうも気になるんだ」
「ん。解ったよ」
エレナと手を繋ぎ、魔力回路を同調させることで、感覚を共有する。
こうすることで、俺もエレナの《風》で感じたモノを感じることができる。
「ん」
同時に、セラムが逆の手を握ってきた。
確かに、エレナばっか繋ぐのはズルいもんな。……それに最近は、エレナばっかり活躍しちゃってるし。
つい苦笑しながら、それでも頭は冷静に、《風》と共に山を探索していく。
聖山シュテイムを、《風》が撫でていく。
上空も、山肌も、地下も。
精霊の《風》に、障害となる物なんて無い。
精霊の魔力の前には、人間界に存在している物質の魔法耐性なんて無いに等しい。
鉄も、鉛も、銀も、ミスリルも……
あらゆる物を透過するように、探知していく……
「ん? 何だここ?」
俺は違和感を感じて、声を漏らしていた。
山の裏側に、一か所。
何も無い空間が、そこに在った。
土も、石も、ミスリルも、空気も、何も探知できない空間。
「エレナ。ここをもう少し探ってくれ」
感覚を共有したまま指示を出す。
すかさずエレナの《風》が、そこを探っていく。その感覚が俺にも伝わる。
やはり、何も無い――
より正確に言うと、『《風》の探知に何も引っ掛からない』状態だ。
どうしてこんなことが起こるのか……
想像はできる。
だが、そんなことが人間界で起こるだろうか?
「ど、どういうこと?」
エレナが不安になって聞いてきた。エレナの感情が俺に伝わってきたように、俺の混乱も伝わってしまっているんだ。
「……ここには、多分、精霊の《風》を通さないモノがある」
「えっ⁉」
エレナがショックを受けていた。
「で、でも、そんなこと、ありえないんじゃ……」
「あぁ。本来なら、そんなことはありえない。精霊による探知の《風》を弾くなんて、それこそオリハルコン並みの魔法耐性が無ければ……えっ⁉」
ふいに、《風》が魔力の流れを探知した。
山の裏側。ちょうど、精霊の《風》を通さないモノがある場所からだった。
「……これは、人間の魔力? 人間がいきなり出現したのか?」
そのまま《風》で探ろうとするが、《風》が乱れてしまって上手くいかない。
ここに居ても埒が明かない!
「直接行くぞ!」
そう言って、俺たちは山の裏側へと向かうために構えた……次の瞬間。
ドゥン! と爆音がして、山を大きく震わせた。
爆発っ⁉ しかも魔力反応がある。
魔法だ。
山の裏側で誰かが魔法を放ったんだ。
俺は咄嗟にエレナとセラムを抱えながら、エレナの《風》に乗ってその場に向かって飛んでいった。
山裾を回り込むようにして裏側へ回る。
その直後、俺たちに向かって、何かが飛んできた。
赤黒い塊が、炎を纏いながら飛んできている……。
「に、人間っ⁉」
血まみれの人間が、燃えながら飛んできていた。
「セラム!」
俺の声と同時に、セラムが空中に《水》のクッションを作り出した。
そこに血まみれの人間が突っ込んできて、その衝撃を拡散すると同時に身体を優しく包み込む。
《氷》を得意としているセラムだが、いざというときの《水》の優しさは抜群だ。
血まみれの身体を洗い流していき、そして炎もすべて消していく。
そこで露わになった顔は……。
「ナッ……ナック?」
思わず疑問形になる。
腫れ上がり、陥没し、そして砕かれて、変形しきってしまった顔。
だがそれ以上に、胸の損傷が激しかった。
胸に、穴が開いている。
期せずして洗い流していた、その傷跡。
ごっそりと抉られて空いた穴。
内臓すらも丸見えの状況……その中央に、ぽっかりと、空間ができている。
心臓が、無い。
「ざっ……ざまぁみろ、コルニ、ス……」
ナックが《水》の中で声を上げた。魔法の《水》は声も伝える。
ナックはまだ生きていた。
心臓を失っても、魔力回路の働きでわずかに生命活動が続くことがある。ナックはまさに、その状態だった。
「……こ、れを……」
ナックは何かを伝えようとしていた……彼の手が胸の傷に触れようとする……が、その手が傷口に触れた瞬間、「がぁっ」と悲鳴を上げて気を失ってしまった。
……だが、まだ生きている。
一体何があったのか……。
それを確認するためにも、死なせるわけにはいかない。
「《霊装》だ!」
俺が叫ぶと同時に、俺の意を察したセラムが霊装の姿になっていた。
光が、雪のように降り注ぐ。
ガラスのようにきらめく刀身が、揺らぎなく一直線に伸びている――
《氷》の長剣――霊装セラムだ。
すぐさま霊装セラムの一閃がナックを捉え、一瞬にして全身を凍らせた。
セラムの《氷》は万物を凍らせる。
それは、生物・非生物を問わず、あらゆる営みを完全停止させることができる。
今、セラムの《氷》に包まれたナックは、全ての生命活動を『停止』させた。
と同時に、この後、解凍をしたときには、まるで1秒も時が経過していないかのように、そのままの姿で復活する。
すなわち、セラムの《氷》で凍結している限り、ナックが死ぬことはない。
死の直前で停止しているんだ。
「……く」
眩暈がした。
魔力消費が激しい。
さすがに、今日は精霊の力を使いすぎている。
今もエレナの《風》で空を飛びながら、霊装セラムの《氷》でナックの命を繋ぎ止めているんだ。
それらを同時にやることで、ごそっと魔力が持っていかれた。
だけど、まだ、やらなくちゃいけないことがあるんだ。
……どこか、邪魔者が入って来られないような場所で。
そう思った瞬間――
「……このまま、生徒会室に連れてくぞ!」
その場所が思い浮かんでいた。
現状、そこが最も安心できる場所だった。
……悪いなネイピア。
また結界が破られたなんて噂になっちゃうな。
努めて冷静でいるために、そんな冗談めいたことを考えていた。
次話の投稿は、本日の19時30分を予定しています。




