嵐の前の
第45話です。
聖山シュテイム――
ここは、666年前はミスリル鉱山だった。
そして、その地下深くのさらに深くに、例の地下研究施設と、《扉》があった。
それがいつの間にか、『聖山』なんて付くようになっていた。
例の『魔王』封印を理由として。
ミスリルの高い魔法耐性に囲まれて、怖ろしい魔王を封印した山……。
ここは、歪んだ歴史の果てに創られた、聖地だ。
こんなものを崇めたって意味ないのに。
もっとやるべきことが、この世界にはあるはずなのに。
と、この地に封印されていた『魔王』は思うのだった。
聖山シュテイムは、麓の辺りは低木が生えているものの、上に行けば行くほど、まるで雪山のように白く染まり、氷のようにきらめいてゆく。それらすべてミスリル鉱石だ。
そこには、モンスターが身を潜められるような物陰など、ほとんどない。
ただ、モンスターは擬態も得意なモノが多い。魔法を使って身を隠すモノも居るため、目視よりも、魔力の気配を探知する方が重要だ。
「うーん。モンスター、居ないよ?」
エレナが不思議そうに呟いた。
およそあらゆる物質には、多少なりとも魔力が存在している。そのような物のある場所では、物理的な空気の流れが変わるだけでなく、魔力の流れにも影響が出ている。
それを、エレナの《風》は探知することができるのだ。
本気を出せば、微生物や細菌のようなモンスターだろうと、数百㎞先で魔力が絶え絶えになっている死にかけのモンスターだろうと、決して見逃さない。
そんなエレナが、モンスターの気配を感じていない。
それは、ここにモンスターが存在していない、ということと同義となるわけだけど。
「――って言うか、人間の気配を含めても、この山には私たち以外、ウーリルちゃんとルーエルちゃんの気配しかないんだけど」
と、今もこの山の地下施設にいるはずの二人を察知していた。
あの地下深くの、しかもミスリルに囲まれた施設にいるにもかかわらず。
まぁ、距離だとか魔法耐性だとかいう障害なんて、精霊魔法の前では無いに等しいってことだけど。
「あの二人なら、最近のモンスターの実態とかも知ってるかもな。聞いてみよう」
俺がそう提案すると、エレナは俺の意を察して、さっそく地下施設に《風》を繋げた。
これで、遠くの者とも会話をすることができる。
「ウーリル、ルーエル、聞こえるか?」
「ひぅっ⁉」「な、なにっ⁉」
二人は、突然のことに困惑した声を上げていた。
「俺だ、ジードだ。今、ちょっとシュテイム山に登ってきてるんだが……」
「じ、自称魔王! あんたのせいで、あたしたちがどれだけ苦労してると思ってんのよ! 青服の新入生は軍の中でも話題になってんのに、あたしたちはどう触れたらいいのか解んないし、どっかからあたしたちが青服の仲間だなんて噂まで流れてきてるし! それに仕事も大変になっちゃったんだから! 中に誰も居ないって解ってる祠をジーッと見つめるだけの毎日よ? こんな何もない地下で! こんなの気が変になっちゃうわよ!」
ルーエルが一気に突っかかってきた。いろいろ積もり積もっていたらしい。
「それは、すまないな。俺たちにできることがあったら何でも言ってくれ。俺のせいで結構振り回しちゃったし、埋め合わせはするよ」
「あんたに何ができるのよぅ……。あたしは、もっと楽に出世したいだけなのに……」
ルーエルの悲壮感が漂う声に、もう何て言ったらいいのやら。
するとルーエルに代わって、ウーリルが話し掛けてきた。
「あの、もし本当に力になってくださるなら、私たちにも、魔法のことを教えてくださいませんか?」
「お、もしかしてネイピアから話を聞いたのか?」
「はい。ネイピア様は、あの一件からずっと私たちのことを気に掛けてくださって、よく一緒にお茶をしたり、私たちもネイピア様の仕事を手伝わせていただいたりしているんです。そこで最近、魔法の力が成長したことをとても嬉しそうに話してくださっていて」
「へぇ……」
さすが、どこまでも気配りのできる皇女さまだ。
それに、嬉しそうにっていうのが本当なら、こっちもやっぱり嬉しくなる。
「そういうことなら、喜んで教えるよ。実は、双子の魔法士ならではの理論もあるからな」
「わぁ! 本当ですか⁉ ありがとうございます!」
ウーリルが、過去最高の大声で喜んでいた。
彼女たちとも変な出会い方をしたけれど、何だかいい関係になっていけそうだ。
……その代わり、俺の背中は《風》と《氷》が突き刺さって痛くなっていくけどな。
それはさておき。
「ところで本題なんだが、この山のモンスターが一体も居ないんだ。話では、大量に湧いているなんて聞いてきたんだけどな」
「それが、急にパタッと居なくなってしまったんです。それこそ、昨日からですね。てっきり、ネイピア様の結界が強くなったお陰かと思っていたのですが」
「そうか……。解った、ありがとうな。それじゃあ、魔法の特訓については、また後日」
そう言って《風》を断とうとすると、ルーエルが割り込んできた。
「あ、ちょっと! まだあたしの文句は言い終わってな」
そこで《風》が止んだ。
ウーリルの話によれば、昨日からモンスターがパタッと出なくなっていたという。
そして今日も、この調子だ。
それには、何か理由があるんだろうか……。
次話の投稿は、明日2月8日の、18時30分を予定しています。




