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ミスリル採取へ行く前に

第44話です。

 というわけで、俺たちは北の聖山シュテームへ、ミスリル採掘に向かうことにした。


 と、その前に、念のためネイピアに話をしたところ……

「あら、ようやくなのね」

 と呆れられた。


「ようやく、ってどういうことだ?」

「どうもこうも……。貴方たち、先日の演習の授業でこう言っていたじゃない。『闘技場のミスリルの舞台を、借りていいか?』って」

「…………え」――まさか。

「そう言って舞台を借りておきながら、潰してバラバラにして捨てちゃって、一向に返そうとしない。それがようやく、聖山シュテイムでミスリルを取ってきてくれるって言うんだから、ちゃんと返してくれるということでしょう?」

 そんなことを笑顔で言ってくるネイピア。


「いやちょっと待て。そもそも、バラバラにしたのはネイピア……」

「もしかして返さないつもり? だとしたら、生徒規約違反で退学に……」

「返します! ミスリル取ってきまーす!」

 そんな俺の返事に、ネイピアは満足げに微笑んで頷いた。


「あ、ついでと言っては何だけど……」

 と、ネイピアはちゃっかり付け加えてきた。

「実は最近、聖山シュテイムでモンスターがたびたび暴れているのよ。主に軍が対処しているけれど、生徒会としても対策をしようとしていたところでね」

「……なるほど」

「本来なら、あの山に研究室を持っている副会長が適任なのだけど、彼はもう職務放棄を続けているから、居ないものとして扱ってちょうだい」

 ネイピアは刺々しく言い捨てた。

 地下闘技場の修復が放棄されていることもあるだろうし、かなり不満が募っているんだろう。


「それじゃ俺たちは、素材採集のついでにモンスター退治をしておけばいいんだな」

「ええ。よろしくね」

「どうせなら、野生のミスリルゴーレムとか居たらちょうどいいんだけどな。そうしたら、レアな素材を落としてくれるかもしれないし」

 俺は思わず願望を漏らしていた。

 モンスターは、倒すと素材を落とすことがある。

 要するに、モンスターの身体を構成している物質の欠片が手に入るわけだけど、モンスターが落とす素材は、通常の自然界にある物よりも魔力が濃縮された上級品であることが多い。


 ちなみに――

 厳密に言えば、『野生のゴーレム』というモノは存在しない。

 ゴーレムは、絶対に、人為的に造られるモンスターなのだから。

 ただ、その人為的に造られたゴーレムが、人の制御を外れて『暴走』してしまうことがある。

 ゴーレムの生成は、身体を作る『組成』と、運動を統制する『制御』との、二つの魔法が必要になる。この『制御』に失敗したり、そもそも『制御』魔法を掛けないでいると、暴走するのだ。

 動かないんじゃなく、暴走する。

 特に、銀やミスリルなど、一般的な金属よりも魔法耐性が高い金属で造られるゴーレムは、『制御』魔法を通すことも困難となるので、暴走してしまうことがままある。

 そうなったとき、暴走しているゴーレムのことを、便宜上『野生のゴーレム』と呼んだりすることがあるのだ。


「そういえば──」

 と、ネイピアが世間話でもするように、軽い口調で話し掛けてきた。

「二週間ほど前から、私の結界を何度も破る極悪人が現れているの、知ってるかしら?」

「……あぁ。よく知ってるぞ」

 つーかそれ、俺のことだろ。

 回りくどく言わなくたっていいだろうに、まったくいい性格をしている。


「そう、知っててくれて安心したわ。ちゃんと、理解してくれてるということだものね」

「そ、そうだな」

 ネイピアの口調がいつもより軽いせいで、余計に不気味だ。思わず警戒してしまう。

「実は、あまりに私の結界が弱くてボロボロ破られるから、帝都の市民が不安になってしまっているのよ」

「い、いやいや、ネイピアの結界は十分強いって。解る人には解ってるって!」

「解らない人には解らないわ。だから不安が広がってるの」

「……返す言葉もありません」


 それは紛れもない正論だった。

 結界は、今も昔も、街を護る要だ。

 それが破られるということは、住民に命の危険が迫るということ。

 俺としても一応、街を危険に晒さないよう、結界の効果が失われないように気を付けてきたわけだけど……。

 そんなもの、魔法に詳しくない人間からしたら、『結界が突破されている』ようにしか見えないだろう。


 俺の視野は、狭かった。

 そして、ネイピアの視野は、広い。

 自分たち皇族だけでなく、一般市民にまでちゃんと届いているんだ。

 それが何だか嬉しくて、そして羨ましいと思った。

 この時代の市民は、いい皇族に出会うことができたんだ、と。


「私の話、聞いているのかしら?」

 想いに耽っていたら、ネイピアに睨まれていた。

「あぁ、ちゃんと聞いてるぞ」

 ……つーか、『ちゃんと効いてる』ぞ。けっこう心に刺さってる。

 そんなことを思いながら、話の続きを聞く。


「私も当初は、《風》の情報統制で対処できるかと思っていたのだけど、どうもうまくいかない。と言うのも、何者かが意図的に、私の結界について欠陥品だと広めているらしくてね」

「……それは」

 言わずもがな、コルニスの一派だろう。

 いかにネイピアの《風》を使っても、さすがにデマを故意に広められてしまったら、統制が上手くいかないってことか。


「そこで貴方たちには、その『何者か』を見つけたら適切に処理してもらいたいの。それが一つ」

 ネイピアは、こちらの返事を待たずに一方的に要件を突き付けてきた。

 まぁ、コレはそもそも俺が原因なんだから協力するけどさ。

「もう一つ。もし今後、結界を破る極悪人を見かけたら、私の伝言を届けておいてほしいのよ」

「解った。ばっちり伝えておくぞ」

 むしろダイレクトに伝わってくるぞ。


 するとネイピアは、俺に満面の笑みを見せつけながら、

「今度結界を破ったら、私がこれまで消費してきた髪の毛の分、ブチ抜くわよ」

 そう伝えてきた。

「はい。解りました」

 俺は思わず敬語になって答えていた。


 頭から、冷や汗がダラダラ流れ落ちてくる……。

 はらりと、髪の毛が一本、抜け落ちていった。

次話の投稿は、本日の20時30分を予定しています。

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