精霊魔法の便利な使い方
第43話です。
二
今、俺たちの目の前には、オンボロの納屋がひとつ。
さて。まずはこれをどうするか。
ネイピアからは、使用も処分も自由にしていいと言われている。
ということで。
「エレナ。まずは納屋をぶっ潰そう」
「はいはーい。ドドンといっちゃうよ!」
言うが早いか、エレナは既に剣の姿になって、俺の手に握られていた。俺のことを信頼してくれている。
俺はすぐさま霊装エレナを上段に構えて、意識を集中させる。
俺の意思が、魔力を介してエレナにも伝わっているはずだ。どんな力を、どんな風に発揮するか、その手順をエレナと共有していく。
……風が、吹く。
穏やかな風が、辺りを巡っていた。
「……うん。いつでもいいよ!」
エレナの弾む声。と同時に俺は霊装エレナを振り下ろした。
ドゴンッ……激しい地響きと同時に強風が吹き荒れた。それだけで周囲の建物の壁にひびが入り、木々の葉が一斉に飛び散ってしまった。
だがそれは、単なる余波にすぎない。
本命の一撃は、納屋に当たっている。
一瞬で、納屋を押し潰していた。
空気の圧縮だ。
家2件分ほどの広さのあった納屋が、今、手のひら大のボールほどにまで潰されていた。
かといって、ただ潰すだけなら誰でもできる……とまでは言わないまでも、通常魔法でだってできる。
今回、霊装を持ち出したのは他でもない。もっと高度なことをしているからだ。
俺とエレナは、納屋を潰す前に、ちゃんと使えそうな物を《風》の流れで探知しながら見繕っていた。そしてそれを、《風》の渦巻く球体で包み込むことで保護しておいたのだ。
そのお陰で、納屋の跡地には、ポツンポツンと椅子やテーブルが取り残されていた。
一振りで、複数の魔法効果を同時に発現していたんだ。
しかも、その一つ一つが、普通の精霊魔法の一撃を圧倒するほど強力だった。
「さすがエレナだ。ありがとうな」
エレナが元の姿に戻る。照れた笑顔を見せながら、頬を掻いていた。
「えっへへー。でも、ジードくんこそさすがだよ。探索の《風》と、保護の《風》と、圧縮の《風》、それに、周りに被害が出ないように《風》の防壁も。たった一撃の中に、4種類の魔法を発動させるんだもんね」
「……まぁ、防壁はちょっと失敗気味だったけどな」
お陰で、余波の影響を抑えきれていなかった。
「うっ……それは私のせいだよ。私、じっとしてるより動き回る方が得意だから、防壁はちょっと難しいし」
とはいえ、防壁が無かったら、この学園全体が一気に圧縮されかねないほどの威力だったんだけど。
それに。
ここは、以前コルニスと戦った時みたいに威力を相殺させるんじゃなく、派手にエレナの力を見せておきたかったんだ。
探索の《風》に伝わってくる反応――監視されていることに気付いていたから。
人数は3人。敵意もある。
向こうは気配を消しているつもりなんだろうが、エレナの《風》に掛かれば、その不自然さは一目瞭然だった。
今は俺たちを観察しているだけだろうが、もし俺たちの生活の邪魔をするようなら、容赦はしない。
だから、ここの生活拠点も、いろいろ考えて造らないとな。
「せっかくだし、けっこう丈夫な家を造るとするか」
「それなら私にいい考えがある――」
セラムが律儀に挙手しながら言った。
「ここに『氷蝶の夢』を仕掛ける」
「……いや、それ、訪問者全員が魔眼で凍らされちゃうじゃないか」
『氷蝶の夢』――セラムの魔法の中でも上位のトラップだ。
この魔法が掛けられたエリアに踏み込むと、辺りを《氷》の鏡に囲まれて、四方八方から絶対零度の魔眼に睨まれ、意識を保ったまま氷漬けにされてしまう。
このトラップの怖ろしいところは、意識のあるまま氷漬けにされて、そして絶対に死なないところにある。
しかも《氷》の魔力回路が神経回路に作用して、悪夢を見ながら『寒い』『痛い』『苦しい』と感じるのに、生命反応には何の異常もきたさない。むしろ《氷》から十分な栄養補給もされるので、肉体的には元気になることすらある。
ただ苦しい感覚だけが、氷漬けにされている間、ずっと続く。
そうして付けられた名前が、『氷蝶の夢』――
まるで蝶の標本のようにされたモノたちが、氷の中で、永遠の夢を見続ける……。
「私たちのプライバシーを侵害する者は、生かさず殺さず、永遠の標本にすべき」
「ひ、ひとまず落ち着こう。トラップについては後で考えるとして、建物については、強化ミスリルで造っておけば十分じゃないかな」
少なくとも、『ミスリル級』レベルに壊されないよう造っておけば十分なはずだ。
幸か不幸か、この地には大量のミスリルもあることだし。
次話の投稿は、本日の19時30分を予定しています。




