精霊界の大自然に揉まれて
第42話です。
セラムが淡々と、今の状況を教えてきた。
「この状況で、もし私たちが手を離すと、まず精霊界の濃厚な魔力が身体の中に流れ込んで、ジードは破裂する」
「はれつ……」
想像しただけでゾワッとする。
「仮に破裂の仕方が不完全で生きていたとしたら、そこにさらに風が吹いて、木っ端微塵に刻まれる」
「不完全に破裂……木っ端微塵……」
理解できない……したくない状況に、セラムの言葉を繰り返すことしかできなかった。
「セラムちゃん。大事なことを忘れてるよ。精霊界の気温は、人間界で言うと、夏の昼間が2,000℃くらい、冬の明け方はマイナス1,500℃くらいになるんだよ。今はちょうど初夏だから、一番過ごしやすくてプラスの500℃くらいなんだけど」
「過ごし、やすい……?」
「人間にとっては暑いんでしょ? だから私たちの魔力で護ってるんだよ」
「暑いってレベルじゃないぞ⁉ 普通に人間は死ぬって……」
「でも、ジードくんは大丈夫だよ! 私たちが一緒にいるからね!」
その言葉、その笑顔が、何より嬉しかった。
だからこそ、聞かずにはいられなかった。
「どうして、ふたりは俺に良くしてくれるんだ?」
「え? さっき言わなかったっけ? ジードくんはすごく大切な人だって。私たちのことを理解してくれるんだって」
「あぁ。それは聞いた。ただ、精霊の中には、やっぱり俺を――人間を嫌ってるひともいるだろ」
「確かにねー。そこは個人の性格もあるかな。私は、ジードくんが命懸けで精霊のために頑張ってくれたことがすごく嬉しかったから、今度は私がジードくんのために頑張りたいって思ってるの。何て言うか、お返し、みたいな? なはは」
エレナは真っ赤な顔を俯かせて、照れ隠しするように笑うと、
「セ、セラムはどうなの?」
と慌てたようにセラムに振った。
「私は、ジードに一目惚れしたから」
「「……はぁ?」」
俺とエレナの声が重なっていた。
というか、なぜかエレナの声は、俺の声より低くてドスが効いていた。
「正確には、一目見る前から惚れていた。ジードの性格が好き。だからジードに良くしてる。ジードのことが好きで、ジードにも私を好きになってほしいから」
まっすぐ、俺を見つめてくるセラム。
「それは、えぇと、ありがとう」
照れと驚きで、言葉が出てこなかった。
セラムは、思ったことを正直に言ってくる性格なのか。
そのときの俺はそう思った。
そんな単純な性格じゃないことは、すぐに解るんだけど。
「はいはいっ! 私もジードくんが好きだよ! だからこうして良くしてるよ!」
エレナが張り合うように言ってきた。……なんかそういう競争でもしてるのか?
「つまり、エレナの愛は打算的」
「違うよ⁉ 純愛だよ! 初恋だよ! 心からジードくんのことを愛してるよ!」
そんなことを大声で力強く断言してくるエレナ。
そんなことを言われると、嬉しいし恥ずかしいし、どうしていいか解らなくなる。
エレナはとても明るくて、そして、からかうと可愛さがすごく増すな、と思った。
このとき抱いた感想は、まったく間違っていなかった。
エレナはそんな単純な性格なのだ。そしてそれがいい。
「それじゃあ行こうか、ジードくん」
いつの間にか、ふたりの話は終わっていた。
「ジード。私たちと一緒に」
エレナとセラムが、俺の手を取りながら誘導するように先へ進む。
《風》も、《土》も、《水》も《火》も、人間界とはまったく違う。
すべての自然が、人間である俺に猛威を振るう。
でも、エレナとセラムが一緒に居ることで、何も問題なかったんだ。
ふたりが、ずっと、一緒に居てくれたから。
嘘も隠し事もなく、いつでもどこでも何度でも、思い切り自分の気持ちを伝えてきてくれるエレナ。
嘘も隠し事も上手く、言葉と表情では何を考えているのか解らない、だけどその分、行動で気持ちを伝えてきてくれるセラム。
このふたりが居てくれたから、俺はあの精霊界でも生きていけた。
他にも仲良くなった精霊たちはたくさん居るけれど、最初に出会えたのがこのふたりで、そして今も隣に居てくれるのがこのふたりで、本当に良かった。
666年前、俺が精霊界に来たときは、正直言って歓迎をされたわけじゃなかったから。
それこそ今回みたいに、俺が住む場所は辺鄙な場所にしかなかったんだから。
俺が精霊界に来たことを、エレナとセラムはすごく喜んでくれた。
精霊界を取り仕切る精霊王イルミテも、まるで息子との再会のように喜んでくれた。
ただ、人間を憎んでいる精霊も少なくなかった。
無理もない。
根源誓約と、それに基づく召喚は、精霊たちに恐怖の日々を与え続けていたんだから。
いつ人間界に呼ばれるか解らない。
もし呼ばれて拒否しようものなら、約束違反で死ぬ。
もし呼ばれるまま人間界に行ったら、魔力を搾取されまくって、死ぬ。
拒否しようが応じようが、呼ばれた時点で自分の生涯が終わる。
そんな生活を、召喚の儀式が確立してから一七年間、ずっと続けてきたのだから。
こうしてポッと来た人間を簡単に許せるとは思えない。
それでも。
エレナとセラムは、俺を歓迎してくれた。
危険を冒して、《扉》のところまで迎えに来てくれた。
それがどれだけ大変なことか、俺には想像もできない。
精霊界での生活が始まってからも、エレナとセラムは、俺が暮らすことになる辺鄙な場所まで一緒に来てくれた。
ふたりで俺の手を握りながら。
ふたりで俺を引っ張って、前に進んでいってくれたんだ。
だから、今は。
この人間界で、俺がふたりを引っ張っていかないとな。
次話の投稿は、明日の2月7日、18時30分を予定しています。




