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今日が楽しかったから

第40話です。

 その日の放課後。

 寮への帰り道。


 俺は、エレナとセラムに両腕をがっしり掴まれたまま、窮屈な感じで歩いていた。

 こんな姿をネイピアに見られたら、また怒られることになるんだろう。

 そんなことを思いながらも、俺もエレナもセラムもくっ付いたまま。


 こうして歩くことの幸せと、ネイピアに怒られる不利益とを比べたら、こうして歩き続ける幸せをとるに決まってる。

 ……なんてことをネイピアに言ったら怒られるだろうけど。


 結局、今日は魔法の特訓なんてそっちのけで、恋愛話ばかりになってしまった。

 それでも……

 エレナとセラムが、人間と一緒になって恋の話で盛り上がるなんて、これまで想像もできなかったようなことを実現していた。

 精霊も、人間も、心は一緒なんだ。

 そう思わずには居られなかった。


「それにしても――」

と、俺は今日のことを思い出しながら話を振った。

「ふたりとも、やけにネイピアを敵視してないか? 一応は協力関係なんだけどなぁ」

 俺は苦笑を浮かべながら仲裁を試みる。

 ネイピアと一緒に魔法の練習をするたびに、精霊の魔眼を喰らい続けていたら、さすがの俺もたまったもんじゃない。


「だって敵だし」

 エレナがツンと口を尖らせながら言った。

「敵って……そりゃあ、最初は俺たちを攻撃してきたりしたけどさぁ……」

「そうじゃなくて――」

 エレナは不満げに言った。

「私たちは精霊。あの子は、ジードくんと同じ人間。それだけで、ネイピアちゃんは私たちよりずっとずっと先に進んでるんだから……」


 ……あぁ。なるほど、そういうことか。

 嫉妬……と言うこともできるだろうけど、事情はもっと複雑だ。

 エレナが不安に思っているのは、『人間』か『精霊』か、その『種族の壁』についてだ。


 といのも、エレナもセラムも、心のどこかで、『人間のジードを、別世界である精霊界に連れ込んでしまった』という引け目を感じているみたいなのだ。

 だから、『ジードは人間と一緒の方が幸せになれるんじゃないか』とか、『自分たち精霊よりも相応しい相手がいるんじゃないか』とか、不安に思ってしまっている。


 ここに「愛さえあれば乗り越えられる」なんていう言葉をかけるのは簡単だ。

 だけど、それを言ったところで不安が解消しきれるかと言ったら、そういうわけじゃない。


 どう足掻いても俺は人間で、エレナやセラムは精霊なんだ。

 そこが覆せない限り、彼女の不安は根本的には解消されない……


 だから、覆してしまえばいい。


「俺たちには、人間界に来た『裏の理由』があるじゃないか。人間と精霊との間に生まれた子供が居たかもしれない……今も居るかもしれないって。それを調べるんだ」


 実は、精霊界の長い歴史を調べていた中で、俺たちはその可能性を見つけていた。

 というのも、どう考えても普通の人間としか思えないような男が、過去、精霊界で生活していたという記録があったのだ。

 そして、その男には子孫があり、しばらく精霊界で生活していたとも。

 つまり、精霊と人間との間に生まれた、子孫が居たということだ。

 それこそ、人間と精霊との種族の壁を越えた存在。

 エレナやセラムや、もちろん俺にとっても希望となるような存在なんだ。


 ただ、それはあくまで可能性でしかなくて、もしかしたら作り話の夢物語かもしれないけど。

 その可能性を、追い求めたいと思ったんだ。

 ……まぁ正直、666年以上生きてる俺も、改めて「お前は人間なのか?」って言われると何かちょっと違う気もするんだけど。それはまた別の話だ。


「俺たちには、まず精霊界の平和を護るっていう目的がある。そして、その目的を達成できたら、今度は俺たち自身の幸せを求めていくって決めたじゃないか。それまでは、その、いろいろ我慢することになるけどさ」

 俺たちは、そう約束して人間界に来ていた。

 精霊界を幸せにして、そして、俺たち夫婦の幸せも手に入れるんだって。


「そうだよね。うん、解ったよジードくん!」

 エレナが照れたように笑って、

「それが、私たちの『夜の根源誓約』だもんね」

「言い方ぁ⁉」

「ジードの真の力……『霊装ジード』は、とっておき」

「セラムお前もかっ⁉」


 ふたりに突っ込みを入れていくと、誰からともなく笑っていた。

 そして、満面の笑顔でエレナが言う。

「精霊界と人間界、どっちも幸せになるために、昼と夜、どっちの根源誓約も改善していかないとね!」

「それはそうだけどさぁ!」

 まぁ、言葉選びはおかしいけれど、言っていること自体は大賛成だ。


「よし。ジードくんも解ってくれたところで、まずは人間界の泥棒猫を退治しないと!」

「話が振り出しに戻ってる⁉」

 俺は頭を押さえながら、

「解ってると思うが、ネイピアの結界は帝都にとっても大事なものだ。それを壊すような真似はできないっての」

「わ、解ってるよー。さすがに私たちも、本気で言ってるわけじゃないし」

 と、エレナが視線を逸らしながら言ってきた。……うーん、6割冗談ってところか。

 長年の付き合いから、そう察した。


 一方のセラムは……

「結界を維持しつつ、あの泥棒猫を退治すれば問題ない」

「問題ありまくりなんだよなぁ!」

 セラムの無表情の顔。それでも長年の付き合いで、冗談か本気かはだいたい解る。

 ……9割本気だ。


 俺は慌てて弁明する。

「あのなぁ、そもそも俺にとっては、人間の女性はみんなはるか年下なんだよ。だから、俺はネイピアのことも、そういう目でしか見てないっての」

「ジードは重度のロリコンだった」

「いや『そういう目』では見てねぇよ⁉」


 賑やかな帰り道。

 俺の両手には、大好きなひとたち。

 こんな幸せな時間が、ずっと続けばいい。


 そう、思っていたのに……。

 そんな時間は、すぐに終わってしまった。


「……貴方たち」

 引き攣ったような笑みを浮かべた、ネイピアの登場によって。



 それから俺たちは、その場に並んで正座をさせられた上に、反省文の提出を命じられた。

 恥ずかしい。酷い。こんな苦痛な時間はさっさと終わってほしい。

 そう、思っていたのに……。

 どういうわけか、これも何だか楽しいんだ。


 一緒に笑って、一緒にバカをやって、そして一緒に怒られて……その全てが楽しい。

 だから、ついつい繰り返してやってしまう。ネイピアには申し訳ないけど。

 イタズラばかりする子供みたいな心境だ。これが学生気分って言うんだろうか。

 それこそ、前にエレナやセラムが言っていたように、666年前には送れなかった青春の日々を取り戻しているみたいに。


 そんな楽しい時間――

 だけど、なぜか、寂しくもある。

 ……根源誓約を破棄したら、こんな光景、二度と見られなくなるんだろうな。

 つい、そんなことを考えてしまう。


 人間界と精霊界とを、完全に遮断するために、俺たちはここに来ている。

 だからこれは、今だけ許されている時間――歪んだ猶予期間(モラトリアム)だ。

 だけど、だからといって、根源誓約をこのまま残すことなんて考えられない。

 根源誓約は、悪用されてしまえば、一方的に精霊を害することになってしまうのだから。


 ……でも。

 だったら、悪用しそうな連中を全員倒してしまえばいいんじゃないか?

 そうしたら、今みたいに、人間と精霊が仲良く居続けられる。

 これからも、ずっと。


 そんな夢物語を、見ていた。

次話の投稿は、本日の19時30分を予定しています。

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