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賢帝絶対主義の、腐った歪み

第38話です。

「凄いじゃないか、ネイピア。初めてでここまでやれるとは思わなかったぞ」

 俺はネイピアに向き直って、正直な感想を伝えた。

「……そうね。まさか、こんなに周囲をボロボロにしてしまうなんて思わなかったわ」

 ネイピアは不機嫌そうに言い捨てると、さらに物憂げに視線を落とした。

「――それに、今の私は、まだ《風》との関係を築けていない。そんな状態で使った魔法を褒められたって、少しも嬉しくないわ」

「……そっか」


 俺は、さっきのエレナの言葉を思い出していた。

 優しい子。

 そして彼女は、向上心の塊なんだ。

 ついつい応援したくなるほどに。


 するとそのとき、周囲が一気にワッと沸いた。

「す、すげぇ⁉ 今のが本当に『風刃(シャルフィン)』なのかよ⁉」

「なんかよく解んねぇけど、ミスリルを圧縮したのを軽く切ってたよな⁉」

「つーか、ミスリスを圧縮って、どういうことだよ? 青服は『超ミスリル級』なのか⁉」


 さっきまで俺たちを侮辱していた男子生徒たちが、興奮気味に叫んでいた。

 そして女子生徒たちは、

「きゃー! ネイピアさん素敵っ!」

「私をあなたの《糸》で縛ってくださいーっ!」

 いろんな意味で盛り上がっていた。


 だがそのとき――

「ははっ。さすがにトリックに決まってるさ」

 一人の男子生徒が、聞こえよがしに笑った。


 ナックだ。

 ちょうど演習授業に向かうついでに教室に寄って、解凍してあげていたのだが。

 ずっと《氷》の中にいたくせに、まったく頭は冷えていないようだった。


「ネイピアは昨日、ご自慢の結界が作動しなくて、部外者に生徒会室まで侵入されちまったからな。それが悔しくて、こうして俺らの前で『芝居』を打ったんだろ。どうせあの舞台も、張りぼてで作っていた物を潰して切り刻んだだけで……うぐっ⁉」


 ナックの声が詰まった。束縛魔法の《糸》で縛られている。

「あら、ナックってば、相変わらず『芝居』が上手ね。さすが、媚びを売るだけでコルニスの従者になった一族なだけはあるわ――」

 ネイピアが笑う。

「――ほら、そんなに苦しそうな芝居なんてしてないで、早く破ってみせたらどう?」


「ぐっ! この、ふざけるな! 俺にこんなことして、コルニス様が黙っちゃいないぞ!」

 ナックは泡を吹くほどに叫んでいた。

 この状況でもコルニスの威を借りている。

 だけど、『威』も実力も、ネイピアの方が圧倒的に高いんだけどなぁ。

「ぐっ……く、くそっ⁉ 力が…………。誰か、俺を助けろっ! 早くしろよ!」

 ナックが怒鳴り散らすが、ネイピアは聞こえなかったかのように背を向けて去って行く。

 入れ替わるように、ナックの周りに生徒や教官まで集まっていく。男ばかりの、『コルニス派』の連中だ。


 逆に、女子生徒たちはナックに目もくれず、ネイピアの周りに集まっていた。

 コルニスの筆頭従者であるナック。それを懸命に助けようとする、男子生徒や教官たち。 

 皇帝の血を持つ男たちは、コルニスを支持している……というかコルニスに媚を売っているわけだ。

 一方、女子生徒たちはネイピアを支持している……というか、彼女たちの言動とかを見ていると、憧れている子も多いんだろう。


「くそがっ! 早く切れよ! 俺を助ければコルニス様に名前を売るチャンスだぞ!」

 ナックが苛立たしげに、だけど偉そうなまま叫んでいる。

 なんだかなぁ……。

 666年経って、魔法のレベルというより知能レベルが下がってるのか?


 ……というよりは、特権階級意識が強すぎるんだ。

 異常なほどに、皇族の地位もプライドも高い。

 賢帝……賢者学園……色付きの制服……そして聖霊大祭。

 あらゆる制度が、特権階級の権威を維持するためのものになってしまっている。


 まさに、賢帝絶対主義――『賢帝の血族にあらずば人にあらず』というわけか。

 666年前に、マクガシェルの都合のいいように歴史を書き換えられたことで、こんな未来が作り出されてしまったんだ。

 こんな状況だと、もしこいつらに「魔法の呪文は命令形にすべきじゃない」と教えたところで、素直に従ってはくれないだろう。


 そもそも魔法は、言葉をどう取り繕っても、心の中の感情に従って発動するモノだ。

 表向きは丁寧な言葉遣いをしたところで、内心で自然を支配するつもりだったら、結局それは強制的な力になってしまい、自然の力を発揮できなくなるのだから。


「……ど、どうしたんだ、お前ら?」

 ふと、ナックの声が急に弱々しくなっていた。

 見ると、ナックを取り囲んでいた生徒たちが、あからさまに、彼から目を逸らしていた。

 ナックは縛られたままだ。結局、このクラスの男子生徒には……教官も含めて、ネイピアの《糸》を断ち切れる奴はいなかったようだった。

 それはそうと、雰囲気がおかしい。


「お前ら、俺を見捨てるのか⁉ コルニス様の筆頭従者である俺を!」

「……いつまで筆頭で居られるんだろうな?」

 一人の男が呟いて、周囲からクスクスと笑い声が漏れた。

 嫌な空気だ。

 特に、そう呟いた奴が教官だというのが、最悪だ。


「な、なんだその態度は⁉ 俺が筆頭なんだぞ! 俺がコルニス様に話したらどうなるか解ってないのか⁉」

 ナックが泣きそうな声を絞り出して叫んでいた。

 それへの返答は、冷徹に。

「解ってるさ。お前以外のみんなはな」

「……は?」

「みんなお前にうんざりしてるんだよ。弱いくせに、ただ媚びを売るのが上手いからって、コルニス様の近くに居て」

「……な、何を……俺を侮辱するなら、コルニス様に……」

「他でもない、コルニス様もうんざりしてんだよ。家同士の古い付き合いだからって面倒を見たものの、弱い奴がイキっていて迷惑だってな」

「…………」


 生徒や教官が、一斉にナックを罵倒していた。

 ナックは何も言い返せないまま、ただ茫然と、中空を見つめていた。


 やがて、男子生徒も教官も、ナックを無視するように演習を再開した。

 ナックは、その場にへたりこんだまま、動かない。

 既にナックを縛り付けていた《糸》は、解除されているのに。

 ふと、ナックの消え入りそうな囁きが聞こえてきた。

「俺だって、コルニスなんかに媚びを売り続ける人生なんて嫌だ……でも、俺の家は代々そうやって生きてきた。賢帝の血を引く家系として、落ちぶれるわけにはいかなかった。……もう、有力な家に寄生するしか生きる方法がなかったんだよ……」

 赤色の制服に涙が落ち、その部分の色をいっそう濃くしていた。


 魔法の実力と、賢帝の血の濃さとは、全く関係が無いのに。

 マクガシェルの血なんて、何の意味も無いのに。


 なのに、『賢帝マクガシェル』という存在が、666年経った今も帝国を支配している。

『賢帝絶対主義』という、社会の歪みとなって。


 ふと、ネイピアの《風》が、俺の耳をくすぐった。

「……これが、私の壊したい世界よ」


 その、どこか寂しそうな声に、俺は答えずには居られなかった。

「俺たちにも、協力させてくれ」


 きっと俺たちは、今、同じ想いを抱いているから。

 これ以上、マクガシェルの被害者を出さないために。

 この学園の──この世界の、腐った秩序を壊すんだ。

次話の投稿は、本日の20時30分を予定しています。

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