表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/122

ジードの教えを実践すると

第37話です。


 学園のグラウンドに、直径10mほどの舞台がいくつも並んでいる。

 どれも、ネイピアが造り上げた強化ミスリル製の舞台なのだとか。


 本来なら、ここも地下闘技場同様、学園随一の《土》魔法士が改修をする予定だったのだが、彼は仕事をサボったため、ネイピアが代わりに造ってあげたらしい。

 結果として、以前よりも丈夫になって、『ミスリル級』魔法士が暴れても傷すらつかない、と評判なのだとか。


「それじゃあ、二人組を作って、魔法演習を開始してくれ」

 教官の声を合図に、多くの女生徒がネイピアと組もうと向かっていく。

 だが、ネイピアはそれを無視して、俺の手を掴んできた。

「さて、約束通り、私とペアを組んでもらうわよ」

「了解」

 俺はネイピアに引っ張られるように、空いたスペースに向かった。


「やっぱり、青服は生徒会長のお気に入りなんだなぁ」

「ああやって協力して、コルニス様を貶めたってことか」


 背後から、男子生徒たちの侮辱と、刺すような視線が向けられてきた。

 そして横からは、エレナとセラムの視線が、風と氷の針となって物理的にも刺さってきていた。

 ……いやぁ、こんなに注目されて、人気者だなぁ。

 俺は苦笑しながら舞台へ向かう。

 自然と、その舞台を取り囲むように生徒たちも教官も集まっていた。

 まぁ、見られて困るものでもない。


「さて、じゃあ俺はどうしたらいい?」

「そうね。魔法を撃つのに良い的が欲しいから、何か的になるような物を持ってないかしら? それとも、貴方が的になってくれないかしら?」

「……良い的を用意するよ」

 俺は呆れたように苦笑しながら、

「ちょっと離れてくれ。この強化ミスリルの舞台を借りたいんだ」

「どうぞ。好きにしてちょうだい」

 ネイピアは即答して、「何をしてくれるのか、楽しみだわ」と目を輝かせていた。

 その期待の視線を受けながら、俺はエレナを傍に呼んだ。


「エレナ、よろしくな」

「はいよー」

 エレナは元気に返事をしながら、《風》を巻き起こす。

 ゴウゥッ! と強風が吹き荒れた、その次の瞬間――

 強化ミスリルの舞台が、その場から消えた。

 綺麗に切り取られたように、まっさらな地面だけがそこにある。


「……は?」「……ん?」「え……。消え、た?」

 周囲の生徒たちが辺りを見渡しながら、困惑の声を漏らしている。

 本当に一瞬の出来事だったから、ほとんど見えてなかったらしい。

 それでも、ネイピアだけは見えていたらしく、ジッと俺の方を――俺の手を見つめていた。

 例によって、あの子供みたいにキラキラした目で。


 強化ミスリルの舞台は、今、俺の手のひらに乗っている。

 エレナの精霊魔法によって、小さく小さく圧縮したんだ。


 直径10mが30㎝に。高さ1mが10㎝に。

 そして重さはそのままの、高濃度の強化ミスリルだ。


 以前、コルニスは再生のために高濃度ミスリルを作り上げていたが、ここで俺たちが作ったのは強度に特化したモノだ。

 体積比から単純計算して、ざっと、通常のミスリルの10,000倍くらいの強度になっている――これは精霊界でも三番目に硬い『アダマンティウム』と同等だ。


 俺はエレナを労ってから、ネイピアに声を掛けた。

「こいつを的にしてくれ。俺たち特製の、高濃度圧縮ミスリルだ」

 するとネイピアは、不敵な笑みを見せてきて、


「ふふ。やってやろうじゃないの。……私の渾身の強化ミスリルを、まるでパンくずのように握り潰してくれちゃって。……見てなさいよ」


 ……あ。

 ネイピアのプライドを傷つけちゃったみたいだ。

「ネ、ネイピア。心を落ち着けてな? 高圧的になったらダメだぞ?」

「……そうだったわね。契約、を意識するのよね」

「ああ、そうだぞ――」

 少し落ち着いてくれたみたいで、思わず安堵する。

「いっそ、言葉を掛ける必要なんてない。自然から力を借りるために、まず自分の魔力を提供するといい。もしかしたら、相手からは思ったような見返りはもらえないかもしれない。それでも、多めの魔力をプレゼントする気持ちで魔力回路を開いてみるんだ」

「魔力を……プレゼント……」

「ああ。魔法には属性があるだろ? そして『一人一属性の原則』がある。あれは、人間の魔力と自然との相性を表しているわけだが、要するに、プレゼントする魔力の性質によって、それを欲しがる属性が変わるってことだ。そしてネイピアの魔力は、《風》にとって好物なんだ」


「……私の魔力を、《風》に与える……」

 ネイピアが呟いた瞬間、ネイピアの纏っている魔力の量が目に見えて増幅した。

 すると、エレナが俺にだけ聞こえるように呟いてきた。

「《風》の声が聞こえる。……ネイピアちゃん、すごく優しい子だよ――」

 だろうな。それは《風》の反応を見れば良く解る。

「――これまで高圧的だったこと、ちゃんと謝ってる。そうやってけじめを付けてから、魔法を使おうとしてる。……なんだか、私も応援したくなっちゃった」

「お、おい。それじゃあアイツの練習にならない……」

「解ってるってばー。ネイピアちゃんが頑張ってるんだもん。その邪魔はしないよ」


 そんな《風》の会話をしていると、ふと、ネイピアの前に巨大な魔法陣が展開された。

 途端、強烈な風が吹き荒れて、まるでネイピアを守るかのように周囲で渦巻いた。

 ネイピアの想いに、《風》が応えてくれたんだ。

 周囲から困惑した声が上がる。


「え、呪文も無しに魔法がっ⁉」

「い、いや。心の中で命令してるに決まってるだろ!」

「さすがネイピア様ね!」

「……ネイピア様、愛してますわ」


 ……ん?

 逆に俺が困惑するような声も上がっていたが、ひとまずネイピアの魔法に集中する。

「ネイピア。魔力回路を介して、自然からの返事がある。それは言葉になっているはずだ。その言葉を唱えてみろ」

「え? ……いいえ。聞こえないわ」

「いや、そんなことは……あ! 触媒だ。ネイピアはいつも髪の毛を使ってるだろ。それも大事なプレゼントってことだ。いつもあげているプレゼントを、今回だけあげないわけにはいかないからな」

「なるほど」

 ネイピアが頷き、慣れた手つきで髪の毛を抜く。それが魔力と絡み合って、すぐに金色に輝く⦅糸⦆を編み上げていた。

 すると、その⦅糸⦆が風に乗ってネイピアの周囲をくるくると囲んだ。

 ハッと顔を上げるネイピア。


「聞こえた! ……これは、『風刃(シャルフィン)』⁉」


 ネイピアが、魔法の名前を口にした。

 それは、先日ルーエルが使っていた《風》魔法と同じ……だが根本的に違うモノ。

 ネイピアの周囲で渦巻いていた風が《糸》と混じり合い、暴風を巻き起こして周囲の地面を切り刻みながら抉っていく。


「きゃあっ⁉」「うあぁっ⁉」

 見学していた生徒や教員が、突風に吹っ飛ばされそうになっていた。

 不慣れな方法で魔法を撃ったせいだろう。ネイピアの魔力の一部が、意図しない部分の魔力回路にまで作用してしまったんだ。

 このままだと地上に居る奴が危ない。

 俺は咄嗟に圧縮ミスリルを空に放り投げた。

 そこをすかさずネイピアが狙い、《風》を放つ。

 次の瞬間――

 スパパンッ!

 ――小気味良い音を立てながら、圧縮ミスリルが微塵切りになっていた。


 圧縮ミスリルの欠片が落ちてくる……ズンッと地面を貫くかのように、深くめりこんだ。

 あの圧縮ミスリルは、小さくなったが重さはそのまま。全体で重さ20tは下らない。

微塵にされたとはいえ、その欠片が空から降ってくるんだから、そりゃこうなるわ!

「ひぃっ⁉」「いやぁっ⁉」

 地上の生徒たちは阿鼻叫喚。

 俺は急いでエレナと協力して、《風》の屋根を作って欠片を全部受け止めた。

 そして、そっと地面に下ろしていった。


「いやぁ悪い悪い。怪我はないか?」

 そう周囲の生徒らに聞いてみたけど、返事は無い。

 みんな理解が追い付いていないようで、唖然としたまま固まっていたり、まだ逃げ惑っていたりしていた。

 落ち着くまでには時間が掛かりそうだ。

次話の投稿は、本日の19時30分を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ