ジードの教えを実践すると
第37話です。
七
学園のグラウンドに、直径10mほどの舞台がいくつも並んでいる。
どれも、ネイピアが造り上げた強化ミスリル製の舞台なのだとか。
本来なら、ここも地下闘技場同様、学園随一の《土》魔法士が改修をする予定だったのだが、彼は仕事をサボったため、ネイピアが代わりに造ってあげたらしい。
結果として、以前よりも丈夫になって、『ミスリル級』魔法士が暴れても傷すらつかない、と評判なのだとか。
「それじゃあ、二人組を作って、魔法演習を開始してくれ」
教官の声を合図に、多くの女生徒がネイピアと組もうと向かっていく。
だが、ネイピアはそれを無視して、俺の手を掴んできた。
「さて、約束通り、私とペアを組んでもらうわよ」
「了解」
俺はネイピアに引っ張られるように、空いたスペースに向かった。
「やっぱり、青服は生徒会長のお気に入りなんだなぁ」
「ああやって協力して、コルニス様を貶めたってことか」
背後から、男子生徒たちの侮辱と、刺すような視線が向けられてきた。
そして横からは、エレナとセラムの視線が、風と氷の針となって物理的にも刺さってきていた。
……いやぁ、こんなに注目されて、人気者だなぁ。
俺は苦笑しながら舞台へ向かう。
自然と、その舞台を取り囲むように生徒たちも教官も集まっていた。
まぁ、見られて困るものでもない。
「さて、じゃあ俺はどうしたらいい?」
「そうね。魔法を撃つのに良い的が欲しいから、何か的になるような物を持ってないかしら? それとも、貴方が的になってくれないかしら?」
「……良い的を用意するよ」
俺は呆れたように苦笑しながら、
「ちょっと離れてくれ。この強化ミスリルの舞台を借りたいんだ」
「どうぞ。好きにしてちょうだい」
ネイピアは即答して、「何をしてくれるのか、楽しみだわ」と目を輝かせていた。
その期待の視線を受けながら、俺はエレナを傍に呼んだ。
「エレナ、よろしくな」
「はいよー」
エレナは元気に返事をしながら、《風》を巻き起こす。
ゴウゥッ! と強風が吹き荒れた、その次の瞬間――
強化ミスリルの舞台が、その場から消えた。
綺麗に切り取られたように、まっさらな地面だけがそこにある。
「……は?」「……ん?」「え……。消え、た?」
周囲の生徒たちが辺りを見渡しながら、困惑の声を漏らしている。
本当に一瞬の出来事だったから、ほとんど見えてなかったらしい。
それでも、ネイピアだけは見えていたらしく、ジッと俺の方を――俺の手を見つめていた。
例によって、あの子供みたいにキラキラした目で。
強化ミスリルの舞台は、今、俺の手のひらに乗っている。
エレナの精霊魔法によって、小さく小さく圧縮したんだ。
直径10mが30㎝に。高さ1mが10㎝に。
そして重さはそのままの、高濃度の強化ミスリルだ。
以前、コルニスは再生のために高濃度ミスリルを作り上げていたが、ここで俺たちが作ったのは強度に特化したモノだ。
体積比から単純計算して、ざっと、通常のミスリルの10,000倍くらいの強度になっている――これは精霊界でも三番目に硬い『アダマンティウム』と同等だ。
俺はエレナを労ってから、ネイピアに声を掛けた。
「こいつを的にしてくれ。俺たち特製の、高濃度圧縮ミスリルだ」
するとネイピアは、不敵な笑みを見せてきて、
「ふふ。やってやろうじゃないの。……私の渾身の強化ミスリルを、まるでパンくずのように握り潰してくれちゃって。……見てなさいよ」
……あ。
ネイピアのプライドを傷つけちゃったみたいだ。
「ネ、ネイピア。心を落ち着けてな? 高圧的になったらダメだぞ?」
「……そうだったわね。契約、を意識するのよね」
「ああ、そうだぞ――」
少し落ち着いてくれたみたいで、思わず安堵する。
「いっそ、言葉を掛ける必要なんてない。自然から力を借りるために、まず自分の魔力を提供するといい。もしかしたら、相手からは思ったような見返りはもらえないかもしれない。それでも、多めの魔力をプレゼントする気持ちで魔力回路を開いてみるんだ」
「魔力を……プレゼント……」
「ああ。魔法には属性があるだろ? そして『一人一属性の原則』がある。あれは、人間の魔力と自然との相性を表しているわけだが、要するに、プレゼントする魔力の性質によって、それを欲しがる属性が変わるってことだ。そしてネイピアの魔力は、《風》にとって好物なんだ」
「……私の魔力を、《風》に与える……」
ネイピアが呟いた瞬間、ネイピアの纏っている魔力の量が目に見えて増幅した。
すると、エレナが俺にだけ聞こえるように呟いてきた。
「《風》の声が聞こえる。……ネイピアちゃん、すごく優しい子だよ――」
だろうな。それは《風》の反応を見れば良く解る。
「――これまで高圧的だったこと、ちゃんと謝ってる。そうやってけじめを付けてから、魔法を使おうとしてる。……なんだか、私も応援したくなっちゃった」
「お、おい。それじゃあアイツの練習にならない……」
「解ってるってばー。ネイピアちゃんが頑張ってるんだもん。その邪魔はしないよ」
そんな《風》の会話をしていると、ふと、ネイピアの前に巨大な魔法陣が展開された。
途端、強烈な風が吹き荒れて、まるでネイピアを守るかのように周囲で渦巻いた。
ネイピアの想いに、《風》が応えてくれたんだ。
周囲から困惑した声が上がる。
「え、呪文も無しに魔法がっ⁉」
「い、いや。心の中で命令してるに決まってるだろ!」
「さすがネイピア様ね!」
「……ネイピア様、愛してますわ」
……ん?
逆に俺が困惑するような声も上がっていたが、ひとまずネイピアの魔法に集中する。
「ネイピア。魔力回路を介して、自然からの返事がある。それは言葉になっているはずだ。その言葉を唱えてみろ」
「え? ……いいえ。聞こえないわ」
「いや、そんなことは……あ! 触媒だ。ネイピアはいつも髪の毛を使ってるだろ。それも大事なプレゼントってことだ。いつもあげているプレゼントを、今回だけあげないわけにはいかないからな」
「なるほど」
ネイピアが頷き、慣れた手つきで髪の毛を抜く。それが魔力と絡み合って、すぐに金色に輝く⦅糸⦆を編み上げていた。
すると、その⦅糸⦆が風に乗ってネイピアの周囲をくるくると囲んだ。
ハッと顔を上げるネイピア。
「聞こえた! ……これは、『風刃』⁉」
ネイピアが、魔法の名前を口にした。
それは、先日ルーエルが使っていた《風》魔法と同じ……だが根本的に違うモノ。
ネイピアの周囲で渦巻いていた風が《糸》と混じり合い、暴風を巻き起こして周囲の地面を切り刻みながら抉っていく。
「きゃあっ⁉」「うあぁっ⁉」
見学していた生徒や教員が、突風に吹っ飛ばされそうになっていた。
不慣れな方法で魔法を撃ったせいだろう。ネイピアの魔力の一部が、意図しない部分の魔力回路にまで作用してしまったんだ。
このままだと地上に居る奴が危ない。
俺は咄嗟に圧縮ミスリルを空に放り投げた。
そこをすかさずネイピアが狙い、《風》を放つ。
次の瞬間――
スパパンッ!
――小気味良い音を立てながら、圧縮ミスリルが微塵切りになっていた。
圧縮ミスリルの欠片が落ちてくる……ズンッと地面を貫くかのように、深くめりこんだ。
あの圧縮ミスリルは、小さくなったが重さはそのまま。全体で重さ20tは下らない。
微塵にされたとはいえ、その欠片が空から降ってくるんだから、そりゃこうなるわ!
「ひぃっ⁉」「いやぁっ⁉」
地上の生徒たちは阿鼻叫喚。
俺は急いでエレナと協力して、《風》の屋根を作って欠片を全部受け止めた。
そして、そっと地面に下ろしていった。
「いやぁ悪い悪い。怪我はないか?」
そう周囲の生徒らに聞いてみたけど、返事は無い。
みんな理解が追い付いていないようで、唖然としたまま固まっていたり、まだ逃げ惑っていたりしていた。
落ち着くまでには時間が掛かりそうだ。
次話の投稿は、本日の19時30分を予定しています。




