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人間界の魔法の誤解

第36話です。

 ほどなくして。

 あまり時間を無駄にするのもよくないから、強引に立ち直ったように見せて、話を進める。


「それじゃあ、他に何か質問はあるか?」

「そうねぇ……。正直なところ、これほど強そうな呪文がただの妄想だったことに、ショックを受けているわ」

「ぐっ……その話は」

 と静止しようとしたとき、セラムが話に入ってきた。


「この呪文は、とても気持ち悪い」


 するとエレナも、

「うん。聞いてるだけで吐きそうだもん……うぅ」


「うぐっ」

 躊躇なく俺の傷が抉られていく。

 みんなで俺をいじめて楽しいか?

 思わず泣きそうな顔になってふたりを見る。


 すると、ふたりはとても真剣な瞳で、俺の黒歴史ノートを見つめていた。

「ジード、協力関係を作るのなら、ちゃんと教えるべき。この呪文は気持ち悪いと」

「え?」

「ジードくん、こんなモノを『かっこいい呪文』だなんて思ってたのはすごく恥ずかしいだろうけど、ちゃんと過去と向き合って。そうすればジードくんも気付くはずだよ?」


「…………」

 あんまりすぎる言いぶりじゃないか。そこまでバカにする必要、あるか?

 お陰で一気に冷めた感じになって、改めて『俺の考えた最強の呪文』を見つめていた。

 すると、すぐに気付いた。


「あぁ。この呪文は失敗作だ。『命令形』で書かれているからな。もし魔法が発動したとしても、これだけでかなりの魔力を無駄に使ってることになる」

「……え? ちょっと待って。呪文は、命令形で使う方が強いはずでしょう?」

 ネイピアがひどく困惑していた。

 そう言われて思い返してみれば、ルーエルやウーリルも、そしてコルニスたちも、みんな命令形の呪文を唱えていた。

 ネイピアの詠唱は聞いたことがないけれど、この反応からして命令形なんだろう。


「じゃあネイピア。そもそも、呪文を命令形で構成する理由は何だと言われている?」

「それは『魔法支配論』の基礎知識ね。人間の魔力を使って自然の摂理を支配し、捻じ曲げるためには、術者の意思と力を強烈に誇示して圧倒しなければならない、と」

「あぁ。666年以上前から……いっそ神話の時代から、呪文はそうすべきだと考えられていた。実際、マクガシェルなんかも、命令形の呪文で強力な魔法を放っていたからな」


「それに、一時期は『魔法は対等な契約である』とする『魔法契約論』や、『魔法を使わせてもらうために自然を礼讚すべき』という『魔法称賛論』なども提唱されていたけど、いずれも実戦において命令形の魔法が打ち破っているはずよ」

 ネイピアが饒舌に、好奇心を露にしながら語ってきた。

 やっぱり彼女は、俺と同類だ。知的好奇心の塊で、魔法理論が好きなんだ。

 俺は、つい頬が緩みそうになりながら、説明をしていく。


「魔法の本質は、『契約』だよ」

「……え? でもそれは……」

「まぁ聞いてくれ。ちょうどここには、人間に力を与えてくれる側の存在も居るんだしな。この機会だ、ネイピアも彼女たちの話を聞きたいだ……」

「聞きたいわっ! 是非っ!」

 ネイピアが被り気味に叫んでいた。

 目がキラキラと輝いていて、まるで子供みたいだ。……まぁ、俺たちに比べれば六六六歳も年下の子供だけど。

 俺はエレナとセラムと顔を見合わせて、思わず微笑むと、魔法の本質について説明した。


 通常魔法も精霊魔法も、実は、本質的には変わらない。

 そもそも魔法とは、魔力を使って、自然の摂理に干渉して捻じ曲げる力だ。

 それは言い換えれば、こちらの魔力を与える代わりに、相手の力を分け与えてもらうという関係でもある。

 つまり、かつて人間が精霊を相手に契約を結んだように、通常魔法でも、自然の力との契約を結ぶことを意識することが重要なんだ。


 さすがに、精霊とは違って、自然の魔力には意思はない。とはいえ、いわば精霊の萌芽とでも言うべき『魔力集合体』は、世界のあらゆるモノに含まれている。

 だから、魔法を発動するには、『交渉』と『対価』が必要になる。


『対価』に該当するものはもちろん、自分の魔力だ。

 そして『交渉』に該当するものは、最も一般的なのは『呪文』だ。

 だが、たとえ声を掛けたとしても、それが一方的なものだと意味が無い。

 普通の買い物をするときだって、一見の人が「後で金を払うから」と言って商品を持って行こうとしたら止められる。それと同じことだ。

 ましてや、それが『命令』や『恫喝』だったら……。


 そのような強引なやり方は、最初のうちは、相手が怯えてしまうため好き放題に商品を手に入れることができるだろう。つまり、少ない魔力で強力な魔法を使うことができる。

 だが、そんな関係は、長続きしない。


 態度の悪い状態が続けば、もし対価が正当だったとしても、「こいつには力を貸したくない」と思われるようになる。警戒されて、あるいは反撃を喰らうこともあるだろう。

 そうなれば、前と同じくらいのモノを手に入れるために、より強い言葉で脅さないといけなくなったり、より多くの対価を要求されるようになってくる。

 しかも、一度でも脅すような関係になってしまうと信用を失って、今さら優しい言葉を掛けたって完全には信用されないし、普通の契約関係に戻ることも難しくなる。


 その一方で、『称賛』や『感謝』の言葉を掛ける場合はどうなるか。

 そのときも、最初は喜んで力を分け与えてくれることもあるだろう。だけどすぐに、その優しい言葉が魔法目当てでしかないと気付かれてしまい、余計に信用を失う。

 その結果、脅して奪うことが、一番効率良い方法であるかのように見えてしまうんだ。


「俺たち人間は、魔法史上ずっと、自然に対して命令して脅すように力を使ってきた。確かに、脅す力が強くなれば魔法は強くなる。だけど、それはあまりに強引な方法で、魔法の本質からは外れたものなんだ」

 そのことを、俺は精霊界での666年間で確信し、理解した。

 あの厳しすぎる精霊界の自然の中で過ごすには、『命令』なんてもっての他だ。

 そんなことをしたら自然の猛威に飲み込まれて死ぬだけなんだから。


 必要なのは、協力なんだ。

 それは、精霊界でも人間界でも変わらない。


 そういった説明を、エレナとセラムの証言も交えながら、ネイピアに伝えた。

「……つまり、呪文を命令形じゃなくしたら、それだけで魔法が強くなるの?」

 ネイピアが震える声で言った。

「ああ、強くなる。……まぁ、すぐには上手くいかないだろうけどな」

「それは解ってるわ。まるで、家庭内暴力を振るっていた無職の人が、急に『お前が大切なんだ。これからは働いて家に金を入れる』と言い出すようなものだものね」

「あ、あぁ。まぁ、酷い例えだけど、イメージとしてはその通りだ」

 ネイピアの頭のキレっぷりに、思わず苦笑する。


「それなら早速、この後に演習授業があるから、そこで試してみましょう」

 ネイピアは、心の底から楽しそうに微笑んでいた。

「ネイピア、何だか自信があるみたいだな?」

「ふふ、当然でしょう?」

 ネイピアは、不敵な笑みを俺たちに向けながら、

「私がこれまで、どれほど高圧的な命令形で呪文を唱えてきたと思ってるの?」

 そう言い放ってきた。


「あぁ、なるほど」

 察してしまった。

 ネイピアの魔法は、技術的には途轍もなく高いのに、肝心の魔力が弱かった。その理由はそこにあったんだろう。

 するとネイピアが、針のように瞳を細めて睨んできていた。


「確かに私も自覚はあるけど、かなり失礼な反応をしてくれたわね」

「……あ、いや、別にそういう意味で納得したわけじゃないぞっ?」

「いいわよ。その代わり、演習では相手になってもらうから」

「あ、はい」


 俺は拒否権を行使できないまま、演習のため闘技場へ向かうことになった。

 ピョンピョンと跳ねる金髪を、後ろから眺めながら。

次話の投稿は、明日の2月5日、18時30分を予定しています。

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