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新しく始まる、日常の風景

第31話です。


「……貴方たち、つい先刻、私が忠告したことをもう忘れたのかしら?」


 帝国図書館前に行くと、ネイピアは不快感を露に言い捨ててきた。

「……あ」

 今、思い出した。

 そして、両腕にしがみ付いたままのエレナとセラムに離れてもらった。

 だがもう遅い。

 俺たちは、直立不動になってネイピアの説教を受けた。


「私はこう言ったわよね? 建前であっても、不純異性交遊のようなことをして面倒事を増やさないようにって」

「はい。言っていました」

 口調も思わず敬語になる。

「さっきの態度は、何?」

「はい。純粋な異性交遊です」

「そういうことを言ってるんじゃないわよ。……はぁ。退学にするわよ?」


「それは、困る――」

 つい本気のトーンで返していた。

「つーか、そもそもこんな状態になったのは、ネイピアが俺たちのことを同じ苗字で呼んだからだぞ。そのせいで、ふたりは妙なスイッチが入っちゃったものだから……」

「はぁ。そんなことで、規律を無視するほどスイッチが入っているようじゃ……」

 ネイピアは突然、言葉を途中で切ると、

「……今の発言は訂正するわ。貴方たちにとって、同じ苗字であることは『そんなこと』では済まされないということだものね。失礼な物言いだったわ」

 と、発言を訂正して謝ってきた。


 てっきり反論がくるだろうと思ってたから、拍子抜けした。

 ネイピアは、途轍もなく律儀というか、真面目な性格をしているみたいだ。

「いや、まぁ正直言って、俺たちもどこか浮かれちゃってるからな。俺たちも気を付けるけど、また何かやっちゃってたら厳しく指摘してくれ」

「言われなくてもそうするわ──」

 ネイピアは、当然だとばかりに言った。


「──あ、そういえば、クラスにはあまり馴染めなかったみたいね。一部始終を《風》の便りで聞いているわ」

「あれは、俺たちにとっては不可抗力だったんだけどなぁ」

 俺は不服を訴えるように溜息を混じらせた。

 するとネイピアは可笑しそうに声を弾ませて、

「解ってるわよ。私も別に、貴方たちが面倒事に巻き込まれることは一向に構わないもの」

「は?」

「今回も、いつも私が受けているような面倒事を貴方たちが受けてくれて、感謝しているわ」

「うわ、そういうことかよ」

 つい苦笑した。


 ネイピアは、いつもコルニス派に絡まれて、そしてネイピア派には担がれてるんだろう。

 俺たちよりも面倒な立場――当事者として。


「これで、私が授業に出ない本当の理由が解ったでしょう?」

 ネイピアはそう言って、皮肉っぽく笑っていた。

 ただ、それはどこか、寂しそうにも見えた。



「さて、貴方たちと話をするのは、この帝国図書館が最適でしょう」

 ネイピアが本題を進めた。

「あぁ。俺たちも、調べ物をしながら話せた方がいいと思っていた。現代のことも知りたかったし、ありがたい」

 帝国図書館は、市民用の図書館とは別に造られた施設で、ダインマギア帝国の建国以来、あらゆる書物を保管・研究している。

 もちろん666年前にも存在していた。


 ここは、表に見えている建物自体はあまり大きくないが、その地下には膨大な空間が広がっている。

 その地下書庫こそが、この図書館のメインだ。

 かつて魔法理論学の研究をしていた俺にとっては、職場みたいなものだった。

 言い換えれば、引きこもり場所だ。

 この図書館は、当時から既に年々拡張を続けてきていて、誰もその全容は解っていないと言われていたほど……。

 果たして666年経って、どんなことになっているやら……。

 思わず心が躍り出す。


「……人間界の、本」

 そしてもうひとり、図書館を前にして興奮しているものが居た。

 セラムだ。

 精霊界にある全ての書物を読破して、さらに自分でも書いたりするほどの無類の本好き。

 そんなセラムは、人間界の図書館を前にして、普段の冷淡な口調がさらに冷淡に、無感情のようになっていた。

 その表情も、まるで仮面のように固まったまま。


 実は、感情を出すのが得意じゃないセラムは、楽しい気持ちを反射的に押し殺そうとすると、こんな顔になってしまうのだ。

 もし、同じくらいの喜びをエレナが表現するとしたら、文字通りに垂涎しながら「ぐへへー」と笑っているくらいの感情になっている。

 ……改めて比較すると、エレナはエレナで感情の出し方がヤバいんだよな。


 さておき。

「本、たくさん読めると良いな」

「ん」

 セラムは嬉しそうに高速で頷いた。

 そうか、そんなに楽しみか。

「じゃあ、早く行こう」

 俺はセラムの手を引いて、図書館に向かっていった。

「あっ。セラムちゃんだけズルい! 私も私も!」

 すかさずエレナが、反対の手を掴んできた。


 結果として、俺はエレナとセラムに両手を掴まれてしまって――

「……貴方たちは、私の言葉を覚えられないの?」

 ――ネイピアに首根っこを掴まれてしまった。

次話の投稿は、本日の19時30分を予定しています。

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