表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/122

賢者学園の歪んだカースト

第30話です。

「な、何だこれはっ⁉」

 周囲の生徒が一段と困惑した声を上げた。


「……炎も、凍ってる⁉」


 ナックの右腕は、炎を纏ったままだ。

 だけど、その炎は、まったく揺らがない――

 消えることもない。

 形もそのままに、固まってしまっているのだ。


「こ、殺したのか?」

 怯えたように質問された。

「いいや。生きてる。それに、魔法も消えたわけじゃない。この《氷》を解除したら、さっきの続きみたいに《火》魔法を放ってくるぞ」

「……へ?」

 理解できなかったのか、素っ頓狂な声が返された。


「強い《氷》魔法は、あらゆるモノを凍らせて停止させることができる。まるでその人の時を止めたみたいに、全てを凍らせることができるんだ。心臓も、血流も、脳の思考も、そして、魔力の流れもな」

 とりわけ精霊の《氷》は、あらゆるモノを凍り付かせる。

 人間の動きも、そして、魔法の動きも。

 まさに、次元が違うんだ。


 それを目の当たりにした生徒たちは、呆然としていた。

「嘘だろ……」

 と呟く奴がいたが、

「本当だ」

 俺がそう断言しても、みんな信じてくれない。

「そ、そんなわけあるかよ! こんな、炎の形がそのまま凍るなんて、ありえない!」

「いや、実際に目の前にあるだろ」


 氷漬けのナックが目の前にあっても、みんなどうしても納得できないらしい。

「目の錯覚だ」とか「夢だ」なんて言いながら、ついには「きっと、ナックが手加減しすぎたんだな」「そうに違いない」とか言い出して、それでみんな納得したようだった。


 いったいこいつらはどんな思考をしてるんだ……。

 まったく理解できない。つーか不気味ですらある。

 コルニスもそうだったが、頑なに負けを認めない。それどころか、勝者に難癖を付けて、反則負けにしようとする。

 その一方で、こうして目の前に凍りついた人間が居るっていうのに、誰一人、ナックの身体の心配はしていない。

 みんな、『ナックが負けた』ことをどうやって誤魔化すかばかり考えているんだ。


「何てことをしてくれたんだ……。ナックは、あのコルニス様の……キルス家の筆頭従者なんだぞ⁉」

 一人の男子生徒が嘆くように言った。そしてようやく、ナックに駆け寄ろうとしていた。

「あ、そいつに触るとアンタも凍るぞ」

「ひっ⁉」

 男子生徒は慌てて手を引っ込めていた。

「5時間くらいで解除されるようにしてあるから、安心しろ」


 ……つーか、『筆頭従者』って何だよ。

 まるで、マクガシェルにとってのバラゴスみたいな関係じゃないか。

 それが今度は、バラゴスの子孫が主人になって、従者を連れている……。

 酷い関係だ。

 何でもかんでも『主』だとか『従』だとか、上下関係を決めなくちゃいけないのか……。

 昔からこんな連中ばかりだから、人間と精霊の関係も主従関係にさせられてしまった。


 そんなことを考えていると、いつの間にか、俺たちの周りに女子生徒が集まっていた。

「待って待って! 今の魔法すごいんじゃない!」

「魔法を止めるなんて聞いたことないって!」

「さすが、ネイピア様が認めただけはあるね!」

 すごい勢いで10人以上が一斉に喋り出した。


「え、あ、いや……」

 俺もエレナもセラムも圧倒されて、いつの間にか教室の端に追い詰められていた。

 ……つーか、褒められると、どうしていいか解らないんだが。

 ……って、ちょっと待ってくれ。そこまで寄られると腕に当たってる……当たってるって!


 誰か助けてくれないか……そう思ってエレナとセラムに目配せすると……

 ふたりとも、意図を察してくれたように頷いた。

 さすが666年来の付き合いだ。


「解ったよジードくん。ジードくんに詰め寄る邪魔者たちを、私の《風》で吹き飛ばせばいいんだね!」

「いや解ってねぇから⁉」


「ジードの望み通りに。私の《氷》で永遠に黙らせる」

「望んでないんだよなぁ!」


 ふたりとも目が怖いって!

 それじゃあ魔眼が発動しちゃうって!

 もっと穏便に、人間からの助け舟は無いのか……


 と思って教室を見渡しても、男子生徒たちは誰一人として目も合わせようとしない。

 あからさまだ。

 男子はコルニス側に付いている……というか逆らえない、ということなんだろう。

 どうせ、『転入生を潰せ』みたいな命令が出ているんだろうけど。

 するとそこに、助けの声がまさに天から響いた。


「連絡事項。一回生のジード・ハスティ、エレナ・ハスティ、セラム・ハスティ。以上3名は、至急、帝国図書館前に来なさい」


 ネイピアの声が教室内に響く。《風》に乗った校内放送だ。

 思わず安堵の溜息を漏らしていると、いきなり両腕を掴まれた。


「ジードくん、早く一緒に行こうよ! 私たちは家族なんだから」


 エレナの態度が急変して、めちゃくちゃ嬉しそうにはしゃいでいた。

 俺の腕をもぎ取ろうとするかのように抱え込んでくる。声は裏返るくらいに弾んでいて、顔もデレデレだ。


「私たちは、一緒に行かないとダメ。家族だから」


 もう一方の手も、セラムが掴んでいた。

 微塵の隙間も許さないくらいに抱き締めてきて、そのまま俺を見上げてくる。こちらも口の端がいつもより緩んでいた。


 ……あぁ。そういうことか。

 みんな揃って『ハスティ』って呼ばれたのが、嬉しかったんだな。


 精霊に苗字は無い。そもそも『親』というモノもないから、名前に繋がりが無い。

 それが、みんなで一緒に『ハスティ』と呼ばれた。

 自分にとっては、そこまでこだわる苗字でもなかった。というか、俺は捨て子で孤児院暮らしだったから、『ハスティ』も親の苗字じゃない。

 ただの、識別のための記号でしかなかった。


 ……でも。

 こんなにも、俺と同じ苗字で呼ばれるのを喜んでくれるひとが居るなら、この苗字は最高の苗字だ。

「じゃあ、一緒に行こう」

 つい俺まで顔が緩みそうになる。

 すると、エレナとセラムも最高の笑顔を見せてくれた。

次話の投稿は、明日の2月3日、18時30分を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ