賢者学園の歪んだカースト
第30話です。
「な、何だこれはっ⁉」
周囲の生徒が一段と困惑した声を上げた。
「……炎も、凍ってる⁉」
ナックの右腕は、炎を纏ったままだ。
だけど、その炎は、まったく揺らがない――
消えることもない。
形もそのままに、固まってしまっているのだ。
「こ、殺したのか?」
怯えたように質問された。
「いいや。生きてる。それに、魔法も消えたわけじゃない。この《氷》を解除したら、さっきの続きみたいに《火》魔法を放ってくるぞ」
「……へ?」
理解できなかったのか、素っ頓狂な声が返された。
「強い《氷》魔法は、あらゆるモノを凍らせて停止させることができる。まるでその人の時を止めたみたいに、全てを凍らせることができるんだ。心臓も、血流も、脳の思考も、そして、魔力の流れもな」
とりわけ精霊の《氷》は、あらゆるモノを凍り付かせる。
人間の動きも、そして、魔法の動きも。
まさに、次元が違うんだ。
それを目の当たりにした生徒たちは、呆然としていた。
「嘘だろ……」
と呟く奴がいたが、
「本当だ」
俺がそう断言しても、みんな信じてくれない。
「そ、そんなわけあるかよ! こんな、炎の形がそのまま凍るなんて、ありえない!」
「いや、実際に目の前にあるだろ」
氷漬けのナックが目の前にあっても、みんなどうしても納得できないらしい。
「目の錯覚だ」とか「夢だ」なんて言いながら、ついには「きっと、ナックが手加減しすぎたんだな」「そうに違いない」とか言い出して、それでみんな納得したようだった。
いったいこいつらはどんな思考をしてるんだ……。
まったく理解できない。つーか不気味ですらある。
コルニスもそうだったが、頑なに負けを認めない。それどころか、勝者に難癖を付けて、反則負けにしようとする。
その一方で、こうして目の前に凍りついた人間が居るっていうのに、誰一人、ナックの身体の心配はしていない。
みんな、『ナックが負けた』ことをどうやって誤魔化すかばかり考えているんだ。
「何てことをしてくれたんだ……。ナックは、あのコルニス様の……キルス家の筆頭従者なんだぞ⁉」
一人の男子生徒が嘆くように言った。そしてようやく、ナックに駆け寄ろうとしていた。
「あ、そいつに触るとアンタも凍るぞ」
「ひっ⁉」
男子生徒は慌てて手を引っ込めていた。
「5時間くらいで解除されるようにしてあるから、安心しろ」
……つーか、『筆頭従者』って何だよ。
まるで、マクガシェルにとってのバラゴスみたいな関係じゃないか。
それが今度は、バラゴスの子孫が主人になって、従者を連れている……。
酷い関係だ。
何でもかんでも『主』だとか『従』だとか、上下関係を決めなくちゃいけないのか……。
昔からこんな連中ばかりだから、人間と精霊の関係も主従関係にさせられてしまった。
そんなことを考えていると、いつの間にか、俺たちの周りに女子生徒が集まっていた。
「待って待って! 今の魔法すごいんじゃない!」
「魔法を止めるなんて聞いたことないって!」
「さすが、ネイピア様が認めただけはあるね!」
すごい勢いで10人以上が一斉に喋り出した。
「え、あ、いや……」
俺もエレナもセラムも圧倒されて、いつの間にか教室の端に追い詰められていた。
……つーか、褒められると、どうしていいか解らないんだが。
……って、ちょっと待ってくれ。そこまで寄られると腕に当たってる……当たってるって!
誰か助けてくれないか……そう思ってエレナとセラムに目配せすると……
ふたりとも、意図を察してくれたように頷いた。
さすが666年来の付き合いだ。
「解ったよジードくん。ジードくんに詰め寄る邪魔者たちを、私の《風》で吹き飛ばせばいいんだね!」
「いや解ってねぇから⁉」
「ジードの望み通りに。私の《氷》で永遠に黙らせる」
「望んでないんだよなぁ!」
ふたりとも目が怖いって!
それじゃあ魔眼が発動しちゃうって!
もっと穏便に、人間からの助け舟は無いのか……
と思って教室を見渡しても、男子生徒たちは誰一人として目も合わせようとしない。
あからさまだ。
男子はコルニス側に付いている……というか逆らえない、ということなんだろう。
どうせ、『転入生を潰せ』みたいな命令が出ているんだろうけど。
するとそこに、助けの声がまさに天から響いた。
「連絡事項。一回生のジード・ハスティ、エレナ・ハスティ、セラム・ハスティ。以上3名は、至急、帝国図書館前に来なさい」
ネイピアの声が教室内に響く。《風》に乗った校内放送だ。
思わず安堵の溜息を漏らしていると、いきなり両腕を掴まれた。
「ジードくん、早く一緒に行こうよ! 私たちは家族なんだから」
エレナの態度が急変して、めちゃくちゃ嬉しそうにはしゃいでいた。
俺の腕をもぎ取ろうとするかのように抱え込んでくる。声は裏返るくらいに弾んでいて、顔もデレデレだ。
「私たちは、一緒に行かないとダメ。家族だから」
もう一方の手も、セラムが掴んでいた。
微塵の隙間も許さないくらいに抱き締めてきて、そのまま俺を見上げてくる。こちらも口の端がいつもより緩んでいた。
……あぁ。そういうことか。
みんな揃って『ハスティ』って呼ばれたのが、嬉しかったんだな。
精霊に苗字は無い。そもそも『親』というモノもないから、名前に繋がりが無い。
それが、みんなで一緒に『ハスティ』と呼ばれた。
自分にとっては、そこまでこだわる苗字でもなかった。というか、俺は捨て子で孤児院暮らしだったから、『ハスティ』も親の苗字じゃない。
ただの、識別のための記号でしかなかった。
……でも。
こんなにも、俺と同じ苗字で呼ばれるのを喜んでくれるひとが居るなら、この苗字は最高の苗字だ。
「じゃあ、一緒に行こう」
つい俺まで顔が緩みそうになる。
すると、エレナとセラムも最高の笑顔を見せてくれた。
次話の投稿は、明日の2月3日、18時30分を予定しています。




