精霊は、ジードを熱烈歓迎する
第3話です。
「騙されないで」
突然聞こえてきた、別の女性の声。
まるで心を読んできたような言葉に、俺は驚いて息を呑んでいた。
「本当は、ジードの実力に気付いたのはエレナじゃない。何を隠そう、この私」
淡々とした声。
起伏も少なくて、エレナとは対照的に、感情が読み取りづらい。
……つーか、『騙されないで』ってそういう意味か。
びっくりした。
「わ、解ってるってば、セラムちゃん。ジードくんの魔力特性を見抜いたのは、セラムちゃんの分析のお陰だもんね」
「そう。私こそが、ジードのことを一番理解している――」
セラムと呼ばれた精霊が、淡々と、だけどどこか得意げに聞こえる声で言った。
「私は、《氷》の精霊セラム。ジードが人間界で私たちのために何をしてくれていたのか、ずっと見ていたのは私。どれほど頑張ってくれていたか、一番理解しているのも私。そして今、私はそのお礼をようやく伝えられる。
本当にありがとう」
(……あぁ。いや、どういたしまして)
俺は反射的にそう答えていた。
それはちょうど、さっきのエレナとのやりとりを逆にしたようになっていて、ちょっと可笑しかった。
笑ったのは何年ぶりだろう……。もう思い出せなかった。
「何を先程から口を動かしているのかと思えば、ふいに笑い出すとは……。ついに気でも触れたか」
皇帝マクガシェルが、嘲笑を混ぜながら言ってきた。
ふと、俺の意識が目の前の光景に戻された。
裁判は一方的に終わっていて、俺は『風の牢獄』に囚われたまま、連行される。
その行く先は、精霊界へと繋がる次元の《扉》だろう。
「これから訪れる自らの運命に恐怖して、壊れてしまったのかもしれませんねぇ――」
バラゴスも追従するように嘲笑しながら、俺を見やってきた。
「懲役六六六年を、精霊界で過ごす。その意味を、研究熱心なお前なら理解できているでしょうからねぇ」
「…………」
俺は思わず沈黙した。もちろん理解できている。
懲役666年……いくら魔法文明が発展しても、人間の寿命は150歳が限界なんだから、これは事実上の死刑になる。
『666』という数字については、実は合理的な理由なんて無い。
『666』というのは、神話にある呪いの数字だ。皇帝に歯向かった者の運命として、666年間の苦しみが与えられたと伝えられている。
……それに、年数なんか関係なく。
そもそも、人間が精霊界に追放なんてされたら、一瞬で死んでしまうんだ。
精霊界に放り込まれた人間は、精霊界の濃密な魔力に取り囲まれて、死ぬ。
過去の実験履歴をどれだけ調べても、例外は一つもない。
精霊界の大気に充満する濃密な魔力が身体に流れ込んで、木っ端微塵に破裂するか。
または、ミスリルの弾のように硬い雨を浴びて、ハチの巣のように貫かれるか。
あるいは、直射日光を浴びた瞬間、《火》魔法を喰らったアイアンゴーレムのようにドロドロに溶けるか。
いずれにせよ、人間は、精霊界では生きていけないんだ。
「貴様のような落ちこぼれは、この人間界に居場所なぞ無い。貴様は何の役にも立たない、それどころか、今回のように厄介事を起こしている腐ったゴミなのだ――」
マクガシェルが、口を歪ませるように笑いながら言う。
「――だが、そんなゴミでも、精霊界に放り込めば、何らかの反応くらいは起こせるだろう。何より貴様は、精霊と協力して仲良くなりたいと言っていたからな。まさに、ここでその機会を与えてやろうというのだ。我が温情に感謝するがいい! くはははっ」
するとバラゴスも、ここぞとばかりに皇帝に追従した。
「これは666年後が楽しみでございますね。きっと刑期が明ける頃には、人間と精霊とで、とても素晴らしい協力関係が築けていることでしょう」
そう言うと、2人揃って下卑た笑いを響かせていた。
そんな未来が訪れるだなんて、微塵も思っていないくせに。
すると、エレナが俺に告げてきた。
「ジードくん。きみの居場所は、人間界には無いんだよ――」
それは、つい先ほどマクガシェルにも言われた言葉。俺の存在価値を否定する、絶望の言葉だった。
だけど、エレナのそれは、マクガシェルのものとはまったく違っていた。
「――だって、きみの居場所は、精霊界にあるんだから」
(……え⁉)
「今の人間界の知識と技術じゃ、ジードくんの本当の力を理解できていないんだ。だけど精霊界は、ちゃんときみの実力を理解してる。私たちにはジードくんが必要なんだよ!」
それは、俺の存在価値を認めてくれる、希望の言葉。
そこにセラムも続いて、
「私たちは、ジードを熱烈歓迎する」
(ね、熱烈……)
独特な言い回しに、ちょっと笑いそうになりながら、だけどすぐに不安に襲われた。
「……でも、人間が精霊界に行ったりしたら、即死するしかないんじゃないか?」
「大丈夫――」
セラムが即答する。
そして冷静に、淡々と、説明をしてくれた。
「ジードの魔力は、精霊との相性が抜群。それはつまり、精霊界でも即死しないことを意味している」
(そう、なのか? じゃあ、俺は精霊界でも普通に暮らせるってことか)
「それどころか、頑張れば精霊と同様の寿命も手に入る」
(え? マジか⁉)
「大マジ──」
精霊の寿命は、際限が無い。魔力がある限り生き続けることができるらしい。
つまり、事実上の不老不死だ。
「──ただ、その頑張りは、並大抵のことじゃない」
(……え?)
「精霊界の自然は、人間界より過酷。ジードなら、即死はしない……だけど、このまま人間界と同じような気持ちで暮らそうとしたら、間違いなく死ぬ。だから、頑張らないといけない。すごく頑張らないといけない」
(……なるほど)
想像を絶していて、思わず言葉に窮する。
「ジードくんなら大丈夫! 私たちが保証するよ!」
エレナが声を弾ませながら言ってきた。
するとそれだけでなんだか大丈夫そうに思えてくるんだから、不思議なものだ。
……つーか、俺がチョロすぎるのか。
「ジードには、すごく頑張って生きてほしい。私たちも、すごく頑張ってジードを護る」
セラムの、起伏のない淡々とした口調。
まるで感情が無いようにも聞こえるけれど、セラムの言葉の中には、彼女の強い気持ちが溢れ出ているように感じられた。
一方的に、片方だけに苦労を押し付けるんじゃない。
一緒に苦労を背負っていきたい、という意志。
それは、俺が夢見ていた『協力』のかたちそのものだった。
(解った。俺も頑張る――すごく頑張るよ。頑張りたいんだ、みんなのために)
彼女たちのことを信じたい。
力になりたい。
俺は、そう心から思えた。
「「ありがとう」」
エレナとセラムの声が重なる。
(俺の方こそ、本当にありがとう)
そう返さずにはいられなかった。
次回は、明日の18時30分を予定しています。
この先行連載は、ノベルス一冊分の話を、『1日3回』、『18時30分』『19時30分』『20時30分』に投稿する予定です。
ただ、状況によっては、『00分』の予約投降に切り替える可能性もあります。
その際も、30分遅らせるのではなく、早める予定でいます。
今後とも、よろしくお願いいたします。