賢者学園の挨拶代わり
第29話です。
三
寮の玄関には、結界が張られていた。
生徒会役員を護るための、強固な結界。もちろんネイピアが作ったモノだ。
俺たちは、その結界に向かって躊躇なく歩いていった。
身体が結界に触れて、そして、通過する。
何も起こらない。
俺たちは微塵切りにされていないし、結界も壊れていない。
ちゃんと、俺たちが結界に掛からないよう、ネイピアが結界を作り替えていたんだ。
やっぱり、戦闘能力を抜きにすれば、ネイピアの実力は桁違いだ。
それこそ、次の聖霊大祭まで魔力の修行を続けたら、精霊を抑え込むくらいの実力を身につけているかもしれない。
そんなことを思った。
俺たちは、形式的には途中編入に当たるが、実質的には新入生だということで、一年生のクラスに配属された。
賢者学園は四年制で、年齢条件は17歳以上で上限は無い。1学年1クラス、平均20人ほどらしい。全校生徒は100人弱。この全員がマクガシェルの血筋だと考えると、なかなか多く感じる。
良くも悪くも、賢帝の血筋は繁栄しているんだ。
一回生の男女比は、3対7で女子の方が多い。クラスの年齢層は、見た感じは20歳前の子供たちばかりのようだった。
まぁ、685歳の俺や、そんな俺より年上のエレナとセラムも居るけれど。
一応、ネイピアもこのクラスに配属されているらしいが、彼女は多忙の身だから、滅多に出席はしないと言っていた。
つーか、そもそもネイピアは、賢者学園の入学初年に、出場資格を得た直後の聖霊大祭で優勝しているんだ。
彼女にとって、賢者学園の教育は役に立っていないことになる。
俺たちが教室に入ると、視線が一斉に集まってきた。
「……う」
人に注目されるのは、慣れてない。
昔の学園生活だって、教室の隅で息を殺しながら授業を受けて、休み時間は図書館に籠ってばかりだったから……。
教室の座席が、紅からピンクへのグラデーションに染められている。どうやら座席も血の濃さで決められているようだ。
それなりに濃い色の制服を着た生徒も居るが、さすがにネイピアの深紅を見てからだと、みんな薄いと感じてしまう。
その中で、当然ながら青の制服は目立っていた。
困惑や、畏怖にも似た視線が向けられてくる。
そしてもちろん、あからさまな敵意も。
「テメェが、ジードとかいう転入生だな?」
誰もが遠巻きに様子を窺っている中、男子生徒が一人、俺たちに声を掛けてきた。
一応、今の教室に居る中では一番濃い色の制服を着ている。
「あぁ、よろしくな」
とりあえず、当たり障りなく返事をする。
「噂は散々聞いてるぜ。わざわざ特例の入試をしてもらった上に不正しまくって、皇女さまに媚びを売ってるダサい野郎だってな!」
「……あー」
これだけでいろいろ察した。
こいつはアレだ。コルニスの仲間だ。
適当にデマを撒き散らしているところなんて、まさに一味って感じだ。
「それで、俺に何か用か?」
「はぁ? ふざけやがって! コルニス様を罠に嵌めて潰そうとしたくせに! そもそもここは、賢帝の血を継がない者が来ていい場所じゃねぇんだよ!」
男が叫ぶと、周囲の男子生徒たちまで「ナックの言う通りだ!」と賛同しだした。
「賢帝の血を継いでいない、愚か者が!」
「正々堂々と戦えば、次期皇帝はコルニス様で決まりなんだよ! 聖霊大祭を連覇したんだからな!」
すると、今度は女子生徒たちが声を上げた。
「あーあ。また男子がネイピア様に負けた現実から逃避してるよー」
「あれあれー。最新の聖霊大祭で勝ったのは、ネイピア様だよー? つまり、ネイピア様こそ最強なの」
「ほんと、男子ご自慢のコルニスなんてネイピア様に手も足も出なかったのにねー。きゃははははっ!」
ネイピアとコルニスのどちらが強いか……
クラス中が不毛な言い争いで埋め尽くされる。
男はコルニスの威を借りて。
女はネイピアの威を借りている。
どっちもどっちだ。
そんなことを思っていると、ふいに、ナックとかいう男子生徒が叫んだ。
「はんっ! 『愚帝ルートボルフ』の娘が本当に強いわけねぇだろ! コネと八百長で優勝させてもらったくせに! ってことは、ネイピア派のテメェも弱ぇに決まってんだよ!」
ナックはそう叫びながら、俺を睨み付けた。
いや俺はネイピア派とかじゃねぇし……。
っていうか『愚帝』ってなんだ?
そんな質問をするより先に、ナックが仕掛けてきた。
「燃え叫べ、紅き拳! 滅びの炎で焼き尽くせ! ──『炎の右腕』!」
ナックの右腕に魔法陣が展開される。
なんてこった。
まさかのブロンズ級レベルの魔法じゃないか。
こんなの、ルーエルとウーリルの方が断然強いぞ。……つーか、あの二人は本当に実力者だったんだなぁ。
「くらいやがれぇ!」
ナックは、右腕に炎を纏って殴りかかってきた。
「うわっ」
俺は思わず驚いた――コイツの攻撃、遅すぎる!
しかも、自分の拳の動きのせいで、炎が弱まってしまっているという未熟ぶり。
体術レベルも魔法レベルも酷い。こんなレベルで偉そうに粋がるなんて、どういう神経をしてるんだか……。
俺は、ナックの拳が到着するまでの間に、セラムに目配せをして精霊魔法を発動した。
次の瞬間、俺とナックの間に割り込むように、一枚の巨大な氷が出現した。
傷一つ無い、氷の鏡――
精霊魔法『深層氷鏡』だ。
《氷》の鏡に向かって、ナックは構わず殴りつけてきた。
キィィィン…………
甲高い音が鳴り響き、長い余韻がこだまする。
そして、静寂に包まれた。
誰一人、言葉を発しない。
誰一人、動かない。
ナックも、ピクリとも動かない。
「……ひっ⁉」「ぅわ⁉」「……え?」
やがてクラス中から、困惑や驚愕の声が上がった。
その視線の先には、ナック。
先ほどからピクリとも動かない――
動けない――
動けるはずがない。
ナックは、一瞬にして凍り付いてしまっているのだから。
次話の投稿は、本日の20時30分を予定しています。




