エレナとセラムの制服姿
第28話です。
二
今日から、俺も賢者学園の生徒だ。
ご丁寧にも、エレナとセラムの制服まで用意されていた。
形式的には、ふたりも賢者学園に入学したことになっているらしい。ネイピアにしてみれば、その方が都合も良いんだろう。
それに、俺たちにとっても、これで一日中一緒に居られる訳だから、ありがたい。
「えへへ〜。どうかな、ジードくん」
「このタイプの服は、新鮮」
エレナとセラムが、制服のスカートを舞わせながら回ったりポーズを取ったりしている。
「…………あぁ」
言葉を失っていた。
「……いい」
ようやく漏れた言葉は、それだけだった。
いや本当に可愛いんだ。
どんな言葉を掛けたって足りないくらい。
だからもう、心を込めて声を漏らすことしかできなかった。
賢者学園の制服は、清潔感や落ち着いた雰囲気がありながら、魔法戦を想定した動きやすさも考えられているデザインだった。
この制服の生地は、『賢帝』との血縁関係の有無や遠近で色が変わるらしい。
そのため、通常の入学試験では、入学資格の確認のために使われるのだとか。
血縁がない場合は白のまま、そして血縁がある場合は、その濃度によって段階的に濃い紅色に染まっていく。
事実、コルニスが濃い紅で、他は平均的に、普通の赤の人が大多数だった。
そしてネイピアは、もはや黒に見えるほどの深紅。
一方……。
俺もエレナもセラムも、制服の色は、青だ。
なんだこりゃ。
後でネイピアに聞いてみよう。
そんなことより今は、ふたりの制服姿を眺めていたい。
それを察してか、エレナもセラムもいろいろポーズをとってくれた。
ちなみに、ふたりの普段着も、それはそれでいいものだ。
エレナはいつも、元気に明るく動き回れる感じの服装をしている。パステルカラーのチュニックとキュロットで、精霊界の風に乗って自由に元気に空を飛び回ったりしていた。
一方のセラムは、青と紺を基調としたシックな感じの服装だ。礼服のようにしっかりとした着こなしをしていて、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
それぞれ、お互いの性格がよく出ている。
そういう意味では、こういった制服には個性が出ない。
だけど、俺はこの制服が好きだと思った。
今は俺も、彼女たちと同じ学園の制服を着ている。
みんなで同じ学園に居る。
それが、すごく嬉しいんだ。
これまで666年間も一緒に居たわけだけど、こうして同じ学園に通うことが、こんなにも嬉しいなんて思わなかった。
昔、学校でも落ちこぼれと言われて一人だったことを思うと、途轍もなく不思議な感じがした。
「ふっふ〜。ジードくんってば、私の新しい魅力に打ちのめされちゃったみたいだね!」
エレナが嬉しそうに笑う。
「似合ってるか、不安」
セラムは、自分で何個も氷の鏡を作り出して、何度も振り返るようにして自分の制服姿を確認していた。
「すごく似合ってるよ。俺が保証する」
俺は正直に答えた。
その瞬間、セラムの作り出した氷の鏡が、すべて光の粒となって消えた。
キラキラと氷の粒が煌めく中で、セラムは最高の笑顔を見せてくれた。
「ねぇジードくんジードくん! 私は? 私は似合ってる? もう泣きそうなくらいに不安なんだよ!」
「いや笑ってるじゃないかっ」
俺は思わず突っ込みながら、
「似合ってるよ。すごく可愛い」
「ホントに? やったー!」
エレナが子供みたいにはしゃいでいた――
ドンドンッ!
――再び壁を叩かれてしまった。
お隣さんはお怒りのようだ。
始業時間を考慮して部屋を出ると、お隣さん――ネイピアが立ちはだかっていた。
「賢者学園は、一応、賢者と呼ばれるほど優秀な魔法士を育成するための学園なの。不純異性交遊は慎みなさい」
針のような視線が、俺たちを次々と刺していく。
「……いや、別に俺たちは不純なことをしてたわけじゃないんだけど」
「建前の話よ。ただでさえ、今期の生徒会はいろいろ敵が多いのだから、厄介事を増やしてほしくないの。解るかしら?」
「あぁ、なるほどな。了解した」
それは、以前ウーリルが話していたことだろう。
ネイピアは、常に命や身体が狙われていると。
その上で、生徒会長や、皇族の嫡女、そして聖霊大祭の覇者としての務めをこなしていかなければならないわけだからな。
ネイピアは、聞こえよがしに溜息を吐くと、
「まぁ、貴方たちを学園に入学させた時点で、厄介事が起こることは覚悟しているわ」
「いやぁ、俺たちも別に、厄介事を起こしたいわけじゃないんだけどなぁ」
むしろ、精霊界に起こった厄介事を解決したいだけなのに。
と言ったところで、そう簡単に物事が進まないことは、俺も理解しているし、覚悟もしている。
「そういや、昨日の『封印の祠』の件については、どれだけ知れ渡っちゃったんだ?」
封印が解かれたとか魔王が復活したなんて話になっていたら、それこそ厄介事を撒き散らしているようなものだ。
「それなら問題ないわ。封印の祠は今も魔王を封印している。そういうことになっているから」
「そういうことに、なっている?」
言葉のニュアンスが引っ掛かった。
ネイピアは不敵な笑みを浮かべて、
「情報統制は、《風》魔法の得意分野よ。空気の伝達を操ることで、声の伝播を制限したり、あるいは偽りの『風の噂』を流すこともできる。その結果、封印の祠では何も異変は起こっていない、そういうことになっているのよ。もちろん、軍の管理担当者である二人の双子女性魔法士たちも、揃って『異常なし』と報告しているわ」
「……あぁ。そんな裏工作をしてくれたのか」
俺は苦笑するしかなかった。
本当に、ネイピアは優秀なんだなぁ。
『魔法の威力』では俺たちの方が確実に強いが、『魔法の使い方』に関しては、敵わないかもしれない。
「それと、貴方たちの制服の色。それも一種の情報統制になっているわ」
「あ、そうだ。俺も聞きたかったんだよ。俺たちの制服は、白になるはずだろ?」
「そんなあからさまに、賢帝の血が無い者を学園に入れるわけにはいかないでしょ。この世界は、賢帝の血を引く支配者と、賢帝の血を引かない被支配者とに分断されているのよ」
「同じ魔法士でも、超えられない壁があるってことか」
「だから、貴方たちの制服を通常ではあり得ない色にして、『賢帝の血では計り知ることができない存在』を演出することにしたのよ。そうすることで、昨日の特別入学試験を開いた理由付けにもなるし、貴方たちの凄い能力にもそれっぽい説明が付けられる」
「へぇ、なるほど」
「それに、今後も私は、貴方たちと話し合いの場を設けていくことになる。そんな特別扱いをしていくためには、最初から特別であることを演出しておいた方が便利でしょう?」
本当に、頭の回る奴だ。
俺なんて、魔王のフリして威圧すればいいや、みたいな単純なことをしてたのに。
「なら、その話し合いはいつやる予定なんだ?」
「それなら適宜、私が暇なときに呼び出すから大丈夫よ」
「大丈夫とは……?」
俺たちの都合は関係ないのか。
「あくまで、生徒会長の私が貴方たちを特別扱いしている、という関係だもの。建前とはいえ、立場上は私の方が上であることを示す必要があるでしょう?」
「なるほど。そういうことか――」
俺はネイピアの意図を察した。
「――もし、俺の方が上であるように振る舞ったら、ネイピアの力が侮られて、今以上にネイピアが狙われることになる危険がある。俺が見た限りじゃ、ネイピアが負けることはないだろうけど、まぁ面倒だもんな」
「ええ。理解できたのなら、そこを踏まえて行動しておくように」
「了解だ」
「それじゃあみなさん、学園生活を楽しめるといいわね」
社交辞令なのか本心なのか、よく解らない微笑みを見せながら、ネイピアは足早に廊下を歩いていった。
「そうだな。せっかくの学園生活、楽しめるときに楽しんでおこう」
俺は、敢えて声に出しながら大きく頷いた。
エレナとセラムも張り切っている。
「ジードくんの真っ黒だった青春を取り戻すんだ!」
「辛く寂しかった過去を、忘れさせるためにも」
……そういう張り切り方は、しなくていいから。
次話の投稿は、本日の19時30分を予定しています。




