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初めての、だけど、いつもの朝

第27話です。


第三章、賢者学園での生活が始まります。

第三章



 見慣れない部屋で目覚めた。

 やけに柔らかくて、温かいものに包まれている。

 布団か……と思ったら違った。


 俺の両手を奪い合うように抱き締めて、エレナとセラムが添い寝していた。

 柔らかくて、温かい。

 ……そういや、ふたりにはしっかり休んでほしいって言ったら、こんな形で寝ることになったんだった。

 これが一番休めるからって。

 身も心も安らぐからって。

 まぁ、それは俺も同じなんだけど。


 ここは、賢者学園に付属している、生徒会専用の寮の一室だ。

 ネイピアが有無も言わさずこの部屋を宛がってきた。

 俺たちもネイピアも、これからいろいろと話をしておく必要があるから、できるだけ近くに居た方がいい、ということだった。

 まぁ、監視するためでもあるんだろうけど。


「おはよう」

 改めて、俺はふたりに声をかける。

 精霊は睡眠を必要としない。

 だから今のふたりは、ただ目を瞑って横になっているだけ。意識はちゃんと起きているはずだ。

 だけど、ふたりは目を開けなかった。


「……あー。この日課、人間界でも続けるんだな」

 返事は無い。

 だけど、ふたりとも、何かを期待するように口元を動かしていた。


 俺は思わず苦笑しながら、まずはセラムに恒例の朝の挨拶をすることにした。

 寝たフリとはいえ、とても整った美人の寝顔。

 俺はその顔をもっと見たくて、顔を近付けていく。

 鼻が触れて、おでこが触れて、互いの息が触れて、そして、唇が触れた。

 いつもは冷たいセラムの唇が、このときだけは温かい。

 いっそ、俺の体温をセラムに届けるくらいに、唇を合わせ、そして、ゆっくりと離れる。


「……んっ。……おはよう、ジード」

 セラムがゆっくりと目蓋を開ける。

 青く澄んだ瞳に、俺の顔が映り込んでいた。

 我ながら、幸せそうなデレデレの笑顔だ。

 それは俺だけじゃない。キスの後はいつも、セラムの頬も緩んでいる。

 普通の人が見たら違いなんて解らないくらいの、微妙な差。

 だけどこの顔は、俺が見たことのある彼女の表情の中で、一、二を争うくらいに幸せそうな笑顔だ。

 それが見られただけで、この一日は幸せになれる。


「おはよう、セラム。ちゃんと休めたか?」

「ばっちり」

「そっか。それは良かった」

 思わず安堵の息が漏れる。

 人間界に精霊が存在することは、それだけで、計り知れない負担もあるだろうから。


 続いて、俺はエレナに向き直る。

 エレナは目を瞑ったまま、唇を突き出すようにして待っていた。

 変な顔。

 でも可愛い。

 セラムの整った綺麗な顔立ちも大好きだけど、エレナの破顔しまくりの感情豊かな顔立ちも大好きなんだ。

 そういう意味だと、この朝の時間は、いつも両方じっくり見られる素晴らしい時間だ。

 せっかくだから、しばらく見ててみよう。

 俺はエレナに顔だけ近づけて、至近距離からエレナを眺めた。

 エレナは、風で俺の気配を感じたんだろう、嬉しそうに頬を緩めていた。

 ……あ。前言撤回。しばらく見てるだけなんて無理だ。

 エレナの尖らせている唇に、キスをする。

 ツンと触れ合った瞬間に、どちらともなく押し付け合った。

 空気の入り込む余地もないくらいの、密着。


 どれくらい続いていたのか。

 セラムに背中をポカポカ叩かれて、あぁ長すぎだった、と気付いて、唇を離した。


「ぷっはーっ!」

 エレナが声を弾ませながら深呼吸する。

 彼女はいつも、キスの間は完全に息を止めている。


 それは、俺が彼女の呼吸する息にすら傷つけられてしまっていた、666年前の名残り。

 666年間続いている、彼女の優しさと、愛。

 ただ、俺個人としては、その後の「ぷっはー」っていう深呼吸が好きすぎて堪らない。

 お陰でいつも長くしすぎて、セラムに怒られる。後でセラムには追加をしてあげたい。


「おはよー、ジードくん。いい朝だね」

 エレナの満面の笑顔。エレナがそう言うんだから、間違いなくいい朝だ。

「人間界で、初めての夜を過ごした」

 セラムが感慨深げに呟くと、エレナが苦笑しながら言う。


「そういえば、精霊界での初めての夜は、ホント大変だったよねー」

 そこにセラムがチクリと返す。

「大変だったのはエレナのせい。ジードが眠るたびに『このまま死んじゃうかもしれない』と泣き出してうるさかった」

「そ、それは、精霊界の環境は人間にはすごく大変だって解ってたし、すごく心配だったんだもん……」

 しゅんと落ち込むエレナ。


 俺はエレナの頭にポンと手を当てながら、

「まぁ、それだけ賑やかだったおかげで、俺は逆に安心できたんだよ。『何かあったら、この子は俺のことを絶対に助けてくれる』ってさ。実際、俺が寝てる間も、ふたりは俺のために魔法を使い続けて護ってくれていたじゃないか」

「……ジードくん」

 エレナが嬉しそうに微笑む。


 一方、セラムは淡々とチクチク刺していく。

「なお、翌朝のジードは寝不足だった」

「あ、あはは」これは俺も擁護できない。「……安心はできたけど、まぁ、うるさかったからな」


「うぅ〜。ごめんね、ジードくん」

「いや、666年前の話だぞ。もうとっくの昔に笑い話になってるじゃないか」

「うー、恥ずかしい! 私、ジードくんの前ではいつも頼れるお姉さんでいるのにー」

「「…………え?」」

 俺とセラムの声が、完璧なタイミングで重なった。


「……あれ? そこ引っかかるところ? 私、いつも先頭に立ってみんなを引っ張っていけてるよね?」

「それは、確かにそうだ」

 俺とセラムは頷いた。

「でしょー。私ってば、元気と行動力が取り柄だからね!」

「……あぁ。元気と行動力は、すごいよなー」

 俺は思わず遠い目になって、

「お陰で私たちは、空回りにも振り回される」

 セラムは淡々と苦言を呈した。


 エレナの表情がサッと曇った。

「えっ⁉  ……私、みんなに迷惑かけちゃってる?」

「いいや。迷惑なんて全然」

 俺は笑みを漏らしながら首を振る。

「むしろ、楽しんでいる」

 と、セラムも、ほんの僅かに微笑んでいた。


「そこがエレナの良いところだし、好きなところだからな。これからもずっと、元気と行動力で俺たちを引っ張ってほしい」

「……そっか」

 エレナはほっとしたように、そしてすごく嬉しそうにして、

「それじゃあ、これからも私をお姉さんのように頼ってね!」

「「それはない」」

「あれぇっ⁉」


 人間界初日の朝も、相変わらず賑やかだった。

 そのお陰で、隣室からドンッと壁を叩かれた。

 俺たちは顔を見合わせて、声を抑えながら笑った。

次話の投稿は、明日2月2日、18時30分を予定しています。

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