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生徒会長ネイピアの才

第26話です。

「……ふえぇ」


 ふいに情けない声を漏らしたのは、ウーリルだった。

 地面にへたり込んで、そのままうずくまるように倒れてしまった。

 ひょんなことからここまで付き合わされた挙句に、聖霊大祭1位2位の煽り合いまで見せつけられてしまったのだから、心身ともにヘロヘロだろう。


 一方のルーエルは、その隣で腕組みしながら、堂々とした体勢で立っていた。

 ただ、微動だにしないし、その目の焦点は合っていない。

 いつからなのか、立ったまま気絶していたらしい。


 するとネイピアが、双子に声を掛けていた。

「貴女たち、怖かったでしょう。不運にも、今日だけで2回も、変な男たちに絡まれてしまうなんて」

「……は、はい」

 ウーリルは力なく返事をしていた。

 ルーエルの反応はない。気絶したままだ。


「……おい、『変な男』のカテゴリに俺を混ぜるな。そしてウーリルも肯定するな」

 俺は抗議の声を上げたが、ネイピアは無視して話を続けた。

「心配ないわ。その男は、魔王なんかじゃない。あのコルニス相手ですら、怪我もさせないように戦っていたでしょう?」

「そ、それは、確かに」

「大丈夫。彼が貴方たちに危害を加えることは無いわ。少なくとも、私が知っている666年前の史料によれば、彼はとても優しい人だから」


 ……あぁ。やっぱりネイピアは、666年前のことにも詳しいんだな。

 と思いながらも、『優しい』なんて言われてちょっと照れる。

 顔がむず痒くて、緩んでしまっていた。


「ジードくん、なに照れちゃってるのさ」

「ジードは、ちょろい」

 エレナとセラムが咎めるように脇をつついてきた。

 返す言葉もない。

 666年前から変わらず、褒められたり認められたりするのにはホント弱いんだ。


 すると、いつの間にかネイピアが、俺たちのことをまっすぐ見つめてきていた。

「一つ、貴方たちに謝らなければならないことがあるわ」

「え? 何かあったか?」


 本気で心当たりが無かった。

 俺はエレナとセラムを振り向いてみたが、ふたりとも不思議そうに首を傾げる。


「私は、貴方たちに『本気』を見せるようにおどし……お願いをしてしまった」

「……あぁ」

 確かに脅された。こちらの弱みに付け込まれて。


「でも、それは私の間違いだった」


「うん? どういう意味だ? 俺たちはちゃんと本気だったぞ」

 そこを否定されたら、たまったもんじゃない。

 もしそれで入学取消だなんて言い出されたら、こちらも黙っちゃいられなくなる。


「貴方たちは、人間相手に本気の力をぶつけられるわけがなかったんだわ。貴方たちは強すぎる。全世界の魔力の合計値を超える――はるか彼方、桁違いに超えているのだから」


「あぁ、そういう意味か……。確かに、俺たちは本気の力をコルニスにはぶつけられなかった。つーか、その言い方だとネイピアは、さっきの俺たちの攻撃が見えてたんだな」

 ネイピアは頷いて、

「貴方は……貴方たちは、まるでその場で振り向いただけのように、一瞬で副会長に背中を向けていた。未熟者には、本当にその場でただ振り向いただけのように見えたでしょうね。ただ、腕に自信のある者ならば、会長とゴーレムを攻撃してからわざわざその場に戻って来たように見える――」


 ネイピアの完璧な分析。コルニスはもちろん『未熟者』に分類される。

 そして、ネイピアは――


「――そして人間界の覇者ならば、正面から向かっていくときと、そして後ろに回り込んでからと、2回の攻撃をしているように見える。往復の2連撃──いいえ、より正確に言うのなら、200連撃以上。そうやって貴方たちは、自分の攻撃を自分で相殺したのよね」


「ああ、正解だ」

 本気の力を見せろなんて言われたわけだけど、さすがに、霊装の一撃を地下闘技場なんかで、しかも人間相手に放つわけにはいかなかった。

 力を抑えれば本気ではないし、そもそも、抑えたところで衝撃波だけでもこの強化ミスリルの壁を突き破るに決まっていた。


 そこで俺は考えた。

 本気で攻撃しながら、周りへの影響を無くす方法――


 霊装エレナの本気の攻撃を、霊装エレナの本気の攻撃で相殺してしまえばいい。


 そうすれば、本気の力を見せてコルニスを倒しながら、地下闘技場への影響を消すことができる、と。

 エレナの高速移動と斬撃なら、それができると。

 コルニスに向かって攻撃を放ちながら、その直後、その攻撃より速く反対方向に回り込んで同じ攻撃をすることで相殺できる、と。

 その結果が、あのときの、その場で振り向いただけのような格好ってわけだ。

 そして闘技場は無事なまま、コルニスとゴーレムのみに、それなりのダメージを与えることができた。


 ……にしても、霊装エレナの斬撃は、そうそう見えるものじゃない。

 確かに、《風》を使えば空気の流れで感覚が研ぎ澄まされる、とはいえ、200連撃まで数えられるほど優秀だったとは思わなかった。

 実際に放った500連撃の、ほぼ半分だ。

 結界の技術力といい、情報収集能力といい、やっぱりネイピアは、魔力だけでは計り知れない優れた力があるようだ。


「さてみなさん――」

 ネイピアが、この場を仕切るように話し始めた。

「不運にも、私たちは変な男に絡まれてしまったことで、運命共同体になってしまったわ」

「……おい」

 俺は抗議の視線を送るが、ネイピアは気にもしない。

「ただ幸運にも、私たちは、互いを利用し合って、己を高めていけるような関係にある。私の地位を利用したい人、私の権限を活用したい人、そして……」

 そこでネイピアは俺に向き直って、

「貴方の力を利用したい人も」


 俺は思わず笑いを漏らす。

 ネイピアは、いったい何を企んでいるのやら。

「この関係、是非とも今後も大事にしていきたいものね」

 そんなことを飄々と言ってのけるネイピア。

 剣呑な空気が漂う。

 そんな中でも、ネイピアは飄々と微笑みを浮かべながら、

「それじゃあ改めて、貴方たちに言っておきたいことがあるわ――」

 と、俺とエレナとセラムのことを、順々に見渡してきた。


「賢者学園への合格、おめでとう。生徒会長として学園を代表して、貴方たちを歓迎するわ。優しい魔王と、そのご家族さん」


 それを一方的に言うと、ネイピアは金色の長髪をなびかせながら振り返り、呼び止める間もなく通路の奥へと消えて行った。


 いい性格をしている。

 お陰で、ついさっきまで彼女のことを睨み付けていた俺の家族は、その一言に大喜びだ。

 もちろん俺も、嬉しくなっているんだけど。

次話の投稿は、本日の20時30分を予定しています。


賢者学園の特別入試、終了。

次話からは、賢者学園での新しい日常が始まります。

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