特別入試戦、始め
第21話です。
五
学園の敷地内に複数ある闘技場。その内の一つ、地下闘技場にやってきた。
広い空間に、円形の舞台が五つ置かれている。
闘技場に入るまでの道中は、先にコルニスがだいぶ騒いでいたらしく、好奇心旺盛な野次馬が集まっていた。
だが、闘技場に近づく度にネイピアの結界が展開されていくと、みんな逃げるように離れていった。誰だってミンチになりたくはないだろう。
辺り一面が白銀色に輝いている闘技場。
壁も床も天井も、すべてミスリル製だった。
「この壁や床は、ただのミスリルではないのよ――」
ネイピアが丁寧に教えてくれた。
「最高品質のミスリルに、私の結界術式を被せることで、魔法耐性と魔法吸収を両立させている特殊素材なの。理論上は、人間界最強の魔法が放たれても壊れないわ」
「へぇ。そいつは面白い」
俺は思わず口元が緩んでしまっていた。
……だったらネイピアは、このミスリルをどんなレベルの魔法で加工したんだろうな。
さっきの『世界中の魔力を合算しても破れない束縛魔法』といい、この少女、いろいろ秘密がある。
そんなネイピアは、どこか楽しそうに話を続ける。
「本来なら、ミスリルに詳しい《土》魔法士が改修するはずだったのだけど、その男は、3ヶ月前から仕事ができなくなってしまったのよ。それで私が代わりに改修したら、結果として、その男が仕事するよりも良いモノが出来上がってしまったの」
「なるほど。魔法工学あるあるだな」
魔法工学――特に材料工学や建築技術の発展には、意図しないミスが関わっていることが多々ある。
思いもよらないトラブルがあったせいで、その場しのぎのつもりで工夫してみたら、想定よりも良い結果になってしまった、なんて話は昔からよく耳にしていた。
ほんの少し会話しただけではあるけど、ネイピアは魔法理論にも詳しいようだ。もし時間があったら、現代の魔法についていろいろ話を聞いてみたいな。
するとネイピアが、そっと《風》に言葉を乗せて俺に届けてきた。
「私がこの対戦を用意したのは、貴方の連れの力を見るためでもあるわ。この闘技場がもっとも堅牢で、人払いも楽なのよ。……彼女たちは『精霊』なのでしょう?」
それを知られているなら、誤魔化す意味もない。
「『精霊』について、何を知ってるんだ?」
俺は《風》に包まれながら言葉を返す。
ネイピアの《風》に乗った言葉は、俺とネイピアにだけ届けられる。
「知っているわけではないわ。歴史の闇に葬られそうになっていた史料を調べて、あくまで個人的に想像しているだけ」
ネイピアは、不敵な笑みを浮かべて、
「でも、史料に残された言葉や知識には嘘が混じる。ここでついに、証拠を自分の目で見ることができる。そうでしょう?」
「いや。でも、あいつ相手なら俺一人で勝てるんだけどなぁ」
「あら。それはダメよ――」
ネイピアが、笑いを含めた声で言う。
「――そんなことをしたら私は、貴方の強さを認めず不合格にするわ。生徒会長権限でね」
「うわ……酷いヤツだな」
「ええ。よく言われるわ」
ネイピアは、こちらに微笑みを向けて来ながら、
「精霊の力がどれほどのものか、楽しみにしているわね」
ふと、《風》が止んだ。
すかさずエレナが駆け寄ってきた。
「二人で秘密の会話なんて、ズルいよ」
「いや、それなら盗み聞きだってズルいぞ」
俺は呆れながらエレナの額を小突く。
「ふへっ? な、何のことやら、解らないなー」
あからさまに視線を逸らすエレナ。
「お前の《風》なら、聞こえてただろ――」
風が吹く場所である限り、そこにはエレナの耳がある。
通常魔法を使って秘密の会話をしようとしたところで、精霊の力の前では何の障害にもならない。
いっそ、あからさまに怪しい会話を、眼前で大声でしているようなものなんだ。
「――お陰で話が早い。この戦い、エレナの力を貸してくれ」
そう伝えると、エレナはまっすぐ俺を見返してきて、
「うん! 喜んで!」
と笑顔を弾けさせて抱き付いてきた。
試験では、いかなる武器や道具を駆使しても構わない。
魔物を使役したって良いし、複数人の協力魔法を使うことすら許される。
とにかく強く、相手を倒せば良い。
魔法士に求められるものは、強さだから。
それが、666年以上前から変わらない伝統になっているんだ。
さっそくコルニスが円形舞台に上がり、俺とエレナも続いて上がった。
他の面々は、舞台の周りから観戦する。
「なんだぁ貴様、一人では魔法が使えないのか? これは、戦う前から貴様の弱さが証明されたようだなぁ!」
予想はしていたが、やはりコルニスが嘲笑ってきた。
俺も笑顔で返してやる。
「よく解ったな。俺は一人じゃ魔法が使えないんだ」
「……ふざけてるのか?」
「ふざけちゃいない。本当のことだ」
本当に、こればっかりはどうしようもない。
666年前にエレナとセラムから言われたように、俺の魔力は精霊界との相性がいい。
その代わりに、人間界との相性はすこぶる悪い。
結局、今になっても通常魔法は全く使えないんだ。
俺にできることと言ったら、魔力を込めた体術や、魔力の塊を放ってぶつけることくらい……まぁ、それだけでもミスリルくらいなら簡単に木っ端微塵にできるんだけど。
「はんっ! 所詮は下賤の血だな! 魔法をまったく使えない落ちこぼれ魔法士めっ!」
「ははっ」
コルニスの言葉に、俺は思わず笑っていた。
「何がおかしい!」
「いやぁ、あんたは本当に、あのバラゴス・キルスの子孫なんだなと思ってな」
『落ちこぼれ魔法士』――
そんなの666年ぶりに言われたよ。
しかも、同じキルス家の人間の口から聞くことになるなんて。
「……貴様、俺を……伝統あるキルス家を愚弄しているのか! その態度、後悔させてやる! ネイピア、早く試合を始めろ!」
コルニスは、苛立たしげにネイピアを睨みつけた。
「どうぞ、試験を始めてちょうだい」
ネイピアがあっさりと合図をした。
さあ、試験開始だ。
次話の投稿は、明日1月31日の18時30分を予定しています。




