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ネイピア、さらに昂る

第18話です。

 ネイピアにとっては、俺たちが魔王ではないことなんて最初からお見通しだったんだろう。

 でなければ、こんな不法侵入者を相手に、魔法理論談議で盛り上がるわけもない。


「貴方たち、いったい何者なの? あの魔王封印の祠を突き破って、人間界に何をしに来たの?」

 ネイピアの瞳が、鋭くなる。

 これじゃあ、言葉を濁した意味が無い。

「俺たちがどこから出て来たのか、知ってたんだな」

「ええ。《風》の情報収集能力を舐めないことね。地下深くで起こったことも、学園内で起こったことも、私は一瞬でここに集めることができるのよ――」

 言いながら、再び髪を掻き上げて、自分の耳を指さすネイピア。

 さっき彼女が『耳にした』というのも、《風》魔法で音や魔力を探知していたという意味だったのか。

「――でも、だからこそ解らない。貴方たちには害意が全く無い。話に聞いている伝説の魔王とは似ても似つかない。それほどの力がありながら、私のことも、ウーリルやルーエルのことも殺そうとしない。かと思えば、目的は聖霊大祭を制覇することだと話している。しかも、わざわざこの賢者学園に入学するという正規の手続きを踏もうとして――」

 本当に、ここまでの会話が全部筒抜けだったようだ。

「だから私は、こう聞いているの。……貴方たちは何者なの?」


 俺のことをまっすぐ見据えてくる、ネイピアの瞳。

 そこにあるのは、好奇心か、あるいは、一種の期待か。

 俺は念のため、情報を小出しにする。


「まずは自己紹介からいこうか。俺はジード・ハスティ。こっちは、エレナとセラムだ。この名前に聞き覚えは?」

 するとネイピアは、ひどく困惑した表情を見せて、


「ジード・ハスティ⁉ ……貴方が、ジード・ハスティなの?」

 と、改めて俺の名前を呼んできた。


「ん? 俺のことを知ってるのか?」

「それはそうよ! ……あぁ、そうか。どうしてすぐに気付かなかったのかしら! 六六六年前を生きていた、ジードと呼ばれる男……封印された魔王……見向きもされなかった、子供じみた論文……。あぁ、そういうことなのね!」


 ネイピアは急に顔を真っ赤にして叫んできた。

 今にも俺に掴み掛かってきそうになって、だけど、歯を食いしばるようにして手を引っ込めていた。そして、自分自身を抑え込むように抱き締めていた。

 ……怪しい。


「えぇと、俺に、何か言いたいことがあるのか?」

「え⁉ ……い、いいえ。今ここで言うのは適切ではないわ。……私にも準備があるのよ」


 ネイピアは、なぜか疲れ果てたかのように「ハァハァ」と息を荒くしていた。

 かなり心配になる様子だ。俺の名前を知っただけで、ここまで動揺するなんて。

 ……もしかして、マクガシェルから何か聞いているのか?

 すると彼女は、あからさまに話を逸らすかのように、強引に話を進めてきた。


「ジード・ハスティ。その名前を聞いてまず思い浮かぶのは、666年前に賢帝マクガシェルと戦った『魔王』の名前ね。だけど、一般の教科書には魔王の名前までは載っていないわ。魔王の名前なんて、ほんの一部の歴史マニアくらいしか知らないんじゃないかしら」

「そう、なのか」


 それじゃあ、さっきのネイピアの反応は、彼女が歴史マニアだったからなのか……なんて思えるわけがない。

 あの態度は、もっと感情的な、それこそ因縁とでも言うようなモノを感じさせた。

 だけどネイピアは、何事も無かったかのように話を進める。


「貴方が魔王とするならば、貴方の後ろに居るのは、魔王が使役する『悪魔』かしらね?」

「そう見えるか?」

「そうね……。時折り、彼女たちが私を睨みつけてくるときの表情はそう見えるわ」

「は?」


 俺は背後のエレナとセラムを振り返った。

 すると、ふたりとも揃って首ごと視線を逸らしていた。誤魔化しが下手すぎる。

 ……何をやってるんだか。


「あー。そのことは、できたら気にしないでくれるとありがたい。こちらも、いろいろ思うところがあるんだ」

 特に、ふたりとも、昔から俺が他の女精霊と話しているだけでも不安になっちゃうタイプだからな。

 ……それに。

 エレナもセラムも、まだ、人間を信用しきれないところがあるから。


「ええ、気にしないようにするわ」ネイピアは飄々と言った。「彼女たちも、私たちに害を加えようとしているわけじゃない。少なくとも、伝説にある『悪魔』とは全く違う」

 ネイピアは、冷静に事実を把握しようとしているようだった。

 ……これは、666年前のことについて、本当のことを話せるかもしれない。


「なぁ、ネイピア。……もし、マクガシェルと魔王との戦いを記した伝説が、マクガシェルを崇め奉るための作り話だったとしたら、どう思う?」

 思わず警戒するように、聞いていた。何せネイピアは、マクガシェルの子孫なんだから。

 するとネイピアは、あくまで飄々と答えてきた。


「ええ。それはそうでしょうね」


「えっ……」

 そんな予想外すぎる言葉に、俺は息を詰まらせていた。

「そ、それは、つまり、あんたはもう帝国の歴史が……」

 俺が話を進めようとしたとき、ふいに部屋の外が騒がしくなった。

次話の投稿は、明日1月30日の18時30分を予定しています。

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