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ネイピア、昂る

第17話です。

 ネイピアは、俺たちを鋭く見つめながら、淡々と言ってくる。


「私が学園に張っていた結界は、完璧だったはず。一度は貴方を捕えてもいた。なのに、その直後には何事も無かったかのように反応が消えてしまった。結界は無事。なのに貴方たちは結界を超えてしまっている……どういうことなの?」


「そんな難しいことじゃないさ。俺は、とある仮説を実践してみただけだ。『魔力の流れを乱さないよう一瞬で完全凍結しながら、僅かの凹凸も無く結界を切断すると、その後に切断面を合わせて凍結解除するだけで、結界は自己修復する』って」


 ……つーか、この仮説を提唱したのは、666年前の俺なんだけどな。


 当時の最新魔法医療にあった『心臓の冷凍保存手術』から着想を得て組み立てた理論だ。

 心臓を《氷》の魔法で凍結し、血液の循環を止めている間に手術してしまおうという方法を、魔法理論にも応用してみたんだ。

 それが――


「やっぱり『結界冷凍保存法』なのねっ! 666年前の論文を見たことがあるわ!」


「――え⁉ 知ってるのか⁉」

 思わず本気で驚いた。


 まさか、あんなマイナー理論を知ってる人が居たなんて!

 てっきり捨てられて誰にも知られなかったと思ってた。

 苦節666年以上……魔法理論を研究してて良かった!

 こんな状況でありながら、つい嬉しくなっていた。


「でも、やっぱり解らない……。だって、こんなことはありえない――」

 するとネイピアの方こそ、ひどく驚いていた。

 瞳を見開いて、肩を震わせて、むしろ恐怖しているかのように見えるほど困惑している。

「――理論と実践はまったく違う。あんな、現実を知らない子供が妄想を膨らませたような結界の破り方を、貴方は実践したって言うの?」

「それはその通りだけど、素直に頷けねぇよ!」


 その批判は、まさに俺が666年前にも浴びていたものだった。

 机上の空論……

 子供だましの妄想……

 ぼくのかんがえた最高の結界の破り方……

 所詮、落ちこぼれが考えたこと……。

 ただ、そんな批判を受けるのも仕方がなかったんだ。

 当時最高の――史上最高と言われた魔法士のマクガシェルですら、そんなことはできなかったんだから。


「ありえない――」

 ネイピアは、再びそう断言する。

「――貴方は簡単に言ってくれたけど、『魔力の流れを乱さず凍らせる』なんて不可能よ。魔力の流れは光の速さにも匹敵する。通信魔法がいい例ね。そんな速い流れを乱さず凍らせることができる魔法なんて、存在しない」


 その批判も666年前に散々聞かされた。

 だが反論は簡単だ。

「それなら、光の速さでも乱さず一瞬で凍らせるほどの魔法を使えばいいだけじゃないか」

「…………」

 ネイピアは呆れたように絶句すると、

「だったら、『僅かの凹凸も無く切断する』ことも可能なのね」

「もちろんだ。それができるから、こうして結界を破らないままここに来たわけだしな」

「えぇそうね。ふふ、その通りだわ!」

 ネイピアは、まるで自棄になったみたいに興奮気味に言い捨てると、

「だったら、その束縛魔法はどう? 私が編み出した『自縄風縛(チェンバイン)』――これも破ることができるのかしら? この束縛魔法は、ここまでの結界とは一味も二味も違うわよ?」

 と、挑戦的な感じに笑みを浮かべてきた。


「そこまで言うなら、見せてやるよ」

 俺は、「ふっ」と息を吐きながら呼吸を整えて、一気に魔力を練り上げた。

 その途端、俺の身体を縛り付けていた《糸》がパシュッと蒸発するように消失した。

 続けて、俺はエレナとセラムにも魔力を配った。そしてすぐに彼女たちも、同じように束縛魔法を蒸発させた。

「どうだ? 破ることができたぞ」

 俺が得意げになってネイピアに微笑みかけると、彼女は目をまんまるにするくらい見開いていた。


「……貴方、なんてことを⁉」

「……え?」

「なんてことをしてくれたの⁉ こんなあっさりと! 私の編み出した最高傑作の束縛魔法を! 破り捨ててしまえるなんて⁉」


 ネイピアは身振りも激しく叫びながら、顔がみるみる赤くなっていく。

 なんか怒ってる⁉

「お、おい、あの流れで『破れることができるか?』なんて聞かれたら、そりゃ破るに決まってんだろ?」

 俺は思わず弁明していた。

 するとネイピアが、これまでの態度を一変させるように大声で叫んだ。


「凄いわ! 私の理論を超越した存在に出会えるなんてっ! 素敵よ! 最高よ! 上手くいけば、私の魔法ももっと向上させることができるに違いないわ!」


 そんなことを早口で言いながら、ピョンピョン飛び跳ねている。

 髪の毛をフワフワと揺らしながら、顔を真っ赤にするくらいの大興奮だ。


「「「…………」」」

 俺とエレナとセラムは、そんな彼女のことを温かい目で見守っていた。

 すごく楽しそうで、なんだか嬉しそうだ。

 そんな彼女を――年相応の少女っぽさを見ていると、みんなで思わず笑顔になっていた。


 すると、可愛らしく大はしゃぎしているネイピアがこちらを向いて、目が合った。

「あ」

 ネイピアの動きがピタッと止まる。

 しばし、無言で見つめ合っていた。

 ネイピアの顔が、一段と赤くなっていく。

「……こほん」

 ネイピアは、聞こえよがしに咳払いをひとつ、

「なかなかやるじゃないの。貴方たち、思ったよりも凄い力を持っているのね」

 平静を装って会話を続けてきた。

 でも顔は真っ赤なまま、声も震えている。


「……えぇと。今さらキャラを作る必要は、ないんじゃないか?」

 そう言ってやると、ネイピアはツンと顔を逸らして、

「……別に、キャラを作っている訳じゃないわ。これが普通のテンションで、さっきは、その、私の知的好奇心が刺激されたものだから、ちょっと気分が高まっただけよ」


「アレが『ちょっと』なのか?」

「い、いいでしょう別にっ」

 ネイピアは不機嫌そうに睨み付けてきて、

「そんなことより、私は貴方の力に興味があるわ。いくつか質問をさせてちょうだい」

 その瞳は、不機嫌そうな目つきの悪さでは隠せないくらいに、キラキラ輝いていた。

 どうやら彼女は、魔法理論の話になると人が変わるらしい。

「それだったら交換条件だ。後で、俺たちの質問にも答えてほしい」

「ええ。それで構わないわ」

 ネイピアは、心なしか声を弾ませて頷くと、さっそく質問をしてきた。


「今、私が貴方たちを捕えていた魔法は、束縛する相手の魔力を使って拘束力を強めていくモノだった。強い魔力が掛かれば掛かるほど、より多くの魔力を吸収して、束縛が強くなる。いわば永久機関になっている……はずだった」

「あぁ、その理論は良かったぞ――」

 人間界の理論としては、だけど。

「――ただ、いくら魔力を循環させると言っても、強すぎる魔力を加えれば、循環しきれなくなった分が回路を破壊して、結界も壊れるんだ」


「なるほど。そして私は、実際に壊れたところを目撃した。証拠も十分ね」

 ネイピアは笑いを漏らしながら、

「つまり、私の前提が間違っていたのね」

「どういう前提だったんだ?」

 つい興味があって、俺も声を弾ませて聞いていた。


「あの束縛魔法、理論上は、この世界に存在する全魔力を合算してぶつけても破れないはずだったのよ」


「……へ?」

 予想外の言葉に、素っ頓狂な声が漏れてしまった。

「もちろん、あくまで理論上の話だから、実践は違う。ただ、少なくとも貴方は……貴方たちは、この束縛魔法をいとも容易く断ち切ってみせた。言い換えると、あの一瞬で貴方たちは、この世界の全員を敵に回しても楽勝できるということを証明してみせたのよ」

「は? い、いや、敵対するつもりなんてないぞ⁉」

「そうよね。自称『魔王』なのにね」

「……あー、はは。まぁな」


 俺は思わず苦笑する。

 そんな設定、すっかり忘れていた。

次話の投稿は、本日20時30分を予定しています。

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