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人間界最強:ネイピア登場

第16話です。

四 


 200mほどの距離を、五mごとに結界を切り貼りしながら進んでいくと、ようやく校舎の昇降口に辿り着いた。まぁ、普通に歩くスピードで結界を突破してきたんだが。

 そこから階段を上って、生徒会室まで向かっていく。

 最上階の、13階へ。

 さらに建物内の結界を突破し続けること、約30個。本当に、蜘蛛の巣に突っ込んでいくかのような気分にさせられていた。


 聞いていた通り、生徒会室に近づくにつれて結界の威力も増していた。

 といっても、俺たちの足を止めるほどのものではなかったけれど。


 5分足らずで、『生徒会室』のプレートが付けられた部屋の前に到着した。

 エレナとセラムの精霊魔法も調子が良い。期せずして、いい準備運動にもなった。


 そもそも精霊は、契約者である人間の魔力を消費しなければ、人間界に存在することすらできない。今もエレナとセラムは、俺の魔力を使いながら、この人間界に存在している。

 それは666年前の精霊魔法でも同じだった。

 だけど、間違いなく、今の俺たちの方が過去の精霊魔法よりも、強い。


 その違いは、一つ。

 俺たちが、平等な関係になっているということだ。


 俺はふたりを信頼している――そしてふたりも俺を信頼してくれている。

 俺は十分な魔力を精霊に渡して――そしてふたりも十分な力を発揮してくれる。

 俺たちは、対等なんだ。昔の不平等な関係なんかじゃない。

 このたった一つの違い、だけど、とても大きな違いだ。

 お陰で、エレナとセラムは人間界でも元気だし、楽しく魔法を使ってくれている。

 それを見ている自分も嬉しくなって、ついつい多めに魔力を渡したくなる。

 そうしたら今度はエレナやセラムがお返しをしてくれる……

 お互いをお互いが高め合う、そんな好循環にもなっているんだ。


「それじゃ早速、生徒会室にお邪魔しますか」

 俺の声に、エレナとセラムが頷きを返す。

 一方、ルーエルとウーリルは疲弊しきっていて返事は無く、廊下に座り込んでいた。

 いろいろあったし、ちょっと無理に付き合わせすぎたな。

 あとで本当のことを説明しながら、労ってあげよう。

 

 そんなことを思いながら、さっそく生徒会室のドアをノックする。

「どうぞ」

 と、女の声がした。

「失礼します」

 と、ここまでの自分たちの行動を顧みつつ、心を込めて言いながら生徒会室に入る。


「本当に失礼だわ」

 ですよねー。


 と苦笑しながら声のした方を向いた……次の瞬間、俺の視界を金色の《糸》が覆い尽くしていた。


 束縛魔法か⁉


 束縛の《糸》が網目状に広がっていて、逃げ場がない。

 俺はすぐに魔力を込めて右手で振り払おうと……「うっ⁉」

《糸》に触れた瞬間、一気に魔力を失った……いや。

 魔力を吸われたんだ。


 そこにさらに《糸》が巻き付いてきて、魔力を吸い取っていく。

 いつの間にか《糸》は無数にほつれながら広がっていて、まるでハム肉を縛り付けるかのように腕に深く纏わり付いて離れなくなっていた。


 この《糸》は、これまで破ってきた結界とは違う。十分すぎるくらいに強大な魔力が込められている……

 ……いや、違う。

 コレはただの束縛魔法じゃない。


 俺から吸い取った魔力を、束縛魔法の力に転換しているんだ。


 自分の魔力を使わずに、相手の力を利用して強力に束縛する……まさに夢のような術式じゃないか。

 こんな術式は、魔法理論を研究していた俺でも、机上の空論や空想小説でしか見たことがない。

 この《糸》の使い手は、やっぱりとんでもない術者だぞ!


「うわわっ」「……むぅ」

 エレナとセラムが声を上げる。ふたりにも《糸》が絡み付いていた。

 両手を上げる格好で縛られながら、宙づりにされてしまったエレナ。

 一方のセラムも、両手を後ろに回された上に、身体を反らす形で縛られていた。

 ちょっと、胸やら下着やら、目のやり場に困るような格好になっている。

 というか、俺はこういうのも666年間で見慣れてるからいいけど、他人には見せたくない。ふたりがこういう恰好を見せるのは、俺の前だけでいいんだ。


「そのまま動かないでいてくれるかしら?」

 その声に思わず動きを止めて、声のした方に視線を送る。


 小柄な少女が、部屋の中央に立っていた。

 部屋の中に《風》が吹き、長い金髪がふわりと揺れている。深い紅色をした制服と対照的な色合いで、いっそう映えていた。全体的にウェーブが掛かっていて、いっそ身体よりも髪の毛の方が大きく見えるほどだった。

 切れ長の瞳が、俺を捉えてくる。

 これまで会った人間の誰よりも、魔力の威圧を感じる――圧倒的に。


「貴方たちがここに来た理由は、既に耳にしているわ――」

 と、少女は髪を掻き上げながら、耳をトントンと指で叩いた。

「人間代表である私と平和的に話をする、それは良いけれど、アポ無しで来られるのは困るのよ。前もって連絡してくれてたら、もっとちゃんと歓迎することもできたのに」

 そんなことを言いながら、不敵に笑う。


 まぁ、平和的に話をしてもらえるなら、願ったり叶ったりだ。ちょっと縛られたままだけど、そんな気にすることでもない。

「あんたが、ネイピアさんか? 聖霊大祭の覇者にして、現皇帝の嫡女にして、この賢者学園の生徒会長だっていう」

「ええそうよ。私がネイピア・マギアグラードで間違いないわ」

「……なるほど」


『マギアグラード』か……

 彼女は、マクガシェルの末裔なんだな。

 ほんの一瞬だけ、自分の中で複雑な感情が生まれていた。

 それは、憎悪とか恨みとかじゃない――そもそも子孫に対して先祖の罪やら責任やらを押し付ける気なんてさらさら無い。

 コレは、郷愁にも似た寂しさだった。

 何だか、本当に、時間が経ったんだなと実感したんだ。

 自分の故郷に帰って来たのに、知っている人は誰も居ない、そんな寂しさ。


 俺は一瞬、何て話し掛ければいいのか解らなくなってしまった。

「その顔、先祖に似なくて良かったな」

 つい、第一印象を素直に言っていた。

 実際、ネイピアは可愛い顔をしている。そういう意味でも人気があるんだろう。


 するとネイピアは、呆れたように俺を見上げて、

「あら。先祖の顔は知っているのに、私の顔は知らなかったの? ……案外、私の顔って知れ渡っていないのね」

「あぁ、悪い。それは俺たちが世間知らずなだけだ」

「なるほど。確かにそうね。この賢者学園に無断で侵入して、そのままこの生徒会室までやってくるなんて、世間知らずにもほどがある」

「あはは……」

「そしてそれ以上に、強いにもほどがある」

 ネイピアは、まるで俺たちを品定めするみたいに、切れ長の瞳をさらに細めて見てきた。


「それは、お褒めに預かり光栄だな」

「褒めてなんてないわよ。これまで起こった事実に基づいて、客観的に状況判断をしているだけ」

 ネイピアは、淡々とした口調で言ってきた。


 努めて冷静だ。

 かと言って、余裕や油断を持っているわけじゃない。

 彼女は、魔法以外の能力も相当のモノだ。

次話の投稿は、本日19時30分を予定しています。

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